Episode:1ㅤ『Show Me How』

ㅤ夜は星が消える。この街から空を見上げるといつもそうだ。真っ暗な帳の中には、雲の影に潜むように覗く上弦の月と、視界液晶ビジョンモニターに表示された波打つバイタルサインの虹、日付と共に時を刻むデジタル時計の青、位置情報の緑。ただそれだけ。ダークスカイ条例(※星空保護区による光害防止令)もあったものじゃない。

ㅤ日付と時間を確認すると、《November/2/2430ㅤPMㅤ7:00》と表示されており、その隣の位置情報には『シブヤ道玄坂エリア』と書かれている。その通り、ここは夜の道玄坂だ。大型店舗や文化施設が立ち並ぶ、狭い範囲ながらも商業が盛んな街。

ㅤ車道は混みあっており、似たような外観のEV車がフロントライトを光らせながら、あたかも陳列させられているかのように並んでいる。路上駐車も当たり前に行われていて、道路一面は多種多様に染まっている。中には車内で流れているインバーター音を聞かせる為に、外部スピーカーを取り付け、高周波駆動音を響かせながら走っている車や、サブウーファーから重低音をかき鳴らしながら走る車がいたりと、自動車ディーラーによる膨大なイベントプロモーションのようだ。


ㅤ都会ならではの騒がしい雑踏と、むせるような鉄の匂い。電飾に包まれた都会の風景は、プロテーゼの偽眼にブロックノイズを走らせる。歩く度に聞こえる黒のレザージャケットが擦れる音ですら、不快になってくる程だ。それらを振り払いながら、私は道玄坂のネオン街を歩く。



――『ニューシティ・トーキョー』。



ㅤ西暦2430年現在、先進国NIPPONにおける首都。人口およそ2000万程の商業都市。人々が《アルディノイド(記憶搭載型アンドロイド)》化した時から発足した、グローバル情報グリッド統括システム《PSYBERNETICSサイバネティクス》が、今や社会の中枢だ。各アルディノイドに搭載されたIDや記憶等のデータを保存し、管理する役割を持ったマザーコンピュータ的大規模システム。


ㅤサイバネティクスが提供する、アルディノイド専用相互ネットワーク《P.G.Nサイバネティクス・グローバル・ネットワーク》によるオンラインデータ転送の高速化、グローバリズムの強化により、低コスト化されたビジネスは更なる発展を遂げた。また、高度技術革命により、電波を変換して大量の電力を供給する事が可能になり、PGNは私達にとっての動力源になったわけだが、その実感は数値上のものでしかなく、電波変換時の微小電流によるノイズで電力供給を得ているのが辛うじて分かるほど。実際はどうなっているのかは分からない。


ㅤNIPPONの貿易規模は広まり、商圏の拡大も行われ、多くの人間が稼ぎの為にここに移り住むようになった為に、国内での異文化交流も盛んになっていった。その証拠に、周りを見れば四方八方に異人種アルディノイドが入り乱れながら歩いている様子が伺える。正にカオスそのものだ。


ㅤ街を歩いていると、ホームレスのような人々も見受けられる。ほとんどが保険関係で破産した者たちだろう。300年前のアルディノイド化により、医療の必要性がなくなり、気づけば電機メーカーが権威を持つようになった。元来の保険制度では利益を得られなくなった国は見直しを図り、受給資格があるもののみ公的保険制度に加入出来るものとした。結果、一部のアルディノイドは無保険の状態に陥り、自身の身体の整備の為に高額な修理費を払わされた挙句、路頭に迷う事になる、という流れが大半だ。

ㅤ昔と違い、貧富の差が激しくなった現代では、貧民への差別思想も強くなってきている。ニュースではそうした低所得層のアルディノイドが集まる貧民街や、そこから発展した過激派集団等が度々取り上げられるが、政府は具体的な支援をせず、放ったらかしのまま。

