平和の後の繁殖行動(ヒートエンドラン)に乗り遅れたので、魔王のたまごを育てて嫁にします。
おしゃかしゃまま
第1話
光と闇。
正義と悪。
勇者と魔王。
過去、幾度も繰り返された争いは、光の勇者の勝利で決着を迎えた。
しかし、光と闇は表裏一体。
光があれば、闇もまた不滅。
魔王が討伐されて44日。
主を失った魔王の城に、一つのたまごが現れた。
禍々しき闇の力を放っている、このたまごこそは、消滅した闇の魔王のたまご。
世界から消えることがない、怒りや憎しみなど、生き物から生じる負の感情が魔王を形作るのだ。
(……今回は、また早かったな)
まだ肉体は出来ていないが、たまごの状態でも意識はある。
そして、前回の肉体の記憶を引き継ぐのだ。
(通常はどんなに早くても復活に100年ほどは掛かるのだが……どうやら、よほど強い負の感情が世界に生まれたらしい)
魔王が復活するまでの時間は、世界にある負の感情の量で決まる。
これまで何度も蘇ってきた魔王だが、44日は記憶にない。
ダントツで最短記録だ。
(まったく、勇者は何をしているのか。このような負の感情を放置して)
今回……いや、前回魔王を討伐した勇者は、歴代の勇者と比べてもその力は抜きんでていた。
仲間にも恵まれており、これまでで最高の勇者と断言できる。
(勇者個人の実力は単独で私を倒した初代の勇者と同等。さらに仲間も一人一人がまさに英雄と呼ぶべき、傑物ぞろい。信頼もあり、最高のパーティであった)
そんな勇者がいたのに、魔王が復活してしまっている。
希望の象徴。
光の化身である勇者になにかあったのだろうか。
(……調べてみるか)
勇者と魔王は光と闇。
表裏一体の関係だ。
だから、生きていれば、お互いの位置を何となく知ることが出来る。
(……さて、どこにいるのか……ん?)
死んでしまったかと思ったが、意識をして勇者の位置を探ると、意外と勇者は近くにいた。
(と、いうか近すぎないか? 城の中? いやこれは……)
魔王は、たまごの表面に魔法で己の目を生成する。
肉体はまだ出来ていないが、こうすることで直接たまごの外を視認できるのだ。
そして、魔王は目が合う。
「ん?目が開いた」
自分を、闇の魔王のたまごを抱き抱えている勇者と。
(なんでこんな所にいるんだ!?)
驚愕で魔王の思考が止まる。
そんなことはお構いなしと、勇者は魔王のたまごを両手で掲げて言う。
「よーしよし。お父さんでちゅよー」
「何を言っているんだ!? 貴様!??」
魔王はとっさに口を魔法で作り、ツッコんだ。
「な、なんだと……生まれる前に言葉を話すなんて、天才かこの子は?」
「天才じゃなくて魔王だ! お前の宿敵だ!!!」
勇者は驚愕しているが、どちらかと言えば感動しているような表情である。
「そうかー。俺は勇者だ」
「知っている」
「そして、君のお父さんだ」
「何でそうなる!?」
勇者はやけにニコニコしながら、魔王のツッコミを聞いている。
「いや、俺がはじめて見つけたし、目が合ったし」
「鳥じゃあるまいし、最初に目が合った奴を親と認識はせんぞ?」
「大丈夫。俺は親だと思っているから」
何が大丈夫なのだろうか。
勇者が魔王の親になろうとしている。
「……なぁ。そもそも確認だが……お前は勇者で間違いないな? 44日前に私を殺した」
魔王の質問に、ずっとニコニコしていた勇者の顔がはじめて固まる。
「もしかして……記憶があるのか?」
「……ああ。前回の肉体の記憶は引き継がれる。何代も前になるとあやふやな部分も多くなるが」
「『転生』か」
魔王の答えに勇者は思案する。
「……恨んでいるのか? 俺を。魔王を殺した勇者を。許せないか?」
「……いや。私は負の感情の化身だが、狭量ではない。我々は正々堂々戦った。戦いの果ての死に、恨みなど無粋な感情は混ぜぬよ」
「そっか」
勇者は安心したようにほっと息を吐く。
「じゃあ、お父さんになっても問題ないな」
「それは許さぬからな!?」
話が戻ってしまった。
勇者は立ち上がり、本当にそのまま魔王を持ち帰ろうとする。
「ちょ、ちょっと待て! というか、さっきからお父さんとは何を言っているんだ? 魔王だぞ? お前は勇者だよな? だったら、たまごのうちに滅ぼすなり、やることがあるだろ?」
「かわいい自分の子供を傷つける親がいるか?」
「だから、お前の子供じゃない!!」
魔王の反論は聞かず、よーしよしと闇の魔王のたまごをあやしながら勇者は歩いていく。
「や、やめ……というか、お前、仲間は? 『聖女』『守護者』『魔導士』『魔剣士』『拳聖』の5人はどうした?」
