第12話 夜の二人 前半


 響子がお風呂からあがり、僕も続くようにしてお風呂へと入った。

 その間色々と一人考えてみるが欲しい答えは何一つ出なかった。

 それもそのはず、僕は僕であって他の誰でもないのだから。

 そう思い、着替えまでを済ませて自室へと戻る。


「おっ! 待ってたよー。一緒に食べてなんかお話しでもしようよー」


 そう言って僕がお風呂に入っている間に一度家に帰り持ってきたと思われる大量のお菓子とジュースを部屋にある足の低いテーブルへと広げていく響子。


「まぁ立ち話しもなんだしとりあえず座りなよ」


「それ僕の台詞だと思うけど」


「まぁまぁ細かい事は気にしないでよ」


 お菓子を手に取りそのまま口の中へと運びながら響子が身振りを添えて答える。


「まぁ、いいけど」


 僕はそのまま響子と対面になるように腰を下ろし座る。

 すると口にポッキーを加えながら、僕をジッ―と見つめてきた。


「な、なに?」


「ううん、なんでもないよ」


 響子が二つの紙コップにジュースを入れてそのうち一つを僕に渡してくる。

 それから紙コップを口元に持っていき、ゴクゴクと美味しそうに飲み始めた。

 それにつられるようにして僕も一口飲んだ。


「なら二つ目のお願いをここで使います。和人君は今から私に癒しを与えること。方法は任せます。和人君が自分で考えて私の為に癒しを与えてください。当然和人君なら私が何を求めているか察してできるよね?」


「……なんだと?」


「約束破らないんだよね?」


 この小悪魔! と僕は心の中で叫んだ。

 それにその笑みはさては確信犯だな。そう思うと僕はため息つきたくなったが、ついても何も変わらないので諦めを込めて近くにあったポテトチップスを一枚手に取り食べてから響子の要望に応えることにした。


「なんでもいいの?」


「いいよ。私の事を考えてくれてのことなら」


「なんでジャージの上着チャックを開けて今まさに脱いでるの?」


「最初は身体冷えるかなと思ったんだけど意外に暖かいからかなー。それにその方が和人君的には目の保養になるかなって」


「黙れバカ!」


「ひどっ!? あー照れてるんだぁー可愛い!!! あははは~」


 下はまだジャージを履いている。いや履いてないと色々と不味い。なぜなら女の子が男と二人きりの部屋でパンツにブラジャーと黒のキャミソール一枚ってのは色々と不味いから。それにキャミソールの生地が薄いためかはっきりと下着のラインが出ている。それだけでも健全な男子高校生にとっては目の毒でしかない。


「どう? 大きくなったでしょ!」


 胸を張り、自信満々に言ってくる響子。

 女としてもう少し僕に警戒心を持って欲しい。

 響子の言うように前見た時より服越しではあるけど胸が一回り大きくなった気がする。最後に見たのは去年の夏休み一緒に海に行った時だったけ。


「そうだね」


「ちなみにお触り禁止だからね」


「触らない」


「むぅ~。素っ気ないと私の身体に興味ないみたいでムカつく!」


「逆に興奮された方が困るでしょ?」


「困らないよ。だって和人君にそんな勇気ないの知ってるから」


 グサッ!!!


 小悪魔の笑みでやれるものならやってみろと言わんばかりに自信満々に宣告されてしまった。それは決して響子の虚勢なんかではない。去年の僕達はこうして屋根の下二人きりになることもよくあったのだが、僕と響子は恋人でありながらそういった男女がする行為の一部はしなかった。それは僕が響子をそう言ったことに誘う勇気がなかったからだ。付き合っていた頃の響子はなんだかんだ思春期ということもありそう言った行為って気持ちいいのかな、それともやっぱり女は痛いのかなー、と本やインターネットで手に入れた情報を僕に聞いてくるなど僕に勇気の一つでもあればそう言った関係になる事を許してくれていた気がすると過去を振り返ってそう思った。


