第九話 街の依頼で検証 その三
「坊や、本当にありがとうねぇ……おかげで倒れる前より元気になった気がするよ」
「気にすることは無い、自分は仕事をキッチリとこなす人間なのだ」
あれから老婆にお手製の薬膳粥を食べさせてしばらく休ませると、数時間後に起き出した彼女はすっかり元気になったようで、自分の足で二階の寝室から店まで下りてくる。
老婆が寝ている間、余った薬膳粥で自分も昼食を済ませると、暇だったので食器を洗うついでに埃まみれだった店内を掃除したりして過ごしていた。
綺麗になった店内をみて重ねてお礼を言われたが、どの汚れにどの対処法が効果的かという検証も出来たのでウィンウィンというやつである。
《スキル【掃除】を獲得しました》
……いや、もはやスキルが獲得できてしまうとは、これは自分の方が得をしているかもしれない。
「……なるほどねぇ。 仕事って言うのは、その背中に背負ってる鞄を見る限りファビオさんところのおつかいだろう? 荷物を届けるために老婆の命を助けるなんて、あんたも変わった人だねぇ……」
「うむ? まぁ、そうだな」
自分のキッチリこなすと言った仕事というのは、配達人じゃなくデバッガーの方なのだが、まぁどちらでもいいか。
それから自分は老婆に連れられて客間に通されると、温かいお茶を出された……まだ体力が万全じゃないだろうから自分がやろうかと言ったのだが、もうすっかり良くなったからと譲らなかったので任せることにした。
「そういえば自己紹介がまだだったねぇ……わたしはアドーレ婆さんと呼ばれてる。 この薬屋〈魔女の釜〉の店主だよ……薬やその材料が欲しくなった時はうちにおいで」
そう言った目の前の老婆は、グレイヘアの髪で後頭部にお団子を作っている優しそうな顔のご老人だが、今は背中に垂れているそのローブに着いたフードを被ったら猫背が酷いこともあり、確かに魔女の釜をグツグツと煮立たせてかき混ぜている姿が似合いそうだった。
「それよりも、何故あんなことになっていたか聞かせてくれ……倒れていた付近にその症状に陥りそうな毒キノコがあったが、何かと間違えて食べてしまったのか?」
自分がそう尋ねると、アドーレ婆さんと名乗る老婆は、愉快そうに笑って見せた。
「ほっほっほ……間違えたんじゃないよ、自分でわざと口にしたのさ」
「なに……?まさか……」
「ほっほ、まさかとんでもない……体は老いても、心まで老いてはいないよ……単純に効果が分からなかったから食べたのさ……それ以上でもそれ以下でもないさね」
「なんだとっ……効果が分からないのに口にしたというのか!」
「そうさ……薬師って言うのは、昔っからそうやって新しい薬を発見してきたのさ……今のように魔法で何でもかんでも調べて分かった気になっているのは、わたしからしてみれば本当の薬師とは呼べないねぇ……」
そう言って楽しそうに微笑むアドーレ殿は、ついさっきまで死にかけていたのを気にすることなく、それで死んでしまったらそこまでの薬師だったのだとまた笑って見せた。
どうやら自分が必死で助けたご老人は、事故や事件でも何でもなく、ただ単に自業自得な試みをして、失敗しただけだったらしい……。
「……」
「なんじゃ? 呆れすぎてものも言えぬか?ほっほっほ……それが普通の……」
「素晴らしい!!」
「何じゃと!?」
確かにここにいるのが善良なただの一般市民だったなら、アドーレ殿の愚行ともいえるその行動に対して怒り狂い、ましてや純情でいたいけな少年であれば、ファーストキスを返せと泣き喚くであろう。
しかし、ここにいるのは一般市民でも、見た目通りの少年でもない……学生時代を含めたら二十年ほどの年月を検証に費やしてきた、超一流のデバッガー、大須啓太である……
老婆と同じ愚行なら、この世界に来て数日たたないうちにやっているのだ。
