第十一話 Fランク昇格試験で検証 その二


 東門からまっすぐ伸びる大きな道を西へ進み、南北の門から門へと伸びる中央通りに行き当たった正面、この街の中心に位置する場所に建っているのは、白い石材で作られた清潔感のある大きな建物。


 元の世界でよく見る教会と違い十字架の代わりにこの世界の神様のシンボルマークが掲げられてはいるが、世界遺産の資料に載っていそうな威厳ある外観のそれを見て、無宗教の自分でもどこか神聖で厳かな気持ちにさせられる……まぁ、自分はそんな建物に対しても初日は壁の当たり判定検証のために頭を擦りつけて回ったのだが……。


 どの国にも国教があり宗教が一般的なこの世界の住人にとっては、全体の敷地面積でいえばこの街で一般人が入れる施設の中では一番大きい、街の象徴的な存在で、裏側に孤児院が併設されていることも考えると、やはり無くてはならない重要な場所なのだろう。


 自分は建物の正面にある三つの扉のうち、閉じられた中央の大きな扉を素通りして右側の扉から内部へと入ると、そこに設置されている聖水を右手につけてから、右のこぶしを左の手のひらで包むようにして手を組み、少しのあいだ目を閉じた……この手の形がこの国の宗教の簡易的な祈りの形らしく、教会に入ったらこうするのがマナーのようだ。


 先日教えてもらったばかりでまだ慣れないその流れをぎこちないながらもやりきると、木製の長椅子が並んだその空間を静かに奥へと移動していき、そこで講壇に向かって手を組みながら熱心に祈りを捧げている目的の人物を発見した。


 深い紺色の修道服を着ているその女性は、ブロンドの髪を後で緩くお団子型にまとめて白のウィンプルで覆った上から修道着と同じ色のベールを被っていて、ステンドグラスの無い窓から差し込む光を受けて祈る姿は、どこか神秘的な雰囲気を感じさせる。


 自分がその女性の祈りを邪魔しないように長椅子に腰かけてしばらく待っていると、祈りを終えた彼女は目尻にホクロがあるその瞼をゆっくりと開き、斜め後ろに座っていたこちらの方を振り返って満面の笑みを向けた。


「あらオーくん、いらっしゃい」


 先ほどまでの神聖な雰囲気はどこへ行ったのか、パァッと明るい顔で自分をオーくんと呼ぶ近所の優しいお母さん的なその人は、この商業都市アルダートンの教会のシスターであり、一昨日から自分に神学を教えてくれている先生でもある。


「アナスタシア殿、やはりその呼び方はどうにかならないだろうか、こんな見た目でも一応成人なのだが……」


「ふふふ、私より大人になったら考えてあげるわね。」


「それは物理的に不可能なのでは……」


 自分はニコニコとご機嫌な様子のアナスタシア殿とそんな会話をしながら、入った時とは逆側の扉から教会を出てその隣にある小さな建物に移動する。


 そこは孤児を中心に親から神学を学ぶ機会の無かった者がそれを勉強するために使われる他、春の間だけ読み書きや計算を教える寺子屋のような場所として一般開放され、その見た目も学校の教室にそのまま屋根がついたようなところだった。


 そして今はそんなに暑くないのだが季節的には夏ということで、寺子屋としての一般開放が終わり、今いる孤児も神学をもう学び終わっているので 使われなくなったこの場所は自分のみ……アナスタシア殿に一対一の授業を受けているという状況にある。


「じゃあ昨日までの復習からいきましょう」


「ああ、確か神話時代の話が一通り終わったのだったな」


 自分はここに最初に訪れた一昨日と、続けて通った昨日で、この世界の神様とやらについては一通り教わった。


 この世界には最初、何も無い空間が広がっていて、その”無”が何かの切っ掛けで【創造の力】と【破壊の力】に分かれると、創造の力が時を経て【創造の女神リアティナ】に、破壊の力が【破壊の神ストロティウス】へと変わったらしい……。


