第十三話 再・草原で検証 その一
Fランク試験に合格した翌日、自分は冒険者ギルドの依頼受付で用を済ませた後、待ち人が訪れるまでどんな検証をしていようかと室内を見渡していると、ちょうど入り口から入って来た彼女を見つけたので、暇つぶしの検証はまた今度にすることにして近づいていく。
「オースさん、おはようっす!」
「おはようグリィ殿、宿……いや、馬小屋は引き払ってきたか?」
「はいっす! ……って言っても、荷物は元々これしかないんで、馬小屋の隅で寝泊まりを許してくれてた宿のご主人に挨拶して来ただけっすけど」
「うむ、挨拶は大事だな」
昨日、冒険者パーティーを結成した自分とグリィ殿は今後の活動方針を簡単に話し合い、とりあえず一緒に依頼を受けるなどをしやすくするために拠点を同じにしようと、彼女にもカロリーナ殿が女将を務める宿屋〈旅鳥の止まり木〉に来てもらうことになった。
馬小屋に宿泊する検証にも興味があったので、最初は自分がそちらに行くと言ったのだが、彼女が全力で首を振りながら馬小屋で寝泊まりするデメリットを体験談として数十パターンに及ぶ数を語り出したので、それだけ細かく検証が済んでいるなら自分が手を出す必要は無さそうだなと普通に宿屋を拠点にすることにしたのだ。
「それで、パーティーでの初任務は何にするっすか?」
「初任務? いや、今日は依頼は受けないぞ?」
「え? 依頼受付の方から歩いてきてたんで、てっきり何か依頼を受けたのかと……」
「まぁ所持金が少なくなっていたから納品依頼を少し達成してきたが、それはついでだな」
「ううん……? 依頼達成がついで……?? 依頼受付ってそれ以外にやる事あったっすか……?」
ふむ、彼女は検証の才能はあっても検証の常識や心構えが不足しているようだな……。
確かに依頼受付で”やる事”としては、自分の受けられる依頼を受けて、達成したらそれを報告するだけだが、”出来ること”となると、あえて受けられない依頼を受けようとするなどもっとたくさんある……検証とはプレイヤーの目的に沿った行動を確認するのではなく、そういった取れる行動の全てを確認することなのだ。
……まぁ、それはやりながら少しずつ覚えてもらうことにしよう。
「とにかく今日は依頼は受けない、装備を整えたらそのまま草原に行くぞ」
「えっ? 草原? 依頼を受けないで何をするんすか?」
「新たな仲間が加わったなら、最初にやる事はひとつだけだろう?」
「最初にやる事……それは……?」
「……仲間の検証だ」
♢ ♢ ♢
目の前には、何もない広い草原。
息を吸い込めば、土と草の香りがする綺麗な空気。
後ろを振り返ると、少し遠くに鬱蒼とした大森林……。
空を飛ぶドラゴンの姿こそ見えないものの、その場所はあの日と変わらず、静かで、広大で、自然と一体になっているような感覚を自分に与えてくれる所だった。
「やはりここは気持ちのいい場所だな……」
「そうっすねー、陽の光が温かくて、風が心地よくて……って、和んでる場合っすか!!」
「うむ? グリィ殿はここが気に入らなかったか?」
「いやいや! 気に入らないも何も、ここ、”竜の休息地”っすよね!?」
「ふむ、そう呼ばれているらしいな」
自分たちは冒険者ギルドを出た後、市場で干し肉やドライフルーツを買い込み、冒険者用品店でテントなど旅に必要なものを買って、トルド殿の鍛冶屋〈輝白の鎚〉でグリィ殿の使う武器を貰ってから街を出てこの草原に向かった。
本当は武器や防具はオーダーメイドで無い限り鍛冶屋ではなく商品が卸されている武具店で買うのだが、獣の毛皮を大量に譲った時にお礼がしたいと言っていた気がするのでトルド殿の鍛冶屋に寄ってみると、鋼鉄製のダガーとショートソード、槍にメイスが並べられ、どれでも好きなのを持って行けと言うので、遠慮なく四つとも全部もらってきたのだ。
それから間に一日の野営を挟んで、二日目の昼頃に草原の中心の方までやってきた……本当は自分が最初に訪れたウェッバー村に寄ってもよかったのだが、一直線に進んだ方が早いし、野営の検証もしてみたかったのでこのルートを選ぶ。
夜に交代で見張りをする際に自分は夜番をサボって居眠りをする検証をしようと思っていたのだが、最初にこちらが休憩をもらう時に見張り役のグリィ殿に寝息をたてられてしまったので、仕方なく自分の方が寝ずに番をする検証に回ることにした。
翌朝彼女からすごい勢いで謝られたが、事前に検証の役割分担を決めなかったので仕方ないだろう……襲撃イベントが発生しなかったのが残念だが、何も起こらないパターンの検証は出来たのでよしとする。
「草原って聞いてたからまさかとは思ったっすけど、本当にここが目的地なんすか!? いつドラゴンがやってくるか分からない上に、最近この辺りで魔物の暴走があったらしいから近づくなってギルドの掲示板に書いてありましたよ!!」
「なんだと? ギルドの掲示板には依頼書以外にも情報が張り出されることがあるのか?」
「いやいやいや、問題はそこじゃないっす! その情報の中身っす!!」