「アドーレ殿! 貴女は分かっている、その通りなのだ! やはり知識で知っていたとしても、他の者が既に試していたとしても、実はまだ見つかっていない新しい発見(バグ)があるかもしれないと、己の身で実際に確かめて見なければ一流とは言えない!」
「なんと! 若いのに坊やにもそれが分かるのか……! お主、名を何という?」
「自分はオース、この世界の全てを探究する者(デバッガー)だ!」
「世界の全てじゃと!? ほっほっほ……若いというのは、いいものよのぅ……」
そうして意気投合した自分たちは、しばらく調薬をするならどんなパターンを試すかを熱く語り合い、それは老婆の入れる追加のハーブティーでお腹がタプタプになるまで続いた。
「しかしアドーレ殿、いくら未知の薬効に挑むのが大切だとしても、やはりちゃんと何かが起きた時の対抗策は準備しておいた方が良いぞ?」
「いやぁ 本当にそれに関しては迷惑をかけたねぇ……普段だったら孫娘がここで見習いをやっているから何とかなったんだけど、今日はたまたま鍛冶屋のとこの双子と遊びに行っているのをすっかり忘れていたよ……ほっほ……面目ない」
「なるほど、助手がいるのか……なら今度からはちゃんと孫娘さんがご在宅なのを確認してから始めるのだな」
「あぁ分かったよ……ビックリさせて悪かったねぇ」
そろそろお暇しようと帰り支度をしながらアドーレ殿に注意を促すと、どうやらそのあたりもキッチリ考えているらしく安心した……自分の場合は一人しかいないので、自分の身体で試せることは解毒薬を用意してから試し、そうじゃないものを試すときは、また草原のスライムにお世話になることだろう。
そんなことを思いながら、ファビオ商店のマークが刺繍された鞄を背負うと、薬屋〈魔女の釜〉を出ようと……。
「っと……検証の事ばかり考えていてすっかり忘れていた……アドーレ殿、届け物だ」
すんでのところで当初の目的を思い出した自分は、そう言って背負ったばかりの鞄をおろして、中から……と見せかけて亜空間倉庫の中からアドーレ殿宛の商品を取り出した。
「はて? ……これは?」
「これ、とは……アドーレ殿宛の商品だろう? わざと間違ったりはしていないので安心して欲しい」
「いや、確かにわたしが注文した商品だが……オース坊や……これを……この王都から取り寄せた〈万能薬〉を使ってわたしを助けてくれたんじゃないのかい?」
「なん……だと……?」
その時、頭の中で何かがカチリとハマった音がした……。
打開策が用意されていたとはいえ、数々のスキルを事前に持っていないと達成できなかった難易度……アドーレ殿がどこの誰かも分からない少年の差し出す薬を躊躇いもなく飲み……その後まったく届け物の話題を出すことなく自分を見送ろうとした……。
そうか……。
これは初心者キラーの緊急クエストなんかじゃない……超低難易度な初心者用イベントだったのか……。
その(自分の中での)事実に気づくと、その場に力なく膝をつき、正規ルートではないクリア方法が検証できたのでいいじゃないかと己を慰めながらも、しかしアドーレ殿が「オース坊や、その年であの症状を治す薬を作ったっていうのかい!?」という驚きの声を右耳から左耳に聞き流すことしか出来ず、しばらく放心する……。
一流のデバッガーを名乗りながら、そんな単純なルートの存在に気づけなかったなんて……これは今まで以上に気を引き締めなければならなそうだ。
自分は今回の騒動で学んだことをしっかりとその胸に刻みながら、アドーレ殿に今度こそ別れを告げると、命を助けてくれたばかりか欲しかった商品もきちんと届けてくれたお礼にと、いくつかの薬をお土産に渡してくれたので遠慮なく受け取って、次の配達先に向かっていった。
♢ ♢ ♢
―― ゴリゴリゴリ ――
次に到着したのは、大通りに面した、一般区の南門付近にある宿屋だった。
「……あ、あの」
―― ゴリゴリゴリ ――
自分はその宿屋の壁に、いつも通り頭を擦りつけながら歩いている。
「あの……ちょっと……」
―― ゴリゴリゴリ ――