 その二柱を【始まりの神】や【始祖神】と呼び、その時に神に至れなかった”無”の残骸が魔力になったそうだ。


 そして【創造の女神リアティナ】は 自分たち以外に何もないその空間を憂い、漂う魔力を使って色々なものを生み出した……。


 進んでは戻るということを繰り返す可逆的な時間であったり、完璧に統一された不変の物質であったりする。


 しかし【破壊の神ストロティウス】は その女神の作り上げた創造物を、同じく魔力を使ってメチャクチャに壊してしまう……。


 そのため、時間は一方にしか進まない不可逆的なものに変わり、この世界の物質は粉々に砕かれた変動する物質で満たされた。


「……はい、そして二柱による創造と破壊の戦いは、神にしか体感できないほど永きに亘って続きます」



「だが、その喧嘩で友情が芽生えて仲良くなるのだったな」


「オーくん! 違いますよ! 友情ではなく愛情ですっ!」


「あ、ああ……そうだったな」


「その事から創造の女神は”愛”の象徴とされることもあるんです、しっかり覚えてくださいね?」


「……承知した」


 気持ち的にはこの部分に引っかかりを覚えているのだが、神話としてそうなのであればそう覚えるしかないだろう……元の世界の少年漫画やゲームの中で男同士が喧嘩から熱い友情を芽生えさせるというシチュエーションはよく見かけたのだが、男女の喧嘩で愛情が芽生えると言うのは見たことが無い……うーむ、もう少しサブカルチャーというものに熱心に取り組んで勉強しておいた方が良かったか。


 まぁ元の世界でもコミュニケーション関係に疎い自分が異世界の神の交流思考など分かるはずもない……そこは考えるのをやめてそう言う歴史なのだと覚えることにして、神話の続きを追っていこう……。


 長い戦いの末、いつしか愛情が芽生えた二柱は、それを形に残そうと話し合い、創造の力と破壊の力を使ってこの世界に美しい星を作り上げようと決めた。


 最初の内は互いの力がうまく噛み合わずに、燃え盛る灼熱の星が出来上がってしまったり、毒の気体だけで構成された星が出来上がってしまったりしたが、三度の失敗を乗り越えて四度目の挑戦をむかえ、ようやく美しい星が誕生した。


「……それがこの私たちのいる星【アティア】です」



「そして目的を達成した二柱は子をなした、と」


「はい【変動の女神アメナ】様と【循環の女神ルコナ】様です」



 【始祖神】の二柱はその後も色々な性質を持った星々を作り上げ、【後継神】と呼ばれるその新たに生まれた二柱も、親である創造の女神リアティナの力を借りて始祖神の作り上げた星に付随する小さな星を作った。


 この星アティアにも月に似た小さな星が作られ、名を【アルア】というらしい。


 神々はだんだんと賑やかになっていく世界を見て喜び、星々に繋がりを持たせて回転させたり、その星に生き物を生み出して観察したりして楽しんだ。


 自分たち人族もその時に生まれ、変動の女神アメナに生み出されたのがドワーフ、循環の女神ルコナに生み出されたのがエルフとされている。


 人間は誰が作り上げたのかに関しては宗派によって違うらしいが、もっとも古くから伝わっていて、この国の国教でもあるらしい【リアルス教】では変動の女神アメナと循環の女神ルコナの二柱が協力して生み出した種族となっているらしい。


 美しい星々も生き物も増えた世界で、神々は生き物の中でも頭の良かった人族に対して時々手を貸したり、気まぐれに罰を与えたりしながら何世紀も平和に過ごしていたが、その平和も神々の感覚では一瞬しか続かなかった。


「破壊の神ストロティウスが暴走したのだな」


「オーくん! ストロティウス”様”とお呼びしなきゃダメでしょ?」


「あ、ああ……すまなかった」


「それに暴走なんて乱暴な言い方じゃダメよ? ストロティウス様にとってはとても苦しい決断だったんだから」



 元の世界では無宗教だった自分には分からない感覚なのだが、神様を信仰するということは、その行いで人間が大きな被害を受けていても様を付けて崇めるものなのだろうか。

 破壊の神ストロティウスは、他の三柱が美しい星々をみて微笑んでいるのを見て、その平和な日常を破壊したいという衝動に駆られてしまったそうなのだ。


 ただ、今もこの世界が存在しているように実際にはその破壊は行われなかった……。


そして、その代わりに、破壊の神ストロティウスはその妻や娘にも向きそうな抑えられない破壊衝動に抗うため、自らをその手で破壊してしまったらしい……。


 しかし、破壊の神ストロティウスの亡骸は無に返るのではなく、魔力と混じり瘴気となって星々に降り注ぎ、人族の何割かは魔族に変わり、動物や植物もその多くが魔物へと変貌してしまった……。


