7:因幡すみれ-いなばすみれ(再)

 双子の在り方への認識もそこそこに、手の中のスマホを見下ろして一息。


「まあ、なにはなくとも電話だな。かければ出るだろ数秒で。はいぽちー」

「「「ひぃ心の準備をっ……! ぁあああ……!!」」」


 なんなんだお前ら、実は三人キョーダイなのか。どうしてそこまで息ぴったりなんだよ。とか思っている内に繋がった。姉貴である。


『待ってたわよちょっと。今日なんか遅かったじゃないの、いっつも同じ時間に、って言ってんでしょが』

「ちょっと話すことで揉めててな。驚く話と驚く話と驚く話、どれしてもらいたい?」

『驚く話しかないの!? なにやった!? あんたなにやったの!?』

「実はユーダイに結婚を前提にした彼女が出来た」

『───』

「………」


 あー……こりゃ、固まったな。そりゃそうだ、姉貴の中じゃ、ユーダイはまだまだ可愛くて無邪気で、生意気だけど時々素直なあの頃のユーダイなのだ。

 目を閉ざせば思い浮かぶあの頃のユーダイ……! そんなおこちゃまユーダイが、どこぞの女にたぶらかされ……!


『ふざっけんじゃないわよどこのどいつよ名前言いなさい名前ェェェエ!!』


 あ、思った以上にブチギレてた。


「因幡すみれって言うらしい」

『はーぁぁぁあ!? なぁによそのふざっ……あたしじゃないのよそれ!! ナメとんのかアンタ!!』

「今自分の名前のことふざけた名前とか言いかけたろ」

『るっさい真面目に答えなさいよ!! てか結婚を前提に!? 早いわよ早過ぎでしょ!? あの子たちまだ子供なのよ!?』

「いつまで子供すぎる幻影追ってんだよ。もう18だぞ?」

『アンタが写真のひとつも送ってこねーからでしょうが!!』

「あ、すまん。じゃ、送るな。おーい三人とも、こっちこいこっち。で、好きな感じでリラックスな。ほい、ほいほい……んじゃ、チーズっと。で、送信」


 三人を呼んで、横に座らせたりして、各々好きな姿勢で写真を写して姉貴に送る。

 ……ちなみに。

 結衣は俺の腕に抱きついてきて幸せそうな顔をして、雄大は俺の横で笹村の肩を抱き寄せてブイサイン。笹村はそんなユーダイに甘えるような姿で写り、それを問答無用でメールで送ると……通話したまま送信した写真を見たらしい姉貴が、わけのわからない言葉を絶叫、やかましいので通話をカットした。


「よし、紹介終わり。んじゃ、姉貴たちが帰ってくるまで自由にやるか」

「え、え? あの、先生? これで、というかこんなので本当に認めてもらえるんですか?」

「ああ、余裕だな。写真送るためのメール、見るか?」

「え? それになにか関係が?」


 ほれ、と見せる送信ボックスの中身。タイトルは、“対価でもなんでも、好きなだけ持ってけこのやろーって言ったよな”だった。


「え……こ、こんなんでいいんですか?」

「いいのいいの。ほれ、好きなだけラブラブなさい」

「なさいじゃないですよ! なんでちょっと高貴なる者っぽいんですか!」

「ん? 俺別に誰が目の前でイチャついたって気にしないぞ? 学生時代は小学から果ては大学まで、そりゃあもう存分に見せ付けられたもんさ。特に高校なんて彼氏/彼女が居ることがステェタス☆みたいなところがあって、“あぁんら万年お独りの八十島さぁん? 今日も独りでお食事ですこと? ドゥホホホホ”とか……言われたなぁマジで……」