「ちなみにヒントを言うと。私最近胸が大きくなったせいか――」


 肩を回しながら。


「色々と凝ってる気がするんだよねー。でも女友達だと力が弱いし、かと言って男子に身体を触られるのはやっぱり信頼できる人じゃないと怖いってことかなー」


 と言ってきた。


「肩揉んであげようか?」


「いいの!? やったー!」


 両手を上にあげて喜ぶ響子。

 そのままお菓子を口に含んでから、僕の隣にやってきて背中を向ける。


「肩揉むふりして不意討ちでおっぱい揉んだらダメだからね」


「揉まないから」


「へぇ~でも興味はあるよね?」


「まぁ……」


 このままでは埒が明かないと判断した僕は響子の両肩に手を当てて親指に力を入れて揉んでいく。

 それにしても本人が言うだけあって結構凝っていた。

 見た目は全身柔らかそうな肉付きをしているのに、実際触ってみると全然違う。

 これも女の子ならでは心の悩みであり心の声だと思うことにした。


「そっかぁ。男の子だもんね」


「てかなんで今日そっち系の話しにさっきからなってるの?」


「夜で二人きりだから! それに女の子とこういう会話ってなんかえっちな感じがして和人君喜んでくれるかなって」


「あのね~」


「そこもうちょっと強くがいいかなぁ」


 僕は言われた通りに力加減を調整していく。


「この際聞いてもいいかな」


「なにを?」


「私と別れて彼女候補できた?」


 顔は見えないけど、背中越しに聞こえてきた声はちょっと声が小さかった。


「できてないよ」


「ならクラスで一番仲のいい女の子って私で間違いない感じ?」


「そうだけど」


「今日はやけに素直だね」


「まぁね。久しぶりに響子とこうして二人きりになれたからね。たまにはいいかなって」


「和人君。夜は長いから久しぶりに沢山お話ししようね」


「そうだね。夜は長い以前に僕は早く三つのお願いを終わらせて少しでも早く楽になりたいと思ってるよ」


「私はずっとこのままでもいいのになぁ~。それにしても気持ちいいよ、ありがとうー」


「どういたしまして」


 僕は小さくため息をついた。


「和人君は私に聞きたい事はないの?」


「えーっと、そうだねー」


 唐突の質問に僕は聞きたい事が山ほどあったがいっぺんに全部頭の中に出てきてしまった為にすぐに答えられなかった。一度冷静になるために紙コップに入ったジュースを飲んで気持ちを入れ替える。それから聞きたい内容に優先順位をつけてその中で最も気になった事を聞く事にした。


「響子は僕と別れて何を思って何を感じた?」


 部屋の空気が重たくなる。

 いつもならすぐに返事をする響子が口を開いて、言葉を発する事を一度躊躇ったように感じた。背中越しの為それが正しいのかはわからない。だけどこれだけはわかる。僕が質問をしたとき響子の身体がピクッと震え僕の指先に伝わってきたと。


「とても辛かったよ。大好きだった人に別れたいって言われて死にたいとまで思ったぐらいに。それから自殺を考えて、病んで、しばらく学校を休むぐらいにね。その時、私は思ったよ。私は友人との時間を大切にして和人君は本の時間を優先した結果がこれだったのかなって。もしそうなら私達は自分の我儘をお互いに押し付けあいながらも都合の良い時に会ってイチャイチャして幸せな時間を送りたいだけの最低の関係だったのかな。でも時間が経って色々と気持ちが冷めて来た時に気付いた。そうじゃないって。私達は不器用だから私は和人君に本の時間を優先させてあげようと思った結果、私自身が友人との時間を気付けば和人君との時間より優先していたんだって。そして和人君はその逆で私が友人と過ごす時間を優先して欲しいと願って本をいつも読んでいたんだって。私達はお互いに我慢しあった結果、その我慢に限界がきて知らぬ間に抱えていた不満が爆発してこうなったんだってね」


 どこか悔しそうにして響子は言った。

 だけどその言葉はまさにその通りだと僕は思った。

 僕は響子の幸せを願いその結果逃げるようにして好きだった本の世界へといつも逃げていたから。僕が好きな本に逃げる光景を響子はそれだけ本が好きなのなら邪魔しちゃ悪いなと思ってくれていたのだろう。


 すれ違いは誰にでもある。

 それに気付けば誰にだってやり直す機会はあるのかもしれない。

 だけど僕達の関係はそんなに簡単に復元はできない。

 僕が響子に最後別れる前に言った言葉はどんなに時が経っても響子を自殺に追いやったのは間違いないのだから。


「あっ、でももう一つ気付いた事があるよ!」


「それは?」


「私を差し置いて今後幸せになるであろう元カレには復讐の一つや二つでもして地獄を見せないと気が済まないなって♪」


 全身に悪寒が走った。

 なんて怖い事を嬉しそうにして言うんだ、この小悪魔。

 震える両手に力を入れて僕はマッサージを続ける。


「もしかしてその復讐心が生んだのが、告白予告宣言?」


「おっ、察しがいいね! 正解!」


 僕は何故響子が告白予告宣言を告げてそれを実行させようとしていたのかが少しわかった気がした。


「ちなみに地獄の底まで逃がさないから私。だから気を付けてね」


「あはは……」


 僕は苦笑いしかできなかった。

 こんなにも罪悪感を感じるものだと思ってもいなかったから。

 それだけに僕はそれを受け入れなくちゃとなぜか心の中で思い始めてしまった。


 ――告白予告宣言。


 その言葉はただ僕が告白し振られて終わりって意味ではなかったらしい。

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