 残った人族は破壊の力を受け継いだ強力な魔族や魔物との戦いを強いられ、美しかった星々は次第に荒れ果てていく……創造の女神リアティナはいなくなってしまった愛する者と、変わり果てていく二柱の創造物を見て嘆き悲しみ、自らの身体が全て水として流れ落ちるまで泣き続け、この星アティアは悲しみの涙で満たされる事となる。



「……と、前回までの話はこんなところだったか」


「うぅっ……そうね……とっても悲しいお話よね……」


「うむ、まぁそれは同感であるな、始祖神の二柱は結局どちらも消えてしまったということだろう? 残された後継神もさぞかし辛い思いだっただろう……というか、そのアメナ様とルコナ様は今も存在しておられるのか?」


「ええ、無事に、とは言えませんが……そう言えば最後の話をしていませんでしたね」


「最後の話……?」


「はい、残された後継神の二柱は親を亡くした悲しみに暮れ、その力をあることに使い果たして眠りについてしまうのです……」


「存在はするが眠っている、ということか……それで、その”あること”とは?」


「この世界を輪廻の力で満たし、いつか悲しみで満ちてしまった世界を救ってくれる【輪廻の勇者】が現れるようにしたことです……」


「……」


「? ……オーくん? どうしました?」


「いや、なんでもない……少々重大な検証項目が舞い込んできただけだ……」


 その後アナスタシア殿との話は、人族の歴史の勉強に移っていったのだが、自分はその話は半分上の空と言った感じで聞き流していた……。


 輪廻の勇者……? ふむ、どこかで見たことがある単語な気がするな。


 いや、本当は分かっている、自分のスキルの一番上にあったものだ……。




 すると、こういうことだろうか……。



 このゲームの設定なのか本当に異世界の神話なのかは分からないが、自分はこの世界の神の力でこの世界に転生か何かをした勇者で、その目的は神の暴走でボロボロになったこの星を救うこと。


 うーむ、世界を救うとはなんともロールプレイングゲームらしいゴールだ……しかしよく考えてみると、この星がボロボロになったのは別に魔王が暴れたからというわけではないのだ……ボスを倒してゲームクリアという単純な解決方法とはならないのではないだろうか……。


 この世界の根幹というか、元の世界に繋がりそうな重要な情報を手に入れられたのはいいのだが……目的を達成して神様に帰してもらうといっても、どうやら一番力のありそうな始祖神の二柱はもう消えていて、輪廻の力とやらを詳しくしていそうな後継神の二柱もどこかも分からない場所でおそらく殆ど永遠の眠りについているものと思われる……。


 これは冒険者ギルドのFランク昇格試験で手こずっている場合では無いのではないだろうか……。


「……オーくん、聞いてます?」


「え、ああ……大丈夫だ、並列処理で聞いている……それで、箱舟に乗り込んだ人族はどうしたんだ?」


「並列処理……? よく分からないけど、ちゃんと聞いてるみたいですね……その箱舟に乗り込んだ人族は……」 


 自分はそんな今後の人生に関わる最重要項案件な考え事をしながらも、【知力強化】による【並列処理】でアナスタシア殿の話す言葉にも耳を傾けていた……思考の半分が全力で聞き流していても、もう半分がちゃんと記憶してくれているというのは実に便利だ、元の世界でも確かにマルチタスクを同時進行するときに複数の考え事をしていたとは思うが、今のようにハッキリと別々に処理する感じでは無かったと思う。


 まぁ、その考え事の方はもうこれ以上悩んでも仕方が無さそうなので、今は彼女の話す人族の歴史についての勉強に集中しよう。



 アナスタシア殿によれば、人族が誕生して、まだ神々の知恵を借りながら文明を大きく発展させていた頃、この星は魔法と金属で作られた魔道機器や魔道兵器という今の世界からは考えられない高い技術の道具で溢れ、人口を増やし、時に争いで減らしながらも成長していったそうだ。


 その技術は破壊の神ストロティウスが自らを破壊し、世界に魔族や魔物が溢れた際に最も力を発揮した。 その身一つで人族が扱える以上の力を放つ魔族の魔法を、人族は機械で増幅させた何重もの魔力壁で構成された魔道の盾で跳ね返し、何百もの魔物を一瞬で吹き飛ばすほどの威力を持った魔道兵器は敵の軍勢を焼き払った。