「そんなこと言う人実際に居たんですか!? そっちの方が気になりますよむしろ!」

「なるなよばかもの、ラブラブしてろ。あと居たよ、マジで」


 その日からあだ名がドゥッホリーヌ夫人になって泣いてたけどな。

 人ってとりあえずあだ名から入る気がするよな。


「お、メール着た」

「ひぃっ!? ななななんです!? なんて書いてあるんです先生!!」

「おー。……件名が“呪殺”だな」

「じゅさつ!?」

「で……あー、そっかそっか。そういや驚く話、っての三回繰り返したのに、写真見ただけじゃ一個しかわからないかも、か」


 笹村がユーダイに抱きついている。姉貴にとっちゃ誰この人状態だ。

 ユーダイは宗次さんに似ていて、結衣もどっちかってーとそっち寄り。そうなればほんとに子供の頃の二人しか見てない姉貴でも、子供のことはわかるってもんだ。

 てかまぁオシャレした女性が結衣だとは思わんだろ。

 で、結衣は俺に抱きついてはいるものの、表情なんて作ろうと思えばいくらでも作れる。ならばドッキリかもしれない方向に逃げたってこともある。

 故に、このメールの“驚く話、なんで全部言わないのよ”はそういう意味なのだろう。


「電話してこないってことは、一応納得はせずとも受け取りはしたって段階……なんだろうかなぁ。まあいいや、電話を折り返さないならこっちもメールで返そう」


 俺と結衣が恋仲になりました。法律で結婚は出来ませんので未婚の夫婦になります。

 あと雄大の恋人は教師です。あ、あと俺の元家庭教師の教え子です。

 ほいこれで三つと。送信。

 ……。送信から少しして、急に鳴るスマホ。少し待つと留守番電話サービスに繋がり、そこから地獄の底から奏でられるような呪詛が聞こえた。

 なので、俺は笑ってメールを打った。送信もした。


【俺の不細工が原因で、結衣は不幸になりますか? 俺は、俺が不幸になることで、こいつらを幸せにしてきたつもりです。まだ足りないのなら、いくらでも笑って不幸になります】


 返信が来る。


【ふざけんな馬鹿!! アンタが不細工でいつあたしが迷惑した! あ、いや、あったわ迷惑。両親があたしばっか構ってうざかった。やれあれをうまくやれこれを綺麗に使えとか。あのね、あんたが張り切るのは勝手だけど、こっちに迷惑かけるなっつーの。あたしはあんたみたいになんでもかんでも努力で埋められないんだから】


 返信する。


【ふざけんな馬鹿お前馬鹿、俺はそんな親に構ってもらいたかったんだっつーの! 不細工な所為でいっつも贔屓されて、誰にも認められなくてどれだけ泣いたか知ってんのか馬鹿お前!】

【ふざけんな馬鹿! あたしはいつだってあんたんこと認めすぎてて悔しい思いしてたんだっつーの! 姉であることしか優位に立てないとか情けないじゃんか馬鹿!】

【はーぁあああ!? いつ認めたっつーんだよ! えらっそうに人に命令するばっかでひとっことも褒めたこともねぇくせに! てめーの口から感謝の一言でも先に出たことあったか!? なんでもかんでも押し付けてからごーめーんって言うばっかだったじゃねぇか!! 大体俺が事故った時だっててめぇの所為で!】

【え? なにそれ。事故ったってあんた】

【あ、ケータイの話ね、ケータイ】

【待って、ふざけんの本気で無し。事故ったのね? あの時の、マジだったのね?】


 ……。


【返事しなさいよ! 電話かけるわよ!?】


 ……。


【ちょっと】


 ……。


【おねがいだから】


 ……。


【ねぇ】

【アイエエエエ! 電池!? 電池ナンデ!? グワーッ! 麻痺毒!!】

【ちょっとアンタそれでしらばっくれる気!? いいからちゃんと話をしなさいよ!!】


 ……悪は去った。むしろ電源落とした。

 そして俺はやりとげたサワヤカ笑顔 (フォルゴレ)で振り向き、汗を拭うゼスチャーで「認めてくれるって……ッ!!」と言ったのだった。

 姉貴、すまん。精々罪悪感と戦いつつ、しょおぉおお~がねぇなぁ~~と認めてくれ。


「……? どした? 笹村」

「いや、その……なんか、腰……抜けちゃったみたいで」

「………」

「やべぇ尊い……! 先生マジ大好き……!」

「おー、いけいけユーダイ、相手は動けないみたいだから抱きつくなり部屋にお持ち帰りするためにお姫様だっこするなり、やりたい放題だぞー」

「ぴぃうっ!? なひゃっ……ななななに言ってんですか先生! そんなっ、そんな抱きつくとかお姫様抱っことかっ!?」

「お前の靴を始末して、ガラスの靴に変えとくから、頑張れ」

「それただ私が帰れなくなるだけじゃないですか!?」

「おうっ、泊まってけっ! 何泊でもなっ!」

「かつての先生が全力で異性交遊を奨めてきてますっ!?」

「ガラスの靴で思い出したけど、キミはまだシンデレラさ、って言葉、あれすげぇ失礼だよな。“いやお前、まだ灰被りだから”って、そんなお前、世界中に広がる歌として送り出すなんて」

「いや……そういう意味で歌詞書いたんじゃないと思うよ? おじさん」

「だったら本名の“エラ”で呼んであげりゃあよかったじゃないか」

「え? シンデレラの本名ってエラなの!?」

「呼吸とか上手そうだよな」

「そういうこと訊きたいんじゃなくて!」


 そう、エラである。シンデレラっていうのはあくまで灰被りって意味らしい。仏語はサンドリヨン。

 と、笹村がジト目で話を戻してくださいって睨んでるから、咳ばらいをひとつ、話をお泊りと歳の差カップリャの一夜のアハン方面に戻して、と。……ジト目のレベルが上がったんだが。何故だ。


