第八話 街の依頼で検証 その二


 ―― ゴリゴリゴリ ――


 ふむ……村の家は土壁だったのに対して、この家は石壁だからごつごつしているな……。


「……おい」


 ―― ゴリゴリゴリ ――


 平らな壁にテクスチャで凹凸を描いてあるわけじゃなく、ちゃんと立体的に作られているとは……凝っているというか……デザイナーの労力やゲーム機のスペックを気にしていないのだろうか……街の外壁が全てこれと同じだとしたら、処理落ちせずにゲームを続けられているのが不思議なくらい細かな作りだ……。


「おいっ、そこの坊主!」


 ―― ゴリゴリゴリ ――


 やはりこの世界はゲームの中ではなく、知らない星や異世界という可能性が……。


「おいって言ってんだよ!!」


 うむ……?


 何やら先ほどから騒がしい声のする方を振り返ると、そこには背は子供のように低いがガッチリとした体型で、赤みがかったブラウンの髪と髭をボサボサにしている小さいおじさんが立っていた。


「おはようございます、街の住人さん」


「え? あ、ああ……おはようございます」


 うむ、朝の挨拶は大事だな。


 ―― ゴリゴリゴリ ――


 そして挨拶を済ませた自分は検証を再開……。


「……って! なに何食わぬ顔で作業を再開してんだよ!

 おはようございます、じゃねえ! 朝から人の家の壁に頭を擦りつけて何をやってんだ!!」


「ふむ? 何って、検証に決まっているであろう?」


「決まってねぇよ!


 さっぱり分からねぇよ!!


 泥棒や犯罪者に見えないことは確かだが、少なくとも頭のいかれた精神異常者か何かに見えるだろうよ!!」



「失敬な、自分は真面目でまともな善人だ」



「まともな善人なら人の家に頭擦りつけたりしねぇよ!!」



 ふむ……たしかに言われてみればそう思えなくもないかもしれない……検証が一般的じゃない世の中というのはやり辛いものだな……。


 ………自分はその後も、髭もじゃの男性に検証の大切さというものを熱く語り聞かせたのだが、聞く耳も持たず何故か衛兵を呼ばれそうになったので、仕方なく彼の招きに応じて元々の目的地であった建物の中に入ることになった。


 当たり判定の検証がまだ途中だったが、まぁそれはまた今度続きからやればいいだろう。



「で? 坊主は結局何者なんだ?」


「冒険者ギルドから派遣されて、今はファビオ商店で働いている、冒険者のオースだ」


 招かれたその家は、一般区の北門から一番近い場所に建っている、街の中を流れる水路に隣接したそこそこ大きな石造りの建物……土間になっている室内には立派な炉が設置され、側には金床やハンマー、その他名称の分からない様々な道具が置かれている様子を見る限り、ここがファビオ殿に聞いた配達先の鍛冶屋であっているようだ。


 中央通りを挟んだ向かい側の貴族区にも似た外観の建物があったので、もしかしたらそちらも鍛冶屋なのかもしれない。


「あぁー……そういえば商人が暫く冒険者に配達を手伝わせるとか言ってたなぁ……」


「そうだ、自分がそのファビオ殿に雇われた冒険者だ、決して怪しいものではない」


 自分は案内された椅子代わりに使われているらしい丸太に座り、机代わりに使われているらしい木箱を挟んで向かい側にいる小さいおじさんに、その証拠だと言って作ったばかりのギルドカードと、ファビオ殿から預かっている依頼書を見せた。


「はぁ……。 もっとまともな奴はいなかったのかねぇ……こんなガキで、頭がいかれてやがって、おまけにランク無し冒険者とは……」


「うむ、まぁ見た目が子供なのは認めよう、そして昨日ランク無しで冒険者登録をしたのも事実だ……だが自分の頭はこの上なく正常である……それに既にランク昇格の話が来ているから数日後にはきっと立派なFランク冒険者になっていよう」


「なに!? お前、登録した当日にランク昇格が決まったのか!? ……はぁん、なるほどなぁ……Fランクとはいえ、事前にある程度の力を備えていないと、当日の内に昇格が決まる貢献度を稼ぐことは出来ない。 ただのいかれたガキに見えて、実はそれなりに出来るってことか……」