だがその顔は、何かを決意したように、いつも以上に真剣な表情だった……。
「あのっ、すみませんっ!」
「店員殿! 自分は今検証に集中しているので後にしてもらえるとありがたい!」
「ひっ……す、すみませんでしたぁー!」
うむ、薬屋でのミスを反省して、基礎的な検証も真面目に取り組もうと思い直したところなのだ……邪魔をしないで欲しい。
自分はそんなことを思いながら、宿屋に泣きながら駆け込んでいく若い少女を見送ると、検証を再開……。
―― ドッドッドッド ――
「何やってんだお前またこんなところで!!」
しようとしたところで宿屋から入れ替わりで現れたフランツ殿に怒られてしまった……。
そして結局検証を途中で断念させられた自分は、フランツ殿に首根っこを掴まれて宿屋の中に連れられると、未だに涙目な三つ編みおさげの女性店員の前に立たされ、無理やり頭を下げさせられる。
「すみませんでした……」
そこまでやられたら素直に謝るしかなく、確かに彼女も仕事で声をかけてきたのだからそれに対してぞんざいな対応をしてしまった自分が悪いと反省し、薬屋でもらったお土産を全てお詫びの品として献上した。
「はぁ、まったく……悪いと思うなら最初からやらないという判断が出来ないものかねぇ」
フランツ殿がそう言って呆れているが、結果が分かっていても出来ることはやるべきだと先ほどアドーレ殿と熱く語ったばかりなので、申し訳ないがそちらは後悔も反省もしていない……あくまでも彼女に対して強い言葉で追い払ってしまったことに対して、反省しているのだ。
「うむっ」
「……これは全く反省していない顔だな」
ミュリエル殿の時もそうだったが、フランツ殿もまだ会って二日目だと言うのに、どうして自分の考えていることが分かるのだろうか……やはりエスパーというスキルの存在が。
「まぁそんなことはどうでもいいのだ、自分はこの宿に用があって来た、主人はいるか?」
「は、はい……いますけど……」
エスパースキルのことも気になるが、フランツ殿に壁の当たり判定検証を中断させられたのだ……せめて配達クエストの方はちゃんと進めなければなるまい。
自分はそう気持ちを切り替えると、届け物があるからとおさげの店員に宿屋の主人を呼びに行ってもらい、その間、まだ準備中で客の入っていないホールで待たせてもらうことにした。
何故かフランツ殿もついてきたので理由を尋ねたが、「この宿に泊まっている俺がここにいても不思議じゃないだろう?」とのことだった……宿泊しているのならば自分の借りている部屋に戻ればいいと思うのだが……。
そんな自分を見張るように向かいの椅子に腰かけたフランツ殿を横目に、ガラスの嵌められていない鎧戸が開け放たれただけの窓から外を眺めると、いつの間にか空が青からオレンジに変わり始める時間帯だった。
なんだかんだよく知らない街を歩き回るのは大変だったし、途中で色々なことがあって思っていたよりも時間がかかってしまった……今日はここが最後の配達先になりそうだな。
「いらっしゃい。あんたがファビオ商店のお手伝い冒険者かい?随分若いねぇ」
自分がそんな風に窓から見える黄色味がかった景色を眺めながら黄昏れていると、どうやらキッチンで夕方からの食事の仕込みをしていたらしい、エプロン姿の体格のいいおばちゃんがテーブルの横に来て声をかけてきた。
さっきのおさげの少女と同じ明るい茶髪を肩にかからない程度に切り揃え三角巾を巻いた姿は、いかにも料理をするおばちゃんといった感じだが、目の色も同じ黒っぽい茶色ということは、もしかしたらさっきの店員の母親かもしれない。
「多少若いかもしれないが、そのファビオ商店の使いで合っている、さっそく商品を受け渡しても構わないか?」
「えぇ、ちょうど良かったわ、今日の食事を作るのに少し足りないと思っていたところなのよぉ」
大らかそうな女主人は女性特有の手のひらをぐいっと大きく仰ぐ仕草をして商品を受け渡すのを了承したので、自分は横に置いていた背負い鞄から取り出したように亜空間倉庫から用意していたものを取り出すと、目の前のテーブルの上に置いた。