魔王は、いつも彼のそばにいたはずの5人がいないことに気が付く。
「……いない」
仲間のことを聞くと、上機嫌だったはずの勇者が明らかに落ち込み始めた。
勇者の仲間は、それぞれが個人だけでも英雄にふさわしい人物だ。
そんな彼らが、最大の敵である魔王を討伐してわずか44日でいなくなるとは考えられない。
「もしかして、人間か」
魔物に殺されることはないだろう。
だとすれば、考えられるのは、人。
時に人は、英雄とよばれるほど強大な力を持つ個人に対して強烈な悪意を持つことがある。
それが、仮に世界を救った者でもだ。
実際、これまで魔王を討伐した勇者の中にも、悲劇的な最後を遂げた者はいた。
(もしかしたら、こやつがここに来たのも、迫害されたからなのか? 人間に)
通常、迫害されても勇者個人だけだ。
仲間全員が殺されるようなことはない。
勇者の仲間は、人間の世界においてそれなりの地位についていることが多いからだ。
もし、勇者のパーティー全員を迫害するほどの悪意が世界に生じたのであれば、魔王が復活しているのも納得できるかもしれない。
「……皆、魔王の私から見ても英雄であったと思う。立派な人物であった」
例え、宿敵であっても、自分を殺した人間であっても、己の存在をかけて戦った相手だ。
「……ああ。本当に立派だった」
そんな魔王の慰めの言葉に、勇者は深くうなづく。
目には、一粒の大きな涙があった。
「立派な、おっぱいだった」
「………………………………はぁ?」
深く、深くうなずき、ぽたぽたと泣いている勇者を見ながら、魔王は彼が何を言っているのか分からなかった。
「『聖女フカ』の大きなヤワヤワ癒しのおっぱい。『魔導士ニャビ』の成長期待おっぱい。『魔剣士ネーア』のお姉さまお色気おっぱい。『拳聖コーザ』のぷるぷる生意気おっぱい……皆立派だった」
「お前は本当に何を言っているのだ!?」
思い返すように勇者は上を見る。
「……おっぱい」
「正気に戻れアホ! というか、勇者の仲間であるあやつらの死を冒涜するなら、勇者といえどもこの魔王が許さぬぞ!?」
魔王は混乱しながら、中々カオスなことを言ってのける。
そんな魔王の言葉に、不思議そうに勇者は首を傾げる。
「……死? いや、俺の仲間たちは皆元気だけど?」
「はぁ? 殺されたんじゃないのか!? 権力に狂った人間どもによって!」
「いや、ぜんぜん。というか、魔王を倒した勇者のパーティがなんで殺されないといけないんだよ。普通に英雄だよ? 皆」
「そりゃあ、そうだろうが……じゃあ、なんでお前はここに一人でおるんだ? 魔王がいなくなっても魔王の城。部下は去ったが野生の魔物はいるだろうに」
それでも、勇者の実力なら一人でもこの城に来ることは出来るだろう。
しかし、仲間を連れてこない理由がない。
そんな魔王の疑問に、勇者が答える。
「平和の後の繁殖行動(ヒートエンドラン)」
「……はい?」
「平和の後の繁殖行動(ヒートエンドラン)が発動したんだよっ!」
「ひー……? いや、お前、何を言っているんだ?」
勇者は、また号泣していた。
ボタボタと涙が落ちている。
「皆、皆、カップルばかりなんだ! 俺の周りは!!」
それは、勇者の慟哭。
「皆皆皆! あんなに可愛い子ばっかりだったのに! 全員! もれなく! 俺以外の男とくっつきやがった!! 畜生が! 畜生が!!」
モテない男の悲鳴。
「仲間達は百歩ゆずるとしてだ! なんで、故郷で俺の帰りを待っているはずの幼なじみまで、彼氏ができているんだよ! しかもその相手が、あの暴れん坊のクズってなんだよ! 嫌っていたじゃんアイツのこと!!」
その声は、魔王の城全てに広がっていく。
「……あー、何というか、その」
魔王も、なんと声をかけていいのか分からない。
ここまで泣き叫ぶ人間なんて見たことがないのだ。
しかも、その原因が失恋?である。
慰める言葉などない。
そして、気が付いたことがある。
(……もしかしてだが、勇者から感じているこの気配)
嫉妬、妬みの感情。
大きすぎる負の感情。
(……え!? もしかして、私が復活した原因これ? 勇者がモテないから!? 勇者がモテないから復活しようとしているの? 魔王の私が? 何それスゴいイヤだ)
しかし、勇者が泣き叫べば叫ぶほど、魔王としての力が向上している。
(えええ……普通、100年くらいかけてこの世の生き物の負の感情を集めて復活するのに、ガンガン力がみなぎるんだけど……何こいつ。仲間が別の男とくっついただけで、ここまで堕ちるの? 勇者なのに?)