 髭もじゃの男性は自分の弁明にそんな反応を示すと、やっとファビオ商店からの使いだと認めてくれたようで、興味なさげで投げやりな態度から椅子を座り直して話を聞く姿勢になり、それどころか何やら面白いものを見つけたというような目で、自慢の髭を撫でながらこちらのことを眺める。


「そういえばこっちの自己紹介がまだだったな。俺の名前はトルド、見ての通りドワーフさ。 ここ鍛冶屋〈輝白の鎚〉で頭をやっていて、二人の弟子を抱えてる。金属製の武器や防具を作ってっから 魔物や猛獣を狩りに行くことがあれば、客としてここに来ることもあるだろうよ」


「ふむ、金属製の武具か……今のところ必要は無さそうだが、確かに近いうちに必要になりそうだな……とりあえず検証で壊れることを踏まえて全種類を3つずつくらい……」


「おい坊主! 鍛冶師の目の前で何言ってんだ?やっぱり頭のネジが外れてるんじゃねぇのか?ミスリル製のでっけぇネジ作ってやろうかぁ?おい」


「何だと?やっぱりあるのか……ミスリル」


「反応するところそこじゃねぇだろ! 本当に初日で昇格決まった冒険者か!?田舎では見かけないだろうミスリルよりも、お前の常識の無さの方が珍しいわ!!」



 うーむ。


 この世界にはミスリルがあるのか……ゲームでは当たり前の存在となりつつあるが、現実世界からすると架空の存在である幻の金属……それが存在するということは、やはりここは、少なくとも元の世界の別の国という訳では無さそうだ……。


 しかもそうなると、おそらくアダマンタイトのような他の架空金属も存在しそうである……これは物質ひとつ取っても、考えていたよりも多くの種類がありそうだ……また検証する項目が増えてしまったな……。


 自分はそう考えると、いつも通り思考操作でメモ画面にこの検証項目を書き留めて、先ほどよりも気を引き締めてから、真剣な顔で鍛冶師トルド殿に向き直った。


 トルド殿の方も自分の雰囲気が変わったのを察してか、世間話や自己紹介ではなく、きちんと仕事の話をする表情になり、まっすぐにこちらを見つめ返す……。


「それでミスリルの話だが……」


「ちげぇよ!ミスリルの話はいいんだよ!!気持ちを切り替えた顔をして何さっきの話を続けてんだよ!坊主がここに来た目的はいったい何なんだよ!」


「ふむ?この世界に存在する金属の……」


「じゃねぇだろ!?配達だろうが!あーもう、何なんだよこの坊主、さっさと商品を渡して帰れよ……」


 うーむ……なにやら怒らせてしまったようだ……。


 それから自分はせかされるように渡すことになった配達の商品を背負っていた革の鞄から取り出すと、トルド殿にそれをひったくるように奪い取られ、中身を手早く確認した彼に追い出されるようにして、その建物を後にすることになった……。


 去り際、ファビオ殿との約束もあったので「他に何か手伝えることが無いか」と聞いたところ。


「いかれた坊主に頼むことなんて何もねぇよ、しいて言うなら鎧の裏地に使う毛皮が品薄で困ってっから、ここじゃなくて布屋にでも手伝いに行ってくれ」


 と言って、こちらを振り向くことなく去ってしまったので、仕方なくマップ画面で冒険者ギルド付属の解体所を探して、亜空間倉庫の中に入っていた[狼]の亡骸を二十体と、[サーベルタイガー]というらしい虎のような獣の亡骸を五体だけ卸し、その毛皮の届け先をトルド殿の鍛冶屋〈輝白の鎚〉にしておく……これで手伝いもしたことになっていればよいのだが……。


 ちなみに、冒険者ギルド付属の解体所では素材の買取もやってくれるらしいので、牙や爪や肉など、残りの素材はそのまま引き取ってもらい、後日ギルドでその代金を受け取ることにした……買い取り担当のおじさんもサーベルタイガーの素材を納品してもらえると聞いてえらくはしゃいでいたので、一石二鳥だろう。