ㅤ過激派の抑圧は出来るが、貧富の差は私達にどうにか出来る問題ではない。『哀れ』だ。自分はどんな目をして、彼らを眺めているのだろう。


ㅤその現状を知ってか知らずか、資本主義経済の象徴のように立ち並ぶ高層ビル群は、それぞれ赤と青を主色としたネオンの外骨格を身に飾り、夜の街を彩る。未来的だが、同じようなデザインの並び。モダニズム建築の真髄だ。斬新で機能的な建築技術革命は、初めの頃は物珍しいが、徐々に誰もが真似をし、当たり前になっていく。そうして新機軸を捨て、コストや無駄を減らし、模倣建築は無計画に量産され、果てはスプロール現象のように無意味に都市が拡がっていくのだ。それに従って、貧民街も増加していく。この街も例外ではない。

ㅤ年月を重ねた結果、多文化都市へと発展していき、今や第二の米国と化したNIPPON。トーキョーに関しては、移民労働者に対して良待遇の為、日系人よりも異人種アルディノイドの方が多い始末。特にアメリカ人の比率が高い。


ㅤ2120年、アルディノイド化に向けての法改正、思想を巡って起きたアメリカ内戦。巷では《第二次南北戦争》と揶揄されている。アメリカは両軍勢共に最先端の近代兵器、主に『軍事ドローン』を攻撃手段として使用。軍事的にも政治的にも甚大なる被害規模を産み出し、約80万人もの戦死者を出した。その後アメリカは『アメリカ国連邦』、『アメリカ共和国』へと分断し、完全に別々の独立国家となった。

ㅤ単にNIPPONへの興味や労働関係で移住を決意した者もいるが、内戦やアメリカ解体による文化の据から逃げるようにNIPPONへ飛んできた者も多く、私もその一人だ。



《NIPPONの新たな移民政策は、グローバリズムが活性化する一方、悪影響も。移民の大量流入により広がる都市範囲の増加、国内労働者の雇用減少、異人種間での暴動、治安崩壊等を引き起こし、法務省、厚生労働省はこの現状を危険視し――》



ㅤ街のあちこちに設置された大型ビジョンから、ニュースが流れている。見慣れたインテリジェントビルからは、カーテンウォールの窓に巨大な広告ムービーが映し出されており、決まり文句のように機械音声を流す。



《『パスピエ』の化粧品は、貴方のシリコンのお肌を美しくコーティングします》



ㅤ化粧品のCMが流れ、女優の顔がアップで映る。まるで人形だ。「生気」のない人形のよう。ポリマー加工されたエピテーゼの人工肌から覗く偽眼の瞳は、光色の信号を煌めかせる。その瞳に視線を送ると、シグナルグリーンの文字列と共に、化粧品の写真が私の視界液晶に映し出された。広告から流れ出した商品の詳細を、私のプライベートLANを通じて受信したようだ。



消去デリート



ㅤ私の思考音声を認識し、視界液晶に表示された詳細が消える。どうやらPGNをオフラインにしていなかったようだ。飛び交う無線ネットワークを通じて流れてくる、関係の無い機械音声まで受信し続けていたらしい。中には、市民無線通信からの電気信号も流れている。その大抵は都市に許可も得ず、違法で裏商売や強請りをビジネスとして行っているような節操がない連中の仕業だというのだから、迷惑極まりない。音声による雑音の嵐である。


ㅤこの世界は、意味の無いものばかりで構成されている。歩を進める度にあちこちから飲食店の宣伝音声が聞こえてくるが、私たちはアルディノイドであり、食事は不要だ。人間のように論理構造的な五感をプログラムされているので、味を感じる事は可能であるわけだが、今の食事は空腹を満たす物ではなく、『味を楽しむ』という娯楽目的で存在している。しかし、体内に含んでも消化したり成分を分解する事が出来ない。その為、私達は食物を体内でミキサーして液体化し、人間のようにそれを排出しなければならない。

ㅤ娯楽目的の食の為とは言え、それを見る事になるのは正直気が引けるし、そこまでして擬似食事行為をしたい者達の気持ちも理解出来ない。


ㅤ喫煙スペースの前を通ると、タバコの煙に溺れながら、アルディノイド同士で談笑している様子が見られる。《娯楽性ディレクテーションプログラム》の賜物だ。人間で言う競走本能や、欲求、愛を引き起こさせるシステム。その中の一つで、エンドルフィンのような神経伝達物質に似たものを発生させる《擬似脳内麻薬システム》により、人間の時に感じていた多幸感や、精神抑制の働きを行う事が出来る。つまり、タバコや酒を摂取して、ほぼ同等の効果が得られるというわけだ。