 しかし争いは争いしか生まず、日に日に激しくなる戦いは星を衰えさせ、とうとう新たな魔道兵器を生み出す資源は枯渇する。


 そこに追い打ちをかけるような創造の女神リアティナの雨……川は生活を支えるものから生活を脅かすものへと変わり、泉は海になり人族の住む場所を奪っていった。


 先祖はこのままでは人族が全滅すると危機感を覚え一致団結し、今まで作って来た魔道兵器も立派な建物も解体し素材へと変え、一つの国がまるごと入るほど大きな箱舟を作る。


 危機的状況になってようやく争うことをやめ協力することを思い出した先祖たちは、それぞれの種族から優秀な若者を百人ずつ選定すると、残りの人族は沈みゆく街に残り、箱舟に乗り込んだ彼らに人族の未来を託した。


 嵐の中を進む船の中で後継神から【輪廻の勇者】のことを聞いた彼らは、それを希望として言い伝えながら船の中で何世代にも渡って生活する。


 雨が止んでも窓の外には海しか見えない船の中だったが、欠片とは言え破壊の力を持つ魔族に対抗できるほどの力を持っていた人族が、その全技術を集結させて作り上げられた船での生活に不便な点は全くなく、おそらく大陸に辿り着かなくとも一生そこで暮らしていけるようにも思えたそうだ。



「……しかし争い好きだった人族の末裔だ、船の中でも何か問題があっただろう?」


「いいえ、私たちの先祖様はその点も考えて、船の中で喧嘩ができない仕組みを作ったの」


「喧嘩が出来ない仕組み……?」


「絶対平和監視システム【マギ】、先祖が作り出した人工的な神……」


 船の中には【マギの目】と呼ばれる魔道具がいたるところに設置されていて、現代知識でいえば監視カメラのようなそれが、船内の人族の生活を常に監視していたらしい。

 その目は盗みを働く者がいればすぐに通報して絶対的な証拠として魔法映像を提出し、暴力を振るおうとする者がいれば魔法障壁を張ってそれを強制的に止めたのだと言う。


 マギの力によって船内での魔法行使も限定封印されていた人族は、そのおかげで平和に過ごせていたし、抗うことのできないその監視システムを本当の神のように扱った。


「随分と強制的な平和だな、なんだか息苦しそうだ……」


「そう、一国が入る広さとはいえ限定された空間の中でその生活を強いられるのは、かなりストレスが溜まってしまったはずよ……【マギュエ】が無ければ」




「マギュエ……?」



「あら、オ―くんはそれも知らないのね? 今でも国際的な競技として残っているのに」


「だから言っただろう、自分は十五歳以前の記憶を失っているんだ」


「うぅっ……可愛そうなオ―くん、親のことも覚えてないなんて……私の事を本当のママと思ってくれても……」


「それはいいから続きを話してくれ」


「オ―くん冷たいっ」


 子供でも知っている神話のような基礎知識が無い自分は、アナスタシア殿にそれを教わるために記憶喪失だということにしたのだ……実際にこの世界では今の見た目の年齢以前の記憶が無かったし、あながち間違いではないだろう。


 まぁそのせいで彼女の自分に対する扱いがこんなことになってしまったのだが、背に腹は代えられない……フランツ殿の言っていた通り聖書は古い文章である【人族古代語】で書かれているようで、そのスキルが獲得できるまでと思って読み聞かせてもらっていたのだ。


 そして【成長強化】のおかげかスキルは初日のうちに無事習得出来たのだが、彼女は自分がもう一人で読めると言っても解放してくれず、単語が読めてもそれがどういうものなのか分からないことがあって尋ねたりする機会もあるため、甘んじて現状を受け入れている。


 閑話休題、自分の疑問にオーバーなリアクションを交えながら答えてくれた彼女によれば、マギュエというのはようするに魔法による決闘のことで、人を傷つける行為の一切を封じられた船の中で、唯一試合として魔法を行使できる【競技区画】とよばれる場所があり、人族の先祖たちはそこで定期的にマギュエを行って、その時だけは飲酒に賭け事にと皆でお祭り騒ぎしたらしい。


 競技区画で行われた戦闘はダメージが数値化されて表示され、一定値のダメージを受けたものはそこで敗退となり、試合が終わると競技中に負った傷は無かったことになるという、いかにもオンラインゲームなどでありそうな仕様の決闘だったようだ。


