第十二話 Fランク昇格試験で検証 その三


「絶っっっっ対に! ふざけないでちゃんと合格してくださいね?」


「……善処する」


 あれから数週間かけてこの世界の一般常識をマスターした自分は、再びFランク昇格試験の推薦をしてもらい、現在、その推薦してくれたミュリエル殿に試験会場や進行の流れを確認しているところである。


 FランクとEランクは基礎学力の試験を筆記ではなく口頭でも受けることができ、筆記が出来るものと比べて試験の開始時間も終了時間も遅いらしいが、文字がかけなくても言葉が分かれば昇格できるらしい。


 自分はスキルのおかげで今は【人族共通語】だけでなく【人族古代語】まで完璧に読み書きできるので、筆記試験側のスケジュールで午前中だけ使って基礎学力、実技、面談の全てを行い、夕方の早いうちに結果が発表されるようだ。



「では、そろそろ時間なのであちらの階段から二階へ上がって、手前から三番目の部屋へ向かってください」


「承知した、行ってくる」


 教えられたとおり二階へ向かうと、どうやら他の受験者も同じくらいの時間に集まって来ているらしく、人の波が出来ていて係の人の誘導もあったので会場を迷うことは無さそうだった。


 そんな中を、自分は流れるように三階へ向かおうとして係の人に呼び止められて、手前の部屋を開けようとして怒られて、三番目の部屋を過ぎようとしたところで手を掴まれ連行されるように会場へと入る……うむ、試験中よりもその前後に見逃された不具合が残っていたりするからな、こういった確認も大事なのだ……ルート外の進行対策は問題なし、と。


 案内された試験会場は普段は会議室として使われているようで、入り口に第二会議室と書かれた木札がかかった部屋の中はそれなりの広さがあり、キャスターこそついていないものの動かしやすい長い机が並べられたそれは現代のそれとよく似た雰囲気があった。


 どうやら事前に言われた受験番号が記載されている木札が置いてある席に座っていく仕組みのようで、少し間隔を空けて数多く用意されている椅子には既に何人か座って待機していた……自分はその席の中から自分の番号を見つけると、隣の席がちょうど良く空いていたのでそこに座って待機する。



「あの……そこ私の席なんすけど……」


「ふむ、そうなのか」


「え? いや、そうなのかじゃなくって……あれ? 私また何か間違ったっすか?」


 当然、違う番号の席に座っていればやってくるその椅子に本来座るべき人物は、ショートボブくらいのストロベリーブロンドヘアーをツーサイドアップに束ねている、女性にしてもかなり背の低く子供のような体系の人物だった。


 微動だにしない自分の様子を見てどうやら彼女自身が席を間違えたのではないかと考え始めたらしく、受付で受け取った受験番号の書かれた木札を横にしたり逆さまにしたりし始めている。



「いや、申し訳ない、初めての試験なので席を間違えたようだ」


「あー、分かるっすよー、私も最初は緊張して隣の部屋に行っちゃいましたから」


「何? 貴女はこの試験が初めてでは無いのか?」


「うっ……貴女なんてやめてくださいっす、私はグリィ、しがない無印冒険者っすよ」


 自分はグリィと名乗る彼女に席を明け渡して隣の本来の自分の椅子に座ると、まだ試験開始には時間があったのでどうやら経験者らしい彼女に色々と試験の様子を聞いてみることにした……すると彼女はどうやらFランクへの昇格試験を既に四回も落ちており、今日で五回目の挑戦となるらしい。


「Fランク昇格試験は滅多に落ちないと聞いているのだが……」


「あはは……私もそう聞いていたんすけどね……」


 彼女曰く、最初はよく分からず簡単だという話を聞いて口頭での学力試験を選んだのだが、元々苦手だった勉強を口頭で質問されることで頭が真っ白になり、全て分かりませんで白紙回答、続けて面談に移るも申し訳なさから緊張が限界を超えて倒れ、そのまま実技試験も受けられなかった。