「……あ、あの、先生? もしかして、ですけど。私という前例を無理矢理作って、結衣ちゃんとよろしくしようとか……思ってませんよね?」

「………」

「やめてくださいその心底呆れた目で見るの!」

「ぶっちゃけお前をからかいたいだけだ。昔っから慌てると表情が面白いやつだったし」

「先生全ッ力で最ッ低ですね!!」

「お前なぁ……色恋に首突っ込むやつが最低じゃないわけねぇだろ。漫画でもよくあるだろー? 相談されてる親友が心の中で“面白そうだから黙っとこー♪”とか言ってるの。アレほんとクソだからな。親友の一生を左右するかもしれないことを娯楽感覚やゲーム感覚で見るとか真実クソだ。な? 最低だろ?」

「先生の所為でもう恋愛漫画とか楽しんで見れそうもありません……親友キャラとか好きだったのに、今じゃもう最低キャラにしか見えません……」


 まあ、だからって相談して、相談された人の言う通りにやって、失敗すれば全部そいつの所為にするヤツも実にクソだが。

 つまり恋愛ごとなんてものには人を巻き込まない。これが大事。


「でも……そうですか。これで雄大、くんと……」

「いつも通り雄大、って呼び捨てにして甘えてもいーんだぞ、笹村」

「なんで先生がそれを!?」

「あの……あの、おじさん。そろそろ俺の恋人許してやって……。叔父さんが話しかけるたんびに墓穴っていうか、俺達の秘密がっ……!!」


 ここでユーダイ、左手で口を押さえながら、右手で挙手して申請。顔真っ赤にしてぷるぷるしてる。恥ずかしいっていうよりは、可愛い生物を見て悶える寸前、って状況に近い。

 しかし、言いつつも笹村の体を支えるようにして立ち上がり、にっこりと笑うユーダイ。お姫様抱っこ、完了である。

 あわあわと口をぱくぱくさせて顔を真っ赤にする笹村をよそに、ユーダイは「あんまりいじめないでくれよ、おじさん。こぼさせるのは幸せの涙だけにしてあげたいんだから」と言って、歩きだした。


「でもいろんないろんな表情も見たいんだよな?」

「それもっ、俺がっ、させたいのっ!」


 言わせんなよもー……と言いつつ、行ってしまった。

 ……さて。


「わたしも。あの。おじさんのいろんな姿が見れて、嬉しいです」

「基本いじわるなのにか?」

「はい。おじさんのいじわるは、自分の不幸で他人を幸せにする意地悪ですから。とんだツンデレさんです」

「っははぁ、ツンデレってのは美形がやるから映えるんだよ。俺がやったってキモいだけだ」

「はぁ。まあ、わたしはそんなおじさんが好きなんですけどね」


 きゅむりと、余計に抱きついてくる。

 伸ばした手は額に当たり、俺は撫でるか押し退けるかの選択肢を頭の中に浮かべたが、少しの思案ののちに……撫でるを選択した。

 他人は幸せに。俺は不幸に。それでいい。俺の不自由はこの際後だ。

 ……え? 姪に好いた惚れたの感情を持てるのかって? こちとら現在まで女ッケのカケラもなかったクソ不細工様であるぞ? ~……女の子に腕に抱きつかれて嬉しくねぇわけねぇだろうがぁああああっ!!

 えー、この際だから心の中でハッキリ言っておこうと思う。

 ……姪の容姿が、幼き頃より思い描いていた理想のおなごめに驚くほどハマっておるのです。

 なんでかな。不思議だねウフフ。

 そういえば小さい頃から結衣に、おじちゃんが好きなのってこの中のだれー? って雑誌とか見せられながら訊かれたっけー。

 恥ずかしくて誤魔化そう、烏滸がましいからはぐらかそうとしたらなんでかバレて、馬鹿正直に答えさせられたっけー。……髪型から服装まで様々を。

 …………エ? 

 もも、もしかして…………俺の好みに合わせて……!?


「───……」


 そういや、小学の頃にはとっくに好きになってくれていた、って言ってたっけ。


(うあー……)


 まじか。うあー、まじかー……。まじかー……。

 どうしましょう、ああ姉さん、俺は、俺は……!

 姪が……姪がめちゃんこかわいかとです……!

 だが大丈夫、不細工は図に乗らない。

 俺はこの鋼の意思を以って、清く正しく───


「あ、の……おじさん。あの。は、はしたない、とか……思わないでくださいね? あの…………も、もういっかい……その……キ、キス……」

「しよう(結婚しよいや法律は守る)」


 男女ですもの、キスなんて清いです。

 うるせー! 顔が清くねーのは生まれつきだよ!! わかってんだよそんなことは! 不細工は細工しても有細工になっちゃくれねーんだよ察しろちくしょー!

 けど、だ。


「あ、あぁその」

「……? おじさん?」

「歯とか……磨いてきて、いいだろうか」

「………」


 恥を殺して言ってみれば、彼女は笑って、けれど問答無用で、俺にキスをした。

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