第10話 お出掛け


 この日、僕は響子と一緒に映画館に来ていた。

 映画館と言っても先日の休日に偶然響子と出くわした大型ショッピングセンターの中にある映画館である。そう、あれは……偶然出会ってしまっただけなのだと思いたいしそうで合って欲しいと今でも思っている。


 白のワイドパンツに黒のサンダル、上はぴったりとした細めなもので暗めの色のカットソー姿の響子は年上のお姉さんっていう雰囲気があった。流石現役女子高生、オシャレには力を入れているみたいだ。それに薄化粧をしているのかとても色気があって、見ているだけで僕の心臓がどうかなってしまいそうだ。

 そんな気合いが入った響子とは違い、僕は黒のジーパンに白のパーカーととてもラフな格好をしている。


「お待たせ」


「私も今来たところだから気にしないで! それより今日の私どうかな?」


「似合ってると思う。それにいつもより大人びている気がする」


 僕は高鳴る鼓動を抑えて、平常心を装って受け答えをしていく。


「そっかぁ。ちなみに今日はちょっと強引な私の日だから気を付けてね!」


 響子は人差し指を唇にあてて、少し間を空ける。

 リップを塗ってあるのか、プルンとした柔らかいピンク色の唇に僕はドキッとした。

 そもそも強引な日ってなに?

 女の子がそんな言葉を軽々使ってはいけない気がするのは僕だけなのだろうか。


「えっちな意味じゃないよ?」


 すると、戸惑う僕の顔を覗き込んで響子が牽制してきた。


「わ、わかってる」


「うそだぁ~、本当はちょっと期待したでしょ?」


 そのまま一歩近寄り、身体を近づけてくる響子。


「否定しちゃう? それとも素直に認める? もし認めてくれたら後でいい事してあげるよ? だから認めた方がいいと思うよ、えっちな和人君」


「ぐっ……き、期待しました」


 僕はすぐにプライドを捨てて過ちを認めることにした。

 でないと、響子がグイグイこのまま来て僕の理性を溶かすような事を言ってきそうだったから。また今日の響子は香水も付けているらしく、押しに弱い僕はかなりの大ダメージを早くも受けている。

 別れてからこんなにも元カノが可愛いと実感する僕って本当にバカなのかもしれない。もう脈なんてほとんどないのに……。


 それから僕達は響子が見たいと思っていた恋愛映画を見る為に、映画館の中へと入っていく。





「それにしてもカップルが多いね!」


「だね」


「ってことで、手ぐらいは繋がない?」


 そう言って響子は僕の返事を待たずして手をさり気なく握り、奥へと進んでいく。


「ちょ、ちょっと?」


「いいじゃん、昔はよくこうして私に温もりくれてたんだしさ!」


 それは付き合っていた頃の話しであって今とは関係が違うと言うか。

 だから僕は恥ずかしさを胸に反論をしようとした、そのときだった。


「私とじゃ嫌かな……?」


 不安そうに響子が言ってきたもんだから、僕はつい。


「嫌じゃない」


 と本心で答えてしまった。


「ならよかったぁ! やっぱり私和人君の温もりは好きかも!」


「えっ?」


「特に深い意味はないよ!」


「そうなの?」


「うん! 私の言葉に全て意味があると思ったら大間違いだよ!」


 冷え性なのか響子の小さくてひんやりとした手が僕の熱くなった手を冷やしてくれる。

 だけど二人の熱が混じり合い、数分後には熱く感じるようになった。


 それからポップコーンを買って、席へと向かった。



 ――。


 ――――。



「それにしてもドキドキしたねー」


「最後ちょっと泣いてた?」


「もぉ~恥ずかしいからそうゆうのは気付いても言わないの。てか映画の途中で私を見るってどんだけ私の事見たいの和人君ってば」


 頬を夕焼け色に染めて、響子が言った。

 その時に見た、微笑みはどこか嬉しそうだった。


「見たいなら後で和人君の家に一緒に行くからその時に沢山私の事見ていいよ」


「別にそういうわけじゃ……」


「いいんだよ。沢山私だけを見て、昔を懐かしんで。それから告白が我慢できなくなるまで私の事を好きになっていいんだよ?」


 それから小悪魔の微笑みを見せてきた。


 ニヤリ


 と。僕は甘い言葉に誘惑されてはいけないと僕自身に強く言い聞かせる。


「それで最後は僕を振るんでしょ?」


「正解! でも今は99パーセントぐらいの確率だよ!」


「下がった?」


「うん。だって今日私のお願い聞いてくれたからね! これから和人君が私に色々してくれる度に振る可能性は下がっていきます! 逆に私に嫌がらせをすると上がっていきます! ってね!」