それはどこの雑貨屋にも売っていそうな陶磁器の小さめな壺で、同じ素材で出来た蓋が閉められる作りになっている。
「ご注文の〈スライムの粘液〉だ」
そう言って自分が壺の蓋を外して中を見せると、女主人は先ほどまでと同じ笑顔でその中を覗き込んだ……。
「そうそう今夜のスープの隠し味にちょうどこのスライムの粘液が……って、んなわけないでしょ! どこの宿屋がスライムの粘液を料理に使うんだい! あたしが注文したのは香辛料だよ!」
と思ったら、凄い顔で怒り始めてしまった……。
前を見るとフランツ殿がやっぱりなという顔で頭に手を当てて首を振ってから、口から炎を吐きそうな女主人に「まぁまぁカロリーナさん、子供のいたずらみたいなもんだから」と言ってなだめている。
しかし自分はそんな二人のやりとりをよそに、ひとり何とも言えないやりきった感を覚えて心打ち震えていた……
やっと違う品を届ける基礎検証が出来た、と。
実は最初の届け先に行く前にわざわざ雑貨屋でこの壺を買って、いつでも渡せるように大量に余っていたスライムの粘液を入れていたのだ……それがなんだかんだトルド殿の鍛冶屋でも、アドーレ殿の薬屋でも出す機会が無く、今になってしまった。
「ふむ、注文以外の品は受け取ってもらえない、と……不具合はないな」
「だからお前の行動が不具合だって!!」
うむ、フランツ殿は今日も元気いっぱいのようだ。
それからも女主人(名前をカロリーナというらしい)に怒られたり、それをフランツ殿に仲裁してもらいながら、亜空間倉庫の応用操作で商品の香辛料の量をわざと少なくして渡してみたり、逆に銀貨一枚のおまけをつけて渡してみたりする検証を行い、そのおまけにつけた銀貨一枚を迷惑料として取られるという検証結果を確認して、今できそうな一通りの検証を終えた。
「……これで配達は終わりなのだが、迷惑料ついでに何か手伝ってほしい事などは無いだろうか?」
「いんや、無いね……というか、あったとしても、あんたに手伝ってもらったら余計に仕事が増えそうだから遠慮させてもらうよ」
「それは困ったな …… ふむ…… では、簡単なデザートを作ってそれをプレゼントするというのはどうだろう? 厨房を少し貸していただくことになるが、もちろん後片付けはちゃんとするし、それでもダメなら使用料を払ってもいい」
「ふんっ、嫌に決まっているじゃないか……と言いたいところだけど……デザートって言うのはなかなかレパートリーが増えないから少し興味あるねぇ……調理道具を壊したり厨房を汚して帰ったりしたら承知しないけど、ちゃんと片付けるなら使用料はさっきの銀貨一枚でいいよ、やってみな」
「うむ、感謝する」
そうして自分は、お手伝いとは少し違うかもしれないが、カロリーナ殿に厨房を使わせてもらう許可をもらって、この季節に合いそうなデザートを作ることにした。
デザートを作ると言っても、この世界に来てからお菓子の材料として一般的な小麦粉や砂糖、チョコレートなどを手に入れてはいない……材料として使うのは、自分が持っている中で唯一の甘いものであるリンゴと……先ほどカロリーナ殿に配達しようと渡して突き返された〈スライムの粘液〉である。
自分はその植物と水から生まれた魔物の素材を【鑑定】して、熱して冷やすと固まるゼラチンやアガーのような性質を持っていながらも、毒性や発がん性の無いファンタジー物質であることを知って、これでゼリーが作れそうだなと思ったのだ。
作り方はシンプルで簡単、森で採取していた青いリンゴを叩いて潰して細かくして、鍋で〈スライムの粘液〉と一緒に煮立たせたあとに、冷蔵庫に入れて冷やすだけ……どうやらこの世界の冷蔵庫は魔法で動く道具らしく、それがどんな仕組みなのか検証したい衝動にかられたが、それは自分のお金で手に入るようになってからにしよう。