「ふむ……この世界の配達クエストは、なんとも難しいものだな……」


 自分はそう呟くと最初の配達依頼を振り返り、コミュニケーションに手間取って配達物を間違える検証なども出来なかったなと思い、次の配達先では頑張ろうと歩き出した。



 ♢ ♢ ♢



 ―― ゴリゴリゴリ ――



「……ふぅ、全面異常なし、と」


 自分が二番目に訪れた配達先は、一般区の入り組んだ迷路のような路地を進んだ先にある。


その周囲も含めて人が住んでいるような気配が感じられない古びた建物……と言っても人が住んで無さそうなのは建物の見た目なだけで、【気配感知】スキルで確かめるとちゃんとどの建物の中にも人の気配を感じることができるし、路地を渡り家と家を結ぶようにかけられたロープには洗濯ものが干してある。


 しかし、住人が外に顔を出すことも無いので、自分がこうして壁の当たり判定を検証していても文句を言う人が出てくることはなく、おかげで配達先だけでなく周囲の建物もまとめてゴリゴリする事が出来た。


「……さて、それでは配達検証に移るか」


 壁の当たり判定検証に満足した自分は、マップ画面とメモ画面を開いて検証の終わった建物の名前をメモしてから、目的地だったその古びた建物の扉を開ける。


 ―― ギィ…… ――


 ファビオ殿によるとここは薬を扱う店らしいのだが、扉を開けても来客を告げるベルの音が鳴るようなことは無く、代わりにオイルが切れた蝶番から軋むような音が不気味に鳴り響く……。


 そして踏み入れた室内は明かりなどがついておらず、城塞都市特有の陽の光が差さない薄暗い空間が広がっていて、壁際に商品棚のようなものが見えるが、店主があまり掃除好きではないのか、埃が溜まっていたり、蜘蛛の巣がかかっていたりしていた……。


「ふむ? 誰かいないのか?」


 自分はそんな店内の正面にあるカウンターに誰もいないことを確認すると、少し声を張り上げてどこかにいるであろう店員に向かって声をかける。


「……」


 しかし聞こえてくるのは隙間風の音だけで、自分の声に返事は無かった。


「うーむ、人がいるのは確かなのだが……」


 もしかしたら自分のことを新聞の勧誘や、放送局の集金かなにかと勘違いして、居留守を使われているのだろうか……自分も経験があるから分かるが、そういう来てほしくない客に迷惑をしている家の主は、宅配業者の配達ですら居留守で切り抜けて、わざわざ不在連絡票を確認してから電話して受け取ろうとしたりするのだ……。


 しかし 自分はファビオ殿に不在連絡票の書き方など教わっていないし、この家に人がいることは分かっている……自分はどうしようか少し迷ったが、最終的にはこれも仕事だから仕方ないと考えて、【気配感知】スキルの感度を上げると人のいる方向を特定し、そちらに向かって歩いていった……。


 気配があるのはどうやらカウンターの横から行ける隣の部屋らしく、扉などが取りつけられていない仕切りから顔を出しながらそこにいるであろう住人に声をかける。


「ファビオ商店からお届け物……」


「コヒュー……コヒュー……」


 そこには口から血を流して倒れた老婆がいた……。


「なんだと!?」


 自分にしては珍しく慌てた声を出したが、それも当然である。


 おそらく今この場で発生しているのは、失敗すると後のクエストに影響するであろう、チャンスが一度しかない救助クエスト……自分がここで失敗すれば、おそらく今後この老婆から受けられるであろういくつもの依頼が受けられなくなる……。


 普段なら失敗する方の検証も行うところだが、もしかしたら後の数百のクエストに影響が出るかもしれないと考えると、デバッガーとして……そしてついでに、人の死をなるべく見たくない日本の一般市民として、ここは何としても成功させなければならない……。


「大丈夫だ……自分はただのデバッガーじゃない……」


「超一流のデバッガーだ」


 自分はすぐに老婆の状態を【鑑定】スキルで確認して、それが【毒耐性】スキルを貫通するような猛毒によるものだと理解すると、すぐに亜空間倉庫を漁って、使えそうな薬草を片っ端から取り出した。


「くっ……これではダメだ……」


 しかし【薬術】スキルで完成品を模索しても、自分が持っていた薬草では今一歩効果が足りず、しかも磨り潰して混ぜるだけでは十分な効果が期待できない。


「ふんっ、なるほど……これは初心者キラーのイベントだったか……」


 だが、こういうイベントには必ず解決策が用意されているものだ、そして今回のイベントは初心者キラーといっても、その難易度は低いようだ……何せここは薬屋であるのだから、効果のある薬草など探せば出てくるだろうし、調合に仕える器具なら見渡せばこの部屋の中にあるではないか。