 二回目の試験では同じ轍は踏んでなるものかと筆記での試験を受けると、回答欄を全部埋めて面談もその勢いで得意げな返答をしたのだが、実技では試験用に捕獲されたスライムを前にして、魔物と戦った経験のなかった恐怖から逃げ回り、最終的には圧し掛かられてギブアップ……ちなみに筆記試験は全て間違っており、面談でもとんちんかんな回答をしていたらしい。


 苦手な勉強を頑張り、近くの森で魔物相手に実践訓練をしてから三度目の正直と試験に挑むも、面談と実技では及第点を取るが学力試験は力及ばず、さらに勉強を重ねて受けた前回の四度目は、答案用紙に名前を書くのを忘れて無回答扱いになってしまったとのこと。



「なん……だと……」


「いやーあはは、こんなに落ちるなんて可笑しいっすよね……私自身でも分かってるんで笑ってくれて大丈夫っすよ……」


「いや、そんなことは無い! むしろ素晴らしいぞ! なんて素晴らしい人材なのだ!!」


「……へ?」


 ただ点数が足りなくて落ちるだけでなく、回答用紙白紙、全問不正解、名前欄の空欄まで心得ていて、自分が後でやらなければなと思っていた口頭での試験にも挑戦しているどころか、やるにしても少し度胸がいるなと構えていた面談での気絶まで検証済みだと……?


 おまけに倒さなくてもしばらく戦えていればおそらく受かったであろう実技試験でもギブアップして見せるとは……このグリィという名の彼女、きっと天性の検証の才がある。


「ありがとう、グリィ殿のおかげで大幅な工数削減が出来た……自分も全力で挑むので貴女も今回は合格を目指して頑張ってほしい」


「え? あー、うん? よく分からないっすけど、私なんかの話で自信がついたのなら良かったっす、お互いに合格を目指して頑張るっすよ!」


 うむ、せっかく自分が合格する前にやろうとしていた検証は全てグリィ殿が済ませてくれたのだ……おそらく彼女であれば今回の試験で、ギリギリ合格すると言う検証もやってくれるであろう……ならば自分は自分の出来る検証をするまでだ。



「ふむ……なるほど……よし……」


「??」


「とりあえず全ての試験を満点の成績で突破だな」



「……え、まじっすか?」



 ミュリエル殿……試験前に交わした約束はどうやら果たせそうだ。



 ♢ ♢ ♢



 そして夕方。


「受かったぁぁあああ!!」


 既に合格の通知をもらっていた自分は、気になっていたグリィ殿が冒険者ギルドの真ん中でFランクに変わったギルドカードを掲げて喜んでいる姿を眺めている。


 試験が終わってから結果を聞くまで不安そうな表情をしていたので、おそらく彼女は予想通りギリギリの点数で合格していたのだろう。


 自分の点数と言えば、筆記は全部で十問、面談も実技もそれぞれ十点で評価されるらしい試験で、半分の十五点を取れば合格というところ、自分は見事に合計四十五点という限界突破な成績を収めて合格してた。


 筆記試験では担当の職員に口頭で発表された問題の回答を、紙代わりの石板に石筆で書いていく形式で、自分は問題もしっかり記入した上でその問題自体に、おそらくこう伝えたかったのだろうという間違いらしき部分を発見して訂正し、プラス五点の評価をもらった。


 面談試験では担当者が何故かミュリエル殿で、自分としては日本の就職活動の際に教わる中小企業に受けやすい模範解答をスラスラと答えただけなのだが、彼女はそんな普通のやりとりに対して何故か涙を浮かべるほど感動したようで、こちらもプラス五点される。


 そして最後の実技試験では、毎回恒例なのかグリィ殿が言っていた通り捕獲されたスライムと戦うように言われたのだが、既に四桁のスライムと戦い隅から隅まで検証済みのそれに対して武器など必要とするはずもなく、指一本で的確にウィークポイントを突いて倒すと、どうやら試験官もその弱点をしらなかったらしく、その場が自分が先生を務めるギルド職員を交えたスライム討伐の講義会場に変わってしまった。