ㅤ私の服も、本来は装着しなくても良い代物である。所謂「ファッション」。このデータ化の時代に、自身の身体を晒すことに今更そこまでの羞恥心を持つものはいない。記憶内に刻まれた感情はほぼ反映されているが、今の時代、身体ごと精神や記憶データを入れ替える事が可能だ。アルディノイドの身体の在り方にそこまで意味は無い。

ㅤそもそも、アルディノイドを「男女」や「子供」、「大人」に分ける必要も無いのだ。生殖機能、発育機能がないのだから。

ㅤつまり、私達は単に――。



ㅤ『人間』の真似事をしているに過ぎない。



ㅤ私はプライベートLANをオフライン状態にし、外耳道内にあるタッチセンサーを指で触れ、《カルチャーノイズキャンセリング》を起動する。すると、街中の声や都市の機械音だけが遮断され、環境音のみとなった。静寂。やはりこの状態が一番落ち着く。満足した私は、自身の記憶領域ストレージから音楽を再生した。



{ㅤ――ㅤPlay Musicㅤ――ㅤ}


{ㅤ♪ㅤMen I Trust - Show Me Howㅤ♪ㅤ}



ㅤ視界液晶に曲情報が表示される。2014年、カナダで結成されたバンドの曲。2000年代初期のオールディーズなドリームポップは、私の好みにピッタリだった。

ㅤウッドベース調の太いベースサウンドは刺激的というよりは、浮遊感を持ったこの曲を地に足付けさせるようなイメージ。しかしリズミカルで、思わず足取りを奪われそうなほどダンサブルに仕上がっている。彼らにしては珍しい、軽快なギターサウンドが仕込まれているおかげでもあるだろう。何度聴いても素晴らしい。


ㅤクラブでDJ達が終盤で流す曲を『シガレット・ソング』と呼ぶらしい。これは静かで落ち着いた曲を指す言葉で、終盤に至るまで刺激的な音楽を聴いてきた人達への、羽休めのようなものだ。アルバムの曲の構成も、大概『シガレット・ソング』を意識したものが入っている。今流している曲も正にそれで、シガレットのようにダウナー的で、落ち着いた気分にさせる最高の一曲。擬似脳内麻薬システムの出番だ。電気信号によるエンドルフィン的多幸感は私の深層意識を染めて拡がっていき、騒がしい都会と自分とを切り離しているかのような気分に浸らせる。これ程良いものは無い。



《Show Me How(わたしはどうすればいいの)》



ㅤ歌詞が頭へと響き渡る中、『シブヤ東急プラザ』駐車場に入ると、その先には大きなバイクが止まっている。私の愛車だ。多幸感に浸りながら、バイクの目の前まで歩いていく。バイクの元へ着くと、私はハンドルを握りながら乗り込んだ。



ㅤプルルルル♪プルルルル♪



ㅤエンジンをかけようとした時、通信音声を受信した。視界に表示された名前を確認すると《ドワース・ディヴィアート》と青い文字で書かれている。私は音楽を切り、カルチャーノイズキャンセリングをオフにする。



《こちらシアン・アイメイド》


《ザザ……ピー……こちらドワース・ディヴィアート軍曹。大尉、今から戻れるか?》


《何事?》



ㅤ声帯機能全体を震わせているかのような、芯のある低い声。ドワース・ディヴィアート軍曹。彼は同僚であり、私の班の副長。



《"ドッグフード"だ。グリフォンチームの出動要請が出てる。今すぐ作戦会議に参加しろとのお達しだよ》


《了解。すぐに向かう》



ㅤ《ドッグフード》。テロリスト集団、《ヘルハウンド》の検挙作戦の事。

ㅤ最近トーキョーに現れ出したヘルハウンド。少し前にその一部を検挙したが、また新たな残党が現れたらしい。私は通信を切ると、エンジンを動かし、バイクに乗って『基地』へと向かった。

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