 今もそのマギュエを模した競技が何年か一度にこの国でも行われていて、国中の人が訪れるそれは大いに賑わい盛り上がるらしい……今でいうオリンピックやそれに繋がるスポーツ競技のようなものだろうか、この世界の先祖は本当によくできた箱舟を作ったものだな。


 しかし当時の箱舟ではマギュエを神が如きマギが認める決闘として、スポーツ競技以上の役割と捉えており、船内での重要な会議で意見が割れた際に利用されて勝敗によってその後の方針が決まったり、年に一度開催される競技によってその人の地位が決まったりしたそうだ。


「人が作り出した道具を随分と熱心に崇敬していたんだな」


「ええ、でも船で世代交代して外の世界を知らない住人にとっては、生まれた時から自分の世界を管理している存在だったし、そんな高度な技術が無く、マギを人が作り出せるとは思えないというのは今の私たちも同じ……宗派によっては第五の神として崇めていたりするところもあるくらいよ」


「アナスタシア殿はどう思っているんだ?」


「うーん、そうね……確かに船の中では神に近い力を発揮していたとは思うし、私たちが祖先を敬うように、そのさらに祖先の人達が残したものを尊敬するという気持ちも分かるけど……そのご先祖様がリアルス教として神は四柱のみと伝えているんだから、そこに加えてしまうのは流石に間違っていると思うわ」


「ふむ、まぁ自分も似たような感想だな」


「ただその歴史のおかげで今の私たちの国があるのだから、マギュエが重要な競技であることは間違いないわ」


「建国にも関わっているのか?」


 引き続き読み進めてみる歴史書によれば、数百年の航海の後、大陸に辿り着いた先祖は開拓の先導者として、人間、エルフ、ドワーフをそれぞれ一人ずつ立て、彼ら三人の導きによって魔物の蔓延るこの大陸で人の住める領域を拡大していったそうだ。


 その三人というのがマギュエの個人戦で当時一位の成績を収めていた、人間の【クリストフェル・ジェラード】、二位だったドワーフの【エヴァートン・グラヴィーナ】、三位だったエルフの【フローリカ・アモロス】の三英雄。


「人間が一位だったのか? それにジェラードという家名は……」


「そう、彼がこのジェラード王国の王族の遠いご先祖様……人間はドワーフやエルフと比べて魔法の習得能力も寿命も短いのに、その才能と並々ならぬ努力によって生前ずっとマギュエで一位の座を譲らなかった凄いお人よ」


「それは……すごいな……」


「ええ、でも……その子孫は少し違ったみたいね」


「子孫……? この国の王様に何か問題があるのか?」


「いいえ、今の陛下も、初代国王のエッケハルト・ジェラード様もとても聡明な方よ……問題はその初代国王の弟、ソメール・ジェラード様」


「ソメールというと……確か、今その箱舟が停泊している国の名前だったか?」


「そう、リアティナ聖教を国教とするソメール教国の初代教皇ね……」


 歴史書を見ながらアナスタシア殿に詳しい話を聞いていくと、どうやら船の中では魔法という力しか役に立たなかったが、大陸の開拓では解禁された剣術などの物理攻撃の方が覚えやすく魔力枯渇も気にしなくてよいため、開拓時代に突入すると誰もが魔法を覚えると言うことは無くなり、武器や防具の製作が発展する代わりに魔法は得意な人しか使わないものになっていったらしい。


 そして人族は先祖から古文書として残された開拓の知識を活かして、深刻な食糧難や衛生問題という障害を避けながら、かなりの発展速度で豊かな開拓地を広げていったとのことだ……なるほど……この国が、というかこの世界が元の世界と比べるとちぐはぐな発展の仕方をしているのは、おそらくその先祖が残した古文書が原因なのだろう……。


 魔道兵器などを作り出せる頭の良い彼らが、ただ人族の生存のために全力を注いだとしたのであれば、争いは滅亡しか生まないという考え方を念頭に子孫に残す情報を取捨選択して、出来るだけ戦争を起こさずに豊かな発展できるような知識だけを残すということくらいやっていそうだ。


 しかし、大きな兵器を生み出す知識を与えなかったとしても、蛙の子は蛙……年月が流れると、世代が交代してマギによる監視がなく喧嘩が出来る環境が当たり前になり、開拓がある程度進んでくれば意見の合わないもの同士での争いが生まれ始め、統治していた三英雄の子孫の中にも、己の欲が出てくるものが現れた。