 後から聞いたところによるとそれぞれの試験でそれぞれの試験担当者に満点に加えてプラス五点までの加点が認められており、合計で三十点を越えた受験者にはその受験料が返金されると言う隠された特典があるらしいのだが、三つの試験で全てプラス五点という成績で突破したのは自分が初めてらしい。


「ふむ……事前の説明が無く全く予想外だったが、まぁ意図せず難しい条件のトロフィーを獲得する検証が出来たようなので、結果オーライというやつだな」


「オースさんも受かったっすか! 良かったっす!」


「うむ、グリィ殿も無事に受かったようで良かったのである」



 あれから彼女とは三つの試験の合間も直前の試験はどうだっただとかいう受験者同士のよくある世間話をして、同じ境遇にある仲間意識のおかげか何だかんだ仲良くなっている。


 コミュニケーションが苦手な自分ではあるが、グリィ殿に対しては勝手に検証仲間としてのイメージを持っていたので、初対面にしては近い彼女との距離も気にならなかった。


「オースさん、Fランク昇格おめでとうございます」


「ミュリエル殿、面談では高い評価をしていただいたようで、感謝する」


「いえ、知り合いだからおまけしたという訳ではありませんよ? 確かに、いつも問題発言しかしないあのオースさんがこんなに真面目に話しているなんて……と少し感動してしまいましたが……それを抜きにしても大手の商会主を相手に会話できるレベルで適切な受け答えができていましたから」


「ふーむ……日本の教育は侮れない、ということか……」


「二ホン……?」


「いや、なんでもない、こっちの話だ」


 何にせよ、自分は晴れてランクなしの無印冒険者からFランクに昇格して、いつも無表情なミュリエル殿が少し機嫌のよさそな顔をしているのだ、素晴らしい事だろう。


「あら……そちらの方は……」


「うむ? グリィ殿のことか? さっきの昇格試験で知り合ったのだ」


「登録の時にお世話になったミュリエルさんっすね、お久しぶりっす!」


「お久しぶりです、グリィさん、冒険者登録をしてからランクが上がるわけでもないのに毎日のように顔を見ているオースさんも珍しいですが、逆にランク無しで登録してから一年近く昇格せずに殆ど顔を見ることが無かったあなたも珍しいのでよく覚えていますよ」


「うぅ……面目ないっす……でもこの度は無事に昇格できたので……」


「いえ、別に責めているわけではないですよ、グリィさんも昇格おめでとうございます」


「はい! どうもっす!」



 どうやらグリィ殿の四回連続でFランク昇格試験に落ちるという前代未聞さは冒険者ギルドの職員の間ではそれなりに有名で、その噂が届いていたミュリエル殿も登録を担当したということで少し心配していたようだった。


 総合受付という名前でありながら、やる事としてはギルド長など他の職員への橋渡しと冒険者の登録手続きくらいなので、エネット殿を含めてそれなりの人数がいる依頼受付の窓口と違って、その立場にいるのはミュリエル殿とあと一人しかいないようなので、きっと今回一緒にFランクへの昇格試験を受けた受験者の半分は彼女の知り合いなのだろう。


「そうであった、ミュリエル殿、少々お伺いしたいことがあるのだが……」


「はい、なんでしょう? 新しいおすすめの宿屋とかで無ければお答えします」


「宿屋は大丈夫だ……そうではなく、冒険者パーティーについてなのだが、その登録というのは今の段階でも出来るものなのだろうか」


「? はい、基本的には経験ある他のパーティーに参加させてもらって慣れてからというのをお勧めはしていますが、規則的にはランク持ち冒険者であれば結成できます」


「そうか……では……」


 自分はミュリエル殿のその返答を聞くと、横で自身のFランクのギルドカードを見つめてまだ目を輝かせている少女の背中を押して彼女の前に突き出した。



「ちょっ……え? 何なんっすか?」


「グリィ殿とパーティーを組みたい」


「……へ?」


「……」


「ダメだろうか?」


「え……いえ、当人の了承が得られれば受け付けますが……冒険者としての成績は優秀でも仲間といったことにあまり興味が無さそうだったオースさんからの提案が意外だったのと……その相手が成績でいうと逆に位置しそうな彼女だったのが意外だったので……というか、まだ試験で知り合ったばっかりで一緒に依頼を受けたりもしていないんですよね? 戦闘の相性とかもあると思うのですが大丈夫なのでしょうか……お互いに」