「うーむ……帰ったら掲示板の確認もデイリーの検証日程に加えておかなければ……」
「って全然聞いてないっすね……」
自分はグリィ殿から掲示板にニュースのようなものが載ると言うその情報を思考操作でメモ画面に書き留めておく……魔物の暴走があったというのも気になるが、そちらに関しては今のところ見える範囲で何も起きていないので検証は出来ないだろう。
「まぁひとまず目的地に着いたことだし、この辺りにテントを張っておこうか」
「えー……本当にこんなところに長居して大丈夫っすか……?」
「場所に関しては心配ない、色々あって十日程この草原に留まっていたことがあったが、特に驚異的な魔物は出現しなかった」
「うーん、私もドラゴンがいないときは平和な草原とは聞いてるっすけど……好き好んでそんな天国から地獄に変わりえる場所に留まる人はいないっすよね……」
「今のところ平和ならば良いではないか……何か危険が訪れたら、その時はその検証をすればいいのだ」
「いやいや、その時は逃げましょうよ!!」
ふむ……まぁグリィ殿はまだ検証に慣れていないだろうから、最初は危機から逃げる基礎検証をしてもらってもいいかもしれないな……自分は彼女に「分かった」と答えると、ホッとした様子の彼女に手伝いを促してテントの設営に取り掛かる。
自分だけなら【環境耐性】のおかげで暑さや寒さだけでなく雨風も気にならないのでテントなど必要ないが、彼女の方は馬小屋で寝れるとはいえ何もない場所で毛布でくるまりもせずに寝るのは躊躇われるだろうし、何より草原で大の字になって寝る検証は散々やったのでもうやる必要はない。
それにテントと言っても、現代日本のキャンプ用品店で売っていたポリエステルやナイロン製のシートにグラスファイバーやジュラルミンのポールを使って組み立てるだけの便利な代物ではなく、持ち運ぶのはツギハギにして大きくした動物の皮のみ、骨組みは一緒に持ち歩く杖とロープで作るか、現地で丁度いい木の枝などを拾って作るという原始的なものだ。
なので自分は、その原始的なテントをどのように建てたらより素早く、頑丈なものに仕上げられるかという検証にも挑戦していた。
「うむ、こんなところか」
《スキル【テント設営】を獲得しました》
《【気配感知】【医術】【料理】【鑑定】などいくつかのスキル条件を満たし、【環境耐性】と【テント設営】は【サバイバル】に統合されました》
と、そんな風にテント設営に熱中していると、また久しぶりにスキルを獲得した。
おそらく支柱の立て方やロープの張り方、ペグ代わりにする木の枝の角度などで、力点と作用点など現代物理学の知識を使っていたので、昨日と今日で二回建てただけなのに獲得できたのだろう。
他のスキルと連動してすぐに別のスキルに変化したのは予想外だが、獲得すること自体は狙っていたのでそれ以上の結果が出たのは嬉しい限りだ。
「昨日も思ったっすけど、オースさんってかなり器用なんすね」
「ふむ? そうだろうか……まぁこういったことは苦手では無いな」
「冒険者になる前も何かやってたんっすか?」
「うむ、少しだがまだ小さい頃に父上と……あ、いや違った……なんでもない、忘れてくれ」
「え……あ、はいっす……」
危ない危ない、自分は十五歳以前の記憶はない設定だったな……それに、グリィ殿を含めてこの世界の開拓時代の人達に、キャンプやアウトドアなんて言ったところで自分と同じイメージを想像できるものは少ないだろう……余暇を使ってわざわざ不便さを経験しに出かけるなど、魔物がいない世界だからできたことだ。
そう考えると、自分が今までに日本で経験したことや、学校や本で得た知識は便利だが、それらをどこで習ったか答えたところで実際に実物を見せることは出来ないので、もしかしたら伝えるだけで人を不快な気持ちにさせてしまうかもしれない……自分はただでさえコミュニケーションが得意ではないのだ、今後の不和の種を避けるためにも、こういうこの世界の人たちが分からない事は極力口にしないようにしておこう……覚えている間は……。
「そんな事より、さっそく始めるとしよう」
「そ、そうっすね! 私の……検証でしたっけ? 最初『隅から隅まで調べつくす』と言われたときは全力で引きましたが、要するにお互いの能力を知っておこうって事っすよね?」
「そうだ、どんなRPGでも基本的には、最初の内は仲間同士の長所で短所を補い合って戦闘を進めていくだろう? やり込めばどんな雑魚キャラでも最終的に一人でラスボスを倒せるようになるかもしれないが、それは最終目標にすればいい」
「RPG? ラスボス……?」
「うむ……うむ?」
はて、さっき何か大事なことを心に決めた気がするが……なんだったか……。
「単語の意味は所々分からないっすけど、言いたいことは分かったっす! で、そのために何から始めるっすか? 一緒に魔物狩りっすかね?」
「いや、それは明日でいい」
「? ……じゃあ今日は何をやるっすか?」
「……それは、体力測定だ」
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