 響子と話しながら歩いていると気付けばゲームセンターの前まで来ていた。

 そのまま中に入っていく響子に続いて僕も中へと入る。

 店内を気分が向くまま自由に歩いていると、あるクレーンゲームの前で響子が立ち止まってガラスケースの中にある景品を見つめ始めた。


「可愛い……」


 響子はそう言ってガラスケースの中にある大きなぬいぐるみを見て、目をキラキラさせ始めた。

 ガラスケースの中には大きなライオンやシマウマのぬいぐるみが入っていた。


「う~ん、でもなぁー」


 ボツボツと何かを言い始めた響子。


「アーム弱そうだし、位置も微妙なんだよな……」


 獲物を見つけた肉食動物のように、ぬいぐるみを凝視する響子。

 

「迷う、迷うぞ……」


 するとチラッと僕の方を見てきた。


「どうしたの?」


「取れると思う?」


「……手前のならいけるんじゃない」


 僕は直感でそう答える。

 取れる根拠なんて何処にもない。

 ただ取れそうなのをぱっと見で決めて答えただけだ。

 でもこんな適当な解答でも喧嘩にならない理由が僕達にはちゃんとある。

 そして響子が手を広げてこちらに差し出してきた。


「お手? 僕は犬じゃないけど」


「お手、じゃない! お金を頂戴!」


「いくら?」


「100円!」


 なんとも良心的な言葉に僕はお財布を取り出して100円玉を一枚響子に渡す。

 そう響子は僕のお金で景品を取りたいのではない。

 試しに一回してみて、アームの強さなどを確かめたいのだ。

 これは小さい頃から毎度のことなので金額を聞いてすぐにわかったし、これが僕が適当に直感で答える理由でもある。残念ながら僕にはクレーンゲームの才能はない。

 てか人のお金で色々と確かめないで欲しいんだが子供のように無邪気な笑みで頂戴と言われるとその良心的な値段からついつい出してしまう僕がいるのもまた事実。


「よし! 軍資金ゲット!!! 響子いきまーす!!!」


 元気が良い、だが誰に向かっての言葉なのか最早わからない。

 そもそも何処に行くつもりなんだろう。

 とりあえず僕は響子を後ろから静かに見守ることにした。


「なら狙うは……この子かな」


 そう言って景品取り出し口に一番近く、ガラスケースの中で一番手前に大きながらも可愛いライオンに目を付けた響子。

 お金を入れて、どこか手慣れた手つきでクレーンをまず横へと動かしていく。

 確認込みのあわよくばゲット作戦を決行した響子はガラスケースの中を覗き込みながら今度はクレーンを縦方向に動かしていく。


「もうちょっと……奥かな」


 ――。


「あと、ちょっと……」


 ――。


「良しきた、コレ!」


 クレーンが止まりアームを大きく開きながら真下へとあるライオンのぬいぐるみへとゆっくりと下りていく。

 手に汗握る緊張感が僕にまで伝わって来た。

 それからアームが閉じていく。


 ――どうだろう。場所は良さげに見えるけど。


 そう思いながら僕は事の顛末を静かに見届ける。

 アームが閉じ終わると今度は上昇していくクレーン。


 響子の狙ったライオンはしっかりと両サイドのアームに挟まれ顔を潰されながらも持ち上げられていく。それにしても挟まれたせいでせっかくの可愛い顔が一瞬で不細工になった。


「おっ……いい感じ!」


 ごくり。

 まだ油断はできない。


 固唾を飲みガラスケースの中の行方を見守る響子。


「厳しいかな……」


 クレーンが上昇しきったタイミングで起きた振動にライオンが落ちかける。

 だがまだ不細工顔になりながらもアームに可愛い顔を挟まれたライオン。

 それからゆっくりとクレーンが景品取り出し口の方へと向かっていく。

 どうだ……。

 いけるか?


 後数センチで成功か失敗かの大一番まできた。


「よっしゃー!」


 響子が大きくガッツポーズ。

 それから景品取り出し口から可愛い顔へと戻ったライオンのぬいぐるみを手に取り僕に見せてきた。


「えへへ。一回で取れちゃった!」


 そう言って大喜びの響子。


「よかったね」


「ありがとう。お金出してもらったし夜お礼するね」


 微笑む、響子。


「わかった」


 僕は素直に響子の好意を受け取ることにした。


「なら他にも見て回ろう?」


「いいけど、もうお金は出さないよ?」


「えー、ならもう100円だけお願い!」


「まぁそれぐらいなら」


「ありがとう、和人君! 今ね最高に幸せかも」


 上機嫌になった響子は次の景品を求めて店内を歩き始めた。

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