 そして国家成立の時代、三英雄の人間の子孫であるソメールがそんな魔法が廃れてきた時代を逆手にとって、開拓地を三等分してその国を治める王をマギュエで決めようと提案する。


 もちろん反対するものもいたが、ソメールはその時すでに多くの人間に根回しをしていて、結局、先祖が重要なことを決めるときにそれを使ったという歴史もあった事実により彼の提案が受理されることとなった。


 しかし蓋を開けてみれば国は面積こそ綺麗に開拓地が三等分されていたが、一番発展していて、その機能こそ長い航海の影響か殆ど失ってしまっているが国のシンボルとなりえる箱舟も存在する土地が主要で、それ以外の二つはおまけという区切り。


 兄である初代ジェラード国王も奮闘したが、彼は剣の達人であって魔法はそれほど得意でなかったので、いくら体捌きが超一流であっても、この日のため密かにマギュエに特化した魔法戦術を学んでいた弟に勝つことは出来ず、それは他の人族も同じであった。


 こうして人間の英雄クリストフェル・ジェラードから魔法の才能を受け継ぎながらも、その性格までは受け継がなかったらしいソメール・ジェラードが箱舟のある土地に教国を立ち上げ、その地位を確固たるものにするべく、人間至上主義な新たな宗教であるリアティナ聖教を国教として掲げると、実戦で戦えば人間が苦戦を強いられるであろうドワーフやエルフを国から追い出した。


 初代ジェラード国王は弟のそんな行動を憂い、その対となる全ての種族が平等に扱われるこの国を築き上げると、ドワーフやエルフと協力した文明発展で瞬く間にソメール教国の発展に追いつき、五代目である今の国王の時代では三カ国の中でも一番成長しているであろう国になっている。


 ちなみにもう一つの国では三英雄のドワーフの子孫が、力こそ正義なグラヴィーナ帝国を立ち上げ、騎士ではなく軍と呼ばれる戦闘集団を抱える軍事国家になっているらしい。


「なるほど……建国の歴史まで大体分かった、あとは一人で読み直しながらで細かい知識を覚えて行けるだろう……アナスタシア殿、助かった」


「お礼何ていいのよ、これも私の仕事で、趣味なんだから……それにこれで終わりみたいに言わないで、明日もまた一緒にご本を読みましょう? ここにはまだまだ面白い本がたくさんあるんだから……」


「他の本を読めるのは嬉しいが、別に一緒である必要は無いだろう……アナスタシア殿も他の仕事もあるだろうし、自分に構わずそちらに当たってもらって構わない」


「もう、オ―くんはそうやってすぐ私を追い払おうとするんだから……」


 そんな風に頬を膨らませるアナスタシア殿を、教会には毎日お祈りをしに出向くから大人なら自分の仕事をちゃんとやるようにと説得して、なんとか持ち場に戻ってもらうことに成功すると、自分は歴史書を閉じて、その隣に置いてある読み終わった聖書をもう一度開いた。


 この国の歴史もファンタジーの物語を聞いているようで大変興味深かったが、その物語のような世界にいる自分にとっては、聖書の最後に書かれていたそちらの項目の方が重要だった。


 ……スキル画面オープン。


 思考操作で開いたその半透明の青い画面には、書いてある言語こそ違えど、確かに同じ単語が書かれている。



【輪廻の勇者】:不明。勇者によって効果は異なる。



 この世界で、自分はいったい何者なのだろうか……。


 何をすればこのゲームのような世界で目的を達成できるのだろうか……。


 ここ数日で一気に知識が増え、自分がここにいる理由といった真相にかなり近づいたような気もするが、世界が広がったことによりその尺度も広がったので、逆にそれだけ近づいてもまだまだ届かないと見せつけられたような気もする……。



 だが考えても仕方ない……やる事は最初から決まっていた。


 そのために自分はこうして今この世界の事を勉強しているのだ。



「ふむ……なるほど……よし」



 やはり自分はこの世界を隅から隅まで検証しなくてはならないだろう。


 検証して、検証して、検証しまくろう……そのためにも……。



「……まずは次のFランク試験で全ての回答を間違えよう」



 ……先はまだまだ長そうだ。

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