何読んで育ったらこんなモノカキになっちゃうの?

如月芳美

第1話 子供の生活環境

 どこから書こうかという感じですが、まずは幼い如月芳美がどんな生活をしていたか、そこからですね。


 ぶっちゃけ、なんにも覚えてません!(酷でぇ)


 少し前に母と無駄話をしてたんですよ。大体どこの家も母なんてのは無駄話の宝庫ですから、ろくなこと言わないんですけども。

 母が「そういえばあんた」と言い出したのです。


「小さい頃、本ばっかり読んでたよねぇ」


 ……?

 ……?

 ……?

 そうだっけ?


 全然記憶にありません。

 私が覚えていると言えば、鉄棒から落ちて頭から流血しながらも笑顔で帰って来たとか、登り棒最速記録を樹立したとか、滑り台を仰向けで頭を下にして降りると楽しいとか、裸足で校庭の水たまりをドロドロにかき混ぜて「カレー」と言ってたとか(もちろん雑草でトッピングしました)……ろくなことしないガキですね。


 そんなことより「本ばっかり読んでいた」という証言だ。まずそこだ。

 そこから必死に記憶を辿って行くと、確かに本はたくさんあったんです。売るほどあったんです。


 売ってたんだもん!


 幼心に覚えているのは「普通の本屋さんではなかったこと」です。

 全20巻の図鑑とか、全100巻の百科事典とか、世界名画全集とか、伝記シリーズとか、あと何があったかな。とにかく普通の本屋さんではなくて注文を受けて届けに行くような本屋さんで、しかも全何十巻なんていうセットものばかりだった記憶があります。

 なので、店舗が無いんですね。事務所に見本がガーッとある。注文の電話がかかってきたり、お客さんが直接商談に来たりしてました。


 如月何やってたかというと、自営業なんで手伝いしてたんですよ。小学生だったけど。パンフレット揃えたり、伝票書いたり、集計したり、来客があればお茶出しだってしてました。

 学年一のチビだったので、高学年になっても2年生くらいに見えてました。お客さんはさぞかし驚いた事でしょう。顔なじみになると「芳美のコーヒーはうまいなぁ」なんて社交辞令言われて真に受けたりしてました。所詮ガキですね。


 で、やはり事務所で仕事がなくなると暇になるんですね。かと言って事務所には縄跳びをするスペースもない(当たり前だろ)。いつお客さんが来るかわからないのにブロック広げて遊んだりできないわけです。

 普通に考えれば、そこで「宿題しろよ」ってとこなんですが、宿題めんどくさいんで学校でやっつけて来ちゃうんです。


 つまり暇なのです! 全力で暇! なんか仕事くれよ!


 そんな時ふと周りを見渡すと見本品があるんです。暇ですからね、こっちは。手に取るわけですよ、小学生が最初に手に取ると言えば普通(かどうかはわからんけど)伝記です。百科事典を最初に手に取るガキはいませんし。


 野口英世は7~8回読んだかな。エジソンもそれくらい読んだ。北里柴三郎もあった。リンカーンもあった。ファーブル、ノーベル、ヘレン・ケラー、聖徳太子、二宮尊徳、豊臣秀吉、ベートーヴェン、モーツァルト……。

 とくに科学者のエピソードはワクワクするものが多いですね。なんで科学者って変わった人が多いんでしょうね。とにかく伝記だけで最低全巻5周はしてます。


 その後でハマったのが世界名画全集。ピカソを見てゲラゲラ笑い、ルノアールに「すごーい」と感激し、モネとマネの区別がつかず、セザンヌをぼんやり眺め、ゴッホを見ては「ぐるぐる」と思い、結局一番好きなのはゴーギャンだったという。「タヒチの女」と「黄色いキリスト」が好きでしたね(どうでもいい情報)。

 節操のないガキですね、これが確か3年生くらい。


 子供なんで「ぐるぐるゴッホ」だとか「不登校エジソン」とか「うんこたれ家康」とかそういうのが面白くて仕方ないわけです。ほんと思い出せば思い出すほどロクでもないガキですね……。


 それも読み飽きると、名作全集に手を出すんですね。小学生のガキンチョが『罪と罰』なんか読んだってわかんねえ。わかんないから『赤と黒』読んでますますわかんねえ。

 わかんないので覚えてません。そもそも最後まで読んでない。わかんないんだもん。あの頃に「かいけつゾロリ」があったらよかったのに!


 その様子を見ていた母が「ああ、この子は本が好きなんだ」と盛大に勘違いし、「母をたずねて」とかその辺の子供向けの本をいくつか買ってくれたんですが。これなんか20回以上読んだかな。


 だって暇だったんだもん! 仕事させろ!


 高学年になって事務所の中で誰よりも電卓が早く正確だという事に気づいた母が伝票の仕事をくれるようになってからは、少し読書タイムが減ったらしいです。全然覚えてないけど。


 とにかく。覚えているのは「暇だ、仕事させろ」こればっかだったような。そして母はそんなこちらの事情も知らずに勝手に「この子は本が好きだねぇ」と思っていたというね……。


 読書環境だけは整っていたようです、はい。

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