9:片桐芳樹-かたぎりよしき(終)

 そんなこんなあって。

 どこぞの感動物語みたいな偶然もあって、叔父でもなんでもなかった俺は、姪でもなんでもなかった年下の女の子と結婚することになりまして。


「で……やっと帰ってきたと思えば、娘の結婚式にギリギリって……」

「うーさい、来てやっただけありがたく思いなさいよ」


 で、姉はようやくプロジェクトを終え、義兄とともに日本へ戻ってきた。

 本当はサプライズとして黙って帰ってきて驚かせようとしたらしいんだが、帰国日が丁度俺達の結婚式の日。

 それを伝えたら「はぁあああっ!? ふざっけんじゃないわよちょっと遅らせなさいよ!」とかバカハラを始めたので貴様は招待しないと言ったら泣かれた。

 泣かれた上で、その日に帰れることになっていると言い出すからこっちも大慌てだ。


「んでね、あんたの結婚式を一応ビデオに撮ってくれってあんたの親に頼まれててさ」

「紛らわしいな、俺の親とかどっちの親とか」

「どーでもいいわよンなもん。で、で? 結衣は? 雄大はっ? あ、それからサンサーラナーガさんはっ?」

「お前笹村のこと覚える気ないだろ……」

「うっせばかうっせ。勝手に立会人になって許可なんて出して、あたしゃ認めないんだからね! もう結婚してよーが認めないんだからね!」

「それ言い出したら、“三人目のことも弟として認めないからって言っておいてくれ”って言われてるんだが」

「やめろよーぅ!! そういういじめみたいなこと言うの、やーめーろーよーぅ!!」

「あぁうるさいうるさい」

「なんだよもうこの不細工弟はー! ちょっとはこっちの苦労も考えなさいよ! 弟だと思ってた努力マンが弟じゃなかったとか、娘がなんか自分と近い年の弟みたいなおっさんと結婚するとか、息子がおっさんの家庭教師の教え子と結婚するとか! 普通こんな人生ある!? ほんと物語みたいな人生じゃないの!」

「いろいろ悩んだ末に人生変えてみたいなら、一度車にでも撥ねられてみろ。人生変わるぞ」

「変わる前に終わるかもしんないでしょーがこの馬鹿!」

「なんだと馬鹿お前馬鹿この野郎馬鹿」

「あによばかこの馬鹿お前馬鹿このお前」


 いろいろあった人生だった。本当に……本当にいろいろ。

 けど、姉弟じゃないってわかった今でも、一緒に生きたいつかがあって、似てない二人なのに似た部分があって、似た癖があって。

 やがてそんな風に馬鹿お前馬鹿と言い合って、笑って、どつき合って。

 まったくの他人な俺達キョーダイは、くだらない不幸自慢と幸せ自慢をしながら泣いて、笑って、気持ちをぶつけ合った。


「うおー! センパーイ! カッケェっすよ服だけがー!」

「っははー! このやろー!!」

「ぷおっふセンパイちょ、ぎぶ! ギブっす!!」

「いやぁ八十島ぁ! お前もとうとう結婚かぁ! ぶっさいくだなぁと思ってても、やっぱ人間顔だけじゃねぇよなぁ!」

「いや、上尾さんはもうちょいオブラートお願いします」

「うっせ、ぜってー俺の方が先に結婚すると思ってたのになぁあ……! しかもお前、あんな可愛い年下美人とか……!」

「しかも高校生っすよ上尾部長!」

「いや法的に問題ねーなら何歳だろーと関係ねーよ。俺ゃ結婚してぇんだ結婚。可愛い年下と」

「何歳だろーと関係ねぇって言った傍から年下言ってんじゃねぇっすか!」

「うるせぇ馬鹿! 年下の方がいいだろうが!」

「なあぁあに言ってんすか年上っすよ断然年上! 年上の女性に、不器用ながらテレテレ甘えられるのがいいんじゃねぇっすか!」

「……いいな!」

「でしょ!?」

「けどなぁお前、年下に頼られるように慕われた甘えとかもいいと思わないか?」

「……いいっすね」

「だろ!?」

「その前に、どうして自分が甘えられる前提で言ってんだよ。自分が甘えてもらえるほど立派かどうかだろ、まず」

「うっせバァーーカ!!」

「相手決まってる先輩に言われたかねぇっすよ先輩のばぁああか!!」

「おぉ前なんかになぁー! “不細工だけど、ちょっと甘えたくなるのよね、八十島さんってー”、なんて噂する女どものコソコソ話聞いちまった俺の気持ちがわかるかってんだバァーーーカ!!」

「そうっすそうっす! “丁寧に教えてくれるし面倒見もいいしやさしいし、ほんと不細工じゃなければ最高よねー! ……ほんと、不細工じゃなければ……私が周りなんて気にしなければ……”なんて気になるあの子が言ってるとこ見ちゃって、俺にどうしろっつーんですか先輩のバァーーーカ!!」

「どうもこうも。顔がよければ誰でもいい人なんて知らん」

「………」

「………」

「おめでとさん、八十島。嫉妬はするが、お前に笑顔が増えて、俺は嬉しいよ」

「……うす」

「俺もっす、先輩。俺、実は、仕事……何度も何度も辛くてやめようって思ってたっす。先輩が助けてくんなきゃ、どんだけ泣いたかもわかんねっす。……幸せになってください。先輩はぶっさいくだけど、ほんと、人としてマジ尊敬してるっす」

「……おう」


 勤め先からは部長になった先輩や、かつては自殺しそうなほどどんよりしていた後輩の川西が来てくれた。

 こちらともどつき合ったり笑ったりだ。

 不細工なところ以外は随分とまあ高評価だったらしい。言えよ。それ言ってよ、もっと早く。

 まあいろいろ諦めるような状況に陥ってなけりゃ、あの事故から自分が変わることもなかったわけだが。

 ……本当に、人生ってのはなにが切っ掛けでどう変わるのか、なんてものはわからないもんだ。


  けど……まあ。


「おじさんっ!」

「おいこらー? 結衣ー? いつまでおじさん言う気だー? 結婚式の最中に叔父さん呼びとかしたら、祝いに来てるやつ全員が呪いに来るだろうが」

「文字、似てますよ?」

「うれしくねぇわ!」

「ふふっ、ええ、100点満点ですっ♪ 芳樹さんに幸せになる気がないなら、幸せな結婚式なんてする意味がないんですから」

「おまっ…………はぁ」

「芳樹さんの不幸でたっぷり幸せにしてもらったんですから、今度はわたしがい~っぱい幸せにしてあげるんです。誰かの不幸が他人の幸せ、なんてことが本当に有り得ちゃう世の中ですが、わたしはどっちも幸せな道を選びます。……不幸で幸せにした、なんて言いながら、わたしやユーダイと一緒になって笑ってたおじさんを、わたしはぜぇええったいに不幸だなんて認めないんですからね」

「結衣……」


 「覚悟してください」なんて言いながら、むんと胸を張るウェディングドレスを着た元姪。

 思わず笑って、言われるまでもなく幸せなんだが、なんて言葉を飲み込んで。

 代わりに、これから幸せにされるであろう、変わらぬ不細工ロードを思いつつ、小さく言うのだ。


  はいよ、覚悟完了だ。と。

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ラヴコメ小話劇場 麺男-menman- @noodleguy

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