固まる前のものを味見したところ、まだリンゴの収穫が早かったせいか少し酸味が強いながらも、【料理】スキルのおかげかそれも清涼感を与えてくれそうなアクセントになっていて、初めて挑戦したにしてはなかなか美味しく出来上がっていた。
カロリーナ殿は鍋にスライムの粘液を投入した時点で信じられないものを見たというような顔をして、冷えたら食べてみてくれと伝えても微妙な反応を示していたが、自分はしっかり厨房を片付けてから宿を後にする。
「では自分はそろそろ冒険者ギルドに戻る、また機会があれば会おう」
「ふんっ、客として来ても追い払ってやるよ! 得体のしれないものを残していって……」
自分はそんな風に料理をしても機嫌の直らなかったカロリーナ殿と別れの挨拶をして、続きの配達はまた明日にしようと決めると、何故か後ろをついてきたフランツ殿と一緒に冒険者ギルドに向かう。
今は配達の依頼がまだ終わってないから追加の依頼を受けることもなく、ただ昇格試験の話を聞きに行くだけだから何も面白いことは無いと言ったのだが、それでもフランツ殿は「お前の話は信用ならん!」といって聞いてくれなかったのだ……。
うーむ、自分はフランツ殿に何か変なことをしただろうか……?
まぁせっかくなので冒険者ギルドに着くまでの道すがらフランツ殿が今日やってきたらしい討伐クエストの話を聞いてみたところ、どうやら街の西にある森でサーベルタイガーが出たらしく、そいつを退治するためにフランツ殿の所属する冒険者パーティーに指名依頼が届いたとのことだ。
虎を倒すだけでDランク冒険者が複数がかりとは大げさじゃないかと言ったら、確かに大げさだが、迅速で安全な対応をするためと、低ランク冒険者があまり切れ味のいい剣を持っていない事を考えると妥当な判断だと言うので、剣が無いなら素手で殴ればいいじゃないかと返したのだが、何故か自分が殴られてしまった……体力は減ってないが地味に痛い。
「ミュリエル殿、ただいま戻った」
そんなこんなでフランツ殿と話ながら冒険者ギルドに着くと、今朝言われた通りミュリエル殿のところへ赴き、Fランクへの昇格について決まったことを尋ねる。
「おかえりなさい、昇格試験の日程が決まったわよ」
いつも通りの真面目な顔で、眼鏡をクイっとやりながら淡々とそう話し始めたミュリエル殿が言うには、試験も面談も一週間後とのこと……どうやらエネット殿から自分が今受けている一週間の配達依頼のことを聞いて、それが終わってからになるようにうまく調整してくれたらしい。
それから試験が筆記試験と実技試験の二種類あり、そのどちらも形だけの簡単な内容だから気にしなくてもいい事と、面談もふざけた回答をしなければ普通に合格すると教えられる。
「なるほど……ところで、もしその試験に落ちたら、次に受けられるのはいつだろうか?」
―― ギロッ ――
「……」
「ミュリエル殿……無言で睨みつけるのは止めていただけないだろうか……むしろ怒鳴り散らしてもらった方が心臓に優しい……」
わざと試験に落ちようとしているのがバレているのだろうか……出来るだけ遠回しに普通の質問を装って聞いたつもりなのだが……相変わらずエスパーである。
「……はぁ、次に受けられるのは、またゼロから同じ功績を積み上げて、改めて誰かに推薦されたときです」
「ふむ、それならばもし落ちてもまた一日で……」
「私は推薦しませんよ?」
「……」
なるほど……納品依頼で功績事態はすぐに稼げたとしても、推薦が無ければ確かに試験を受けることが出来ない……くっ……しかし自分にはその検証を行わなければならないという使命が……。
いや待て……確か推薦はギルドの受付だけでなく、自分より上のランクの冒険者でも良かったはずだ……自分はその条件を思い出すと、後ろを振り返った。
「……」
しかしそこで自分たちの話を聞いていたであろうフランツ殿は、何も言うことなく、両手を顔の横まで上げながら肩をすくめ、静かに首を横に振る……。