 自分はあわてず騒がず、慎重に、とりあえず頭に”家庭の”とつく医学の知識を持って呼吸が不安定な老婆の体勢を整えて気道を確保し、解毒効果のある薬草を噛みちぎって口の中に行き渡らせてから、その口で彼女の口から喉に詰まらせかけている血を吸いだしてやった。


 《スキル【医術】を獲得しました》


 久しく聞いていなかったメッセージを受信したが、今はスキルを確認している暇はない……自分は口の中の血を部屋の隅にペッと吐き出すと、老婆の呼吸が少し落ち着いたのを確認し、すぐに店内に戻って使えそうな薬草を探し始める。


 しかしこんな場所でも薬屋としてやっていけているだけあり、この店にある薬草の数はそれなりに多く、何よりも部屋が薄暗いせいで商品棚が確認しづらかった……。


「……【鑑定】を【気配感知】と組み合わせ……いけるか……?いや、やるのだ」


 《スキル【物体感知】を獲得しました》


 土壇場でぶっつけ本番だったが、自分はとっさに閃いたスキルの組み合わせに成功し、新たなスキルを獲得すると、すぐにそのスキルを使って目的の効果を持った薬草を探す……。


「あった……これだ……」


 発見したその薬草は高価な物らしく、鍵付きのガラスケースのような物に入っていたが、緊急事態である今は関係ない……自分は素手でそれを破壊すると、薬草を取って老婆のいる部屋に戻った。


「あとはこれと持っていた薬草を調合するだけだな……」


 その部屋にあった調合器具は、自分がスライムで検証をしていた時に試していた、その辺の石でただ磨り潰して混ぜていただけのものではなく、ちゃんとした乳鉢があるどころか、加熱や蒸留の処理もできる本格的なものだ。


 時間があるのならばそれを使って世界中にある全ての素材で、あらゆる加工をする全ての過程や完成品において、考えられる全ての組み合わせを試して、出来上がる薬を実際にこの目で見て見たかったが、今目的の薬はその数億通りのパターンの調合薬の中の一種類だけ。


 そして、それは既に薬草を探しながら【知力強化】による【並列処理】と【思考加速】で【調合】スキルを仮想シミュレートして判明している……。


「最後にこれを加えれば……できた」


 自分は判明していたその調合手順を一寸の間違いなく正確に再現して、とうとう目的の薬を作り上げると、瓶に入れてから水につけて少し冷ますと、今にも死にそうな老婆の元へと駆け寄った。


「ほら、ご老人、薬だ……」


「ん……」


 老婆は口に押し当てられた瓶の口から、作られたばかりのその薬を何の躊躇いもなく飲み始めると、おそらく相当苦いだろうに、一滴も零すことなく全て綺麗に飲み干す。


 そして飲み終わると呼吸に違和感が無くなり、顔色もいくらかよくなったようで、念のため【鑑定】で状態を確認しても、猛毒状態から回復しているのが分かった……。


「ありがとう……助かったよ……」


 老婆はそう言って元々薄い目をさらに薄めてお礼を言ったが、毒は消えても奪われた体力までは戻らず、その声はかすれ気味でか細い。


「礼は後でいい、今はゆっくり休め」


 自分は老婆にそういうと【身体強化】を使ってその体を軽々と抱えて、寝室の場所を聞くとそこへ運んで寝かせると、キッチンの場所を聞いて消化に良い食べ物を作りに行った。


 《スキル【料理】を獲得しました》


 そんなメッセージを聞きながら作り上げたのは、大量に持っていた薬草とキッチンにあったオートミールなどを使った、何の変哲もない〈薬膳粥もどき〉なのだが、一人暮らしで培った料理センスで干し肉から出汁を取ったりして食べやすく作ったからだろうか。


 【医術】スキルの時もそうだったが、もしかしたら日本の現代知識を使って何かした時、それを切っ掛けに覚えられるスキルは獲得しやすいのかもしれない。


 自分はそんな考察を軽くメモ画面に書き留めておき、味見をして上出来だと思えたそれを老婆の元へ運んでいった……。

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