「いやいやいやいや、本当にそうっすよ! ちょっと席で隣になって話があったからってパーティー何か決めちゃうのは良くないっすよ! ……そりゃあ、私としてはスライムとはいえ指一本で魔物を倒せちゃうような人と組めるなら嬉しいっすけど……」


「なら問題は無いだろう?」


「問題だらけっす! 言ってなかったっすけど、私は薬草は間違えるわスライムは倒せないわおつかいの配達先も間違えるわで、毎日馬小屋で寝泊まりするのが精一杯な稼ぎしかない底辺冒険者なんっすよ? そんなのがFランク試験とはいえ最優秀の成績で合格した人と組むなんて、絶対に割に合わないっす!」


「ふむ? 何を卑下しているのだ? 聞けば聞くほど優秀な人材ではないか」


「バカにしてるんっすか!?」


 彼女は何故そんなに自身を蔑んでいるのだろうか、基礎検証がしっかりと出来ているどころか、自分が思いもつかなかった馬小屋で寝泊まりする検証を行うなんて、素晴らしい以外の何物でもない。



「はぁ、そういうことですか……グリィさん、大丈夫ですよ? オースさんは本気であなたを必要としているようです……あなたとは……いえ、私たちとは根本的に考え方が違うので理解できないでしょうが」


「え……本当っすか……? 私なんかとパーティー組んでもいいんっすか?」


「誘っているのはこちらの方だ、いいに決まっているだろう」


「そうです、むしろここはグリィさんが断るポイントです」


「む……ミュリエル殿は先ほど優秀だと褒めてくれたのではないか……?」


「成績は、優秀ですね」


 うーむ、ミュリエル殿の自分に対する評価が高いのか低いのかさっぱり分からない……。


「よく分からないっすけど……本当にいいんっすか? なら、是非お願いしたいっす! 実際一人で冒険者をやるのに少し限界を感じてて、何度も諦めずにFランク昇格試験を受けたのも、どこかのパーティーに荷物持ちとしてでも入れてもらおうと思ってたからなんす!」


「ならば決まりだな、ミュリエル殿、受付を頼む」


「はい、お二人が良いのであれば手続きをしましょう」


「ふむ、ではまず……」



「結成前のパーティー登録解除、及び人員の変更は出来ません」


「む……そうか、それならば……」



「他人のパーティーに対しても同様です、もちろんパーティー名の変更も受け付けておりません……他には?」


「……いや、大丈夫だ、普通に登録を頼む」


「かしこまりました」


「……え? 何なんっすか? 今のやり取り」


 こうして自分とグリィ殿はFランク昇格の当日に、冒険者パーティーを結成した。


 結成してすぐにパーティー名を変更したり、登録を解除したりと可能な限りの手続きを踏んだが、最終的には〈世界の探究者ワールドデバッガー〉という名前で登録が完了し、ミュリエル殿から冒険者パーティーの扱いと注意事項の共有を受けたのだが、個別で呼び出されたグリィ殿には別途、冒険者オースの扱いと注意事項という共有がなされたらしく、戻ってくると「私、早まったっすかねぇ?」と何やら不安がっていた。


 何はともあれ、これで仲間が増えて、これからの検証効率が上がるに違いない……ゲームなのか異世界なのかはまだ分からないが、本来こんな大きすぎるスケールのものに対して一人で検証を行うのはどうかんがえても人手不足なのだ。



「ふむ……なるほど……よし……」


「……そのうち冒険者パーティーの人数上限も検証するとしよう」



 そのためにも明日からはガンガンと依頼を受けて、パーティー知名度を上げて行こう……もちろん依頼の検証もしながら。

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