「くっ……フランツ殿まで……」
昨日ギルドに登録したばかりの自分には、他の冒険者の知り合い何ていない……知り合いで推薦権を持つのは、あと一人しかいなかった……。
―― ビクッ ――
結構離れているというのに自分の視線を感じ取ったらしい彼女は、大きく身体を震わせると、ゆっくりとその視線を辿ってこちらを見る。
「ひぃっ……!」
まっすぐそちらを見つめる自分と目が合って小さく悲鳴を上げた小柄なその人は、距離があるためこちらに声をかけることも出来ず、あくまでもお客である自分に対して律儀に目をそらすようなことも出来ないようで、まるで蛇に睨まれたカエルのように固まってしまう。
うむ、彼女なら頼めばどうにか自分を推薦してくれるかもしれない……自分はそう考えるとアイコンタクトでそれを伝えるため、少ししか持っていないコミュニケーション能力の代わりに、ありったけの眼力を込めて、彼女のことを睨み……。
「「エネット(ちゃん)を泣かせるんじゃない(ねぇ)!!」」
まだ泣かせていないのにフランツ殿とミュリエル殿に怒られてしまった……いや、確かに目をウルウルとはさせていたが……。
「うむ……承知した、とりあえず諦めよう……」
ということで、結局代わりに推薦してくれる人物は見つからなかったので、自分はここでそれ以上粘るのを諦めて、期限である一週間の間に、ダメでもいつかまた、誰かが推薦してくれたらいいなと思いながら、話を切り上げた。
「これは全く諦めてない顔ですね……」
「……だな」
ミュリエル殿とフランツ殿は息が合うようだ……やはり長く関わっているだけあって仲が良いのだな、自分もいつかそうなれることを願おう。
「ふむ、とりあえず用は済んだことだし、今日はもう宿屋に向かうか……ミュリエル殿、おすすめされた宿屋の名前は何と言っただろうか?」
「朝話したのに、もう忘れたんですか? 〈旅鳥の止まり木〉です」
「〈旅鳥の止まり木〉か……ふむ? つい最近どこかでその宿の看板を見たような……あ……」
自分はミュリエル殿から聞いたその宿の名前に引っかかり、記憶を探ってどこで見たのかを思い出すと、おそらくその看板を知っているであろうもう一人の人物を振り返る。
「あぁー……」
振り返った先にいたフランツ殿は、頷くでも首を振るでもなく、力なさげに頭を抱えるだけだったが……そのダメだこりゃというような表情が、その看板のあった場所の記憶が正しいと肯定していた……。
「……」
「……」
「……すまないが他におすすめの宿は無いだろうか?」
「泊まる前からまた何をやらかしたんですかぁ!!」
その後、鬼と化したミュリエル殿に怒られる皆勤賞の記録を更新した自分は、新しい宿の情報は教えてもらえず、フランツ殿と一緒にその宿屋〈旅鳥の止まり木〉に泊めてもらえるように謝りに行くことになる……。
しかし、待っていたのは笑顔のおさげ店員で、話を聞くと、どうやら青リンゴを煮立たせた甘酸っぱい香りに誘われて食べられることなく冷蔵庫に仕舞われていたゼリーを口にしたらしく、美味しそうに食べるその姿に釣られたカロリーナ殿もそれを味見……その柔らかい触感と甘いくちどけが売り物になると判断した彼女は、自分が来たら招くように言っていたとのこと……ちなみにおさげの彼女の名前はソニアというらしく、やはりカロリーナ殿の娘だった。
そんなわけで、予定とは異なり謝って頼み込んで宿に泊めてもらうという流れにならなかった自分は、ミュリエル殿との契約通り、検証をすることなく宿泊の手続きを行い、肩透かしを食らったような表情のフランツ殿と一緒にホールに招かれて食事をとると、納品予定の無かった偽の届け物であるスライムの粘液を銀貨二枚で買い取られ、ゼリーの作り方を教えることとなった。
ふむ、何はともあれ、一件落着ということだな……明日から配達検証の続きを頑張ろう。
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