知ってしまった事実に、魔王は困惑を隠せない。
どうしたものかと思っていると、ふいに勇者から負の感情が消えた。
(ん……? なんだ? どうなった?)
勇者は泣きやんでいる。
そして、そのまま魔王のたまごを抱き抱える。
「……と、いうわけで君の父親になることにした」
「どういうわけで!?」
勇者は、魔王の拉致を続行する。
「な、なんで仲間にフラれたからって私を子供にするんだ!? 理由が分からん! 理由が!!」
「なんでって……君は、女の子だろう?」
「な、なんでそれを知っている!?」
確かに、今回の魔王は性別でいえば人間の女性に該当する。
(勇者と魔王は光と陰。表裏一体。故に、私の性別は、常に勇者とは逆になる)
そのことを知られると色々不都合があるので、これまで隠してきたのだが。
「私は、常に鎧を身にまとっていたし、第2形態は性別を判断できるような外見ではなかったはずだぞ!? 第三形態は、第一形態のときよりも鎧は頑丈だし……」
「最後の一撃の時に鎧を貫通しただろ? そのとき、ちょっとだけ中身が見えてね。『うひょーおっぱいだ』って気づいたのさ」
「この変態が!!」
まさか見られていたとは。
恥ずかしいというより、世界の運命を決める争いの最後がおっぱいということに、魔王は怒りさえ覚えていた。
「だ、だいたい。それで私を子供にする発想はどこから生まれた? 女であることを意識するなら娘じゃなくて」
「勇者の一族には、代々伝わる古文書があってね。そこには色々な物語が書かれているんだけど、その中の一つにこんな話がある。『理想の女性を手にするため、幼い子供を自分の好みに育てあげる』という、そんな素敵な恋物語が……」
「ド変態の極みじゃないか! 何を代々伝えているんだ勇者の一族は!? それでも光か! 正義か!!」
「大丈夫。君は立派に育てあげるから。そしたらお父さんと結婚しよう」
「おぞましいわ!!」
まだたまごなので毛はないが、魔王は総毛立っていた。
このおぞましさは、確かに魔王を復活させるだけの負の感情かもしれない。
勇者はスタスタと歩き、魔王の間から出ようとする。
このままでは、本当に勇者の娘にされてしまう。
(そして、この勇者(変態)と夫婦になる……!?)
それだけは避けなくては。
魔王は心の中で念じた。
『助けて』と。
すると、その助けに応じるように、勇者が開けようとした魔王の間の門が大きく開かれる。
「……魔王様。お呼びでしょうか」
「おおお! お前は炎王火烈!」
現れたのは、魔王の配下である竜族の王であった。
赤い鱗に覆われた火烈は、火の魔法ならば魔王と比肩するほどの使い手である。
勇者とその仲間達と戦い、破れたものの、竜族の高い生命力により、一命は取り留めていた。
「火烈よ! こやつは勇者じゃ! 武器はなく、仲間はいなくても戦って勝てるとは限らん! 私を連れて逃げるのだ!」
「お任せください魔王様! 必ず助けます! いくぞ勇者! 幻炎……」
「男は邪魔だ退け! このトカゲ男が!!」
「どぎゃぁあああああああ!?」
「火烈ーーーー!?」
勇者は拳であっさりと火烈を叩きのめしてしまった。
「か、火烈が? 嘘だろ!?」
火烈はピクリとも動かない。
完全に意識がなかった。
「ゆ、勇者よ。どうなっているのだ? いくらなんでも、火烈を拳だけで」
勇者は魔王の質問には答えずに、何事もなかったかのようにスタスタと歩いていく。
「……さてと。じゃあお家……いや、マイスウィートハウスに帰ろうねー。ちゃんと寝床も用意しているから」
「い、いやだ! 誰か! 誰か助けてー!!!」
「ははは。元気だなぁこの子は。お父さん。頑張って君を育てるからなー」
「ヒィィィィィ!?」
こうして、魔王は勇者に育てられるために拉致されたのだった。
平和の後の繁殖行動(ヒートエンドラン)に乗り遅れたので、魔王のたまごを育てて嫁にします。 おしゃかしゃまま @osyakasyamama
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます