第三話 私達三人で
式が終わった後は宴が開かれた。今ここにいるのは華流亞を支持する者だけだから居心地が悪いけど、料理は美味しいからまぁいいわ。
「私が場違いだというのがすぐわかる宴のようね」
華流亞が主役だから仕方がないのだけれども、完全「壁の花」だ。宴に来た人は皆、私を見て目を鋭くし睨み、少し離れると不気味な笑みを浮かべる。正直気味が悪くて仕方ないし、
「あいつらマジで気持ち悪いな。大丈夫かこの国」
どうやら芹も同じ事を思ったらしい。気味悪がって体を縮めている。
「ま、まぁ。私達には関係ないし…」
「でもなぁ、華流亞さんとか心配になるよなあ…」
「あんたまさか華流亞を守りたいなんて言わないでしょうね?」
「んな訳ないだろ」
稷に問い詰められた芹は、首を振り、手をバタバタさ せて、明らかな動揺を見せる
「そうなの?」
私が問うとその動揺は収まり、冷たい霊力が漂った。
−しまった…怒らせた。
「本当にそう思います?俺は王と認めたのも、主人と認めたのも、あなただけだ。」
私の周りに妖特有の冷たい霊力がまとわりつくように漂って離れない。妖も人間も怒らせると面倒臭い。特に霊力値の低い者は、霊力こそ少ないが、扱いが下手な分暴走させやすい
「お願いだから落ち着いて。今日は事を起こしたくないの」
「ハッ!すみません」
近くにいた人が凍り付いた霊力を感じて震えていた。
この二人実は妖で、芹は漆黒の髪に赤目が綺麗な狐で、稷は茶髪で緑の猫目の
どちらも化けるのが得意な妖なので、その存在に気づいた者は未だにいない。私ですら、本当に化けているのか疑うほどなのだから。
この国の人間は妖をひどく嫌う。だけど私は妖が嫌いではない。むしろ人間より好きな方で、私は妖に好かれた王だった。だから余計に人間の民に嫌われた。そう、私達にとってこの国は敵が多すぎる。だから早く出て行きたい。でも、今までは私が妖を守ってきたから、これからどうなるのかわからない。その辺は師匠がどうにかしてくれると信じている。
「瀬兎様!そろそろ宴も終わりますし、旅に出る準備をしましょう」
居心地の悪さを感じていた稷が早く立ち去りたいとでも言うようにそう言った。気を抜くと猫の耳が出てきそうなくらいに目を輝かせながら。
「そうね。夜のお店にも寄って行きたいし」
夜のお店、それは妖が妖のために開く市場のこと。通称を
いよいよだ。この国の結界から抜け出し外の世界へ行ける。そうすれば、きっと私は自由だ。もう誰も私を
私達は一旦離れて、自室に荷物を取りに行った。
「おかしいわ。誰もいないなんて」
私の部屋に来るまでに、誰にも会わなかった。女官達は、宴の片付けをしているけど、宮殿内の護衛達はいるはずなのに…
「とりあえず、外に出て二人と合流しましょう。」
今まで貰った飾りなどを持って部屋を出る。すぐそこまで芹と稷が来ているのが見えた。大声を出すと出て行くこと気づかれるので、重い荷物を持って静かに駆け寄る。
近くまで来たところで、二人が辺りを警戒してるのがわかった。
「どうしたの?」
「悪い霊力の匂いがする。何か起こるだろうから、しっかりついてこい」
「ええ、わかってるわ」
狭い渡り廊下を抜け、大広間の入る手前で芹が止まった。
「足音がするわね」と稷
「あっちからだな」と芹
コソコソと話しているところがたまらなく面白いが、今は声を出してはいけない。
「こっちから抜け出せるか?」
「無理よ。こっちは華流亞の部屋につながっているわ」
「んじゃこっちか」
大広間を避け、宮殿の裏から出ようとしたその時だ。
「あら?瀬兎様ではないですか。どちらに?」
華流亞の専属の女官に見つかってしまった。待ってましたとばかりのタイミング。私達の行動は全てお見通しというわけか。そして彼女は手に短刀を持っている、戦う気満々だ。だがこちらも何も用意していないわけではない。芹も稷もこうなる事は想定済みで、数日前から霊符を用意し続けていた。私はこういう時、役立たずだ。今までは、無能な王として生きてきたから警戒されていなかったが、今朝の祝福で力を示してしまった。芹や稷より警戒されている。まぁ、護衛の二人より高い霊力を持った人間が急に現れたら警戒するのは当たり前か。ならいっそ暴れてやってもいいかもしれない。
「瀬兎様、囲まれているので警戒は怠らず」
私の一瞬の動きを見逃さなかった芹が教えてくれた。暴れてもいいが注意しながらやれよ。という芹なりの配慮だ。確かに囲まれているし、まだ人が集まりつつある。右の一番奥に、華流亞の霊力も感じられた。
「でも何かやる前に、その重い荷物全部、『
「わかったわ」
芹に指示されて、持っていた荷物に目をやった。確かにこれを全て持って逃げるには多過ぎる。かといって今選別している暇はない。私は荷物の中から大きめの布を取り出し、端と端を縛り、背負えるようにした。ここに簡易結界を貼らなければ。
『簡易結界』とは結界術の一つで、かの妖の王が完成させた『
『続け、
よし、これで荷物の準備は出来た。
キイン!
「ここを通せ!」
「お断りする!」
私があれこれやっている間に戦闘は始まっていた。刀と刀がぶつかり合う音がして、すでに何人か倒れている。ここは建物の中じゃないから良いけど、きっと血まみれになる事だろう。
「うっ」
戦闘に慣れていない私は、もちろん人が死ぬのを見るのも慣れていない。というか見たことがない。だから、目の前で倒れている人間の血を見て吐きそうになっているのである。慣れなければ、この先やっていけないと、この時確信した。
「瀬兎様、少しここから離れましょう。芹大丈夫よね?」
「おう!こんなところじゃ死ねないさ」
稷に連れられてその場から離れたけれど、目に焼き付いたあの光景は、思い出すたび吐き気がしそう。
「瀬兎、今すぐにとは言わないけど慣れて。これから先も何があるかわからない。もしかしたら、あなた一人になるかもしれない。もちろん私達だって、貴女を守れず死ぬつもりはない。でも、どうしたって護衛だから、主人より先に死ぬのは当たり前なの。だから貴女も闘って!お荷物の主人は守るに値しない。共に闘ってこその私達三人でしょ?いつだってそうにして来たじゃない。瀬兎は人を殺さなくていい、ただ自分を守れればそれで良いから」
稷は私に優しい眼差しを向け、そう言った
「私は貴女を死守するよ」
そう言いながら私に背を向けた。
まるで今から死ぬみたいな言い方…いやよ、死んで欲しくなんかない。私達三人で旅に出るんでしょ?誰か一人欠けても意味ないのよ。
背を向けた稷は、手を伸ばしたら届く距離にいるのに、凄く遠く感じる。やっぱり、多くの闘いを経験して来た者は違う。私だって剣技は磨いているけど、それでも怖い。傷つくのが怖い。誰かを失うのが怖い。だけど、持っている刀を
どうしたら良いの?今の私が稷の隣に行ったところで邪魔になるだけじゃない!どうして、私なんかがあなた達の主人なの?私じゃなければ、華流亞の護衛なら、こんな目には合わなかったでしょうに…
「瀬兎、勘違いしないでね。貴女を守るのは私の意思であり、あのお方の意思。それにたとえ私は死んだって、あのお方が治してくれるから」
私の思いに気づいたかのようにそう言った。
でも、死んでも治るっていうのが、どういう意味なのか理解は出来ないけど、それなら尚更あなたを死なすわけにはいかないし、こんなところで惨めに死ぬつもりもない!
「稷、ちゃんと私を守りなさいよ!」
「わかっているわっ!」
やっと、稷の隣に立てる勇気が出た。それでも人を殺すのは怖い。だけど、向けられた刀を受け止めるくらいなら出来る。舐められたままじゃ居られないのよ!
「来ます!」
その声で、稷の隣に立ち刀を抜いた。
私の剣技も、霊力の扱いも、師匠が全て教えてくれた。その師匠が時々こう言うの
「あなた自身ではなく、誰かを失わないためにその刀を振りなさい。そうすれば、その誰かもあなたを守る為に闘ってくれるから」と、
これは、かの妖の王の言葉らしいのだけれど、師匠の言伝なのに、その王の言葉には自然と力が湧いてくるし、信頼されていたのだろうなと、想像できてしまう。
私はそんな王にはなれなかったのだと、後悔だけが残ってしまう。でもせめて、芹や稷にとっては、頼れる主人でありたい。例え、人間から嫌われていても、私は間違っていないと証明したい。だから今は闘うの!
「はぁっ!」
人を…殺してしまった。もう後戻りは出来ない。人間に愛されようだなんて、思ってはいない。それでも人間の世に留まり続けていたけど、それももう終わりね。きっとお尋ね者になってしまうもの…
「やるじゃない!さっきまであんなに怖がってたのに」
「当たり前じゃない!私を誰だと思って?」
「やっぱり、貴女が主人で良かったわ」
お互いに強気な笑みを浮かべながら、立ちふさがる敵に刀を振り続けた。何人倒しても、また襲ってくる。この狭い部屋で、多くの死体が転がっているのは、気味が悪いが仕方ない。切って切って切りまくって、きっと答えを探すのだろう。私が、人間に嫌われ、妖に好かれる理由を。
その中で、何人殺すかわからないし、私自身もどれ程傷を負うかはわからない。それでも、誰かの思いを無駄にすることは出来ない。
「っ!瀬兎、危ないっ!」
稷の声で後ろを振り向いた時にはもう遅かった。倒したはずの人間の中に隠れていた者が、私を襲って来ていた。刀を振って倒しても、私が死ぬ。そんな距離にいた。
「死ねぇ!」
そいつが刀を振り下ろしたのと同時に、稷が割って入って来た。
「...くっ!」
背中を切られ私の胸に倒れ込む。それでも力を振り絞り、
「死ぬのはあなたよ!」と、そいつを殺した。
赤く流れる稷の血を見て、やっと気付いた。私は助けられたんだと、稷が深い傷を負っている事を。
「稷!?しっかりして!」
「涙をしまってください。貴女に涙は似合わない。」
その言葉で、やっと自分が泣いているのに気付いた。
あぁ、私は悲しいんだ。こんなに私の事を愛してくれる者は、芹と稷以外誰も居ない。だから今まで、誰が死のうと悲しくなんかなかった。なのに、今私のそばで倒れている者は、私を守るために傷ついた。こんな気持ちは初めてだ。
「ごめんなさい。私が弱かったから」
「いいえ、貴女は十分強いです。恐怖に打ち勝ち闘ったのですから。私はもう、貴女の側には居られないけど、芹が一緒に居てくれますから、そこに居てください。」
それだけ言って、彼女は消えた。パズルのピースが崩れるように、光のカケラとなって
「稷?なんで消えるの?妖は死ぬと消えるの?芹は…」
閉ざされていた扉を開けようとした時
「ダメです!静かにそこに居てください。動かないで」
と、稷の声だけが聞こえた。もう居ないはずの彼女の声がこんなにも、苦しいなんて。
それから、守れなかった悲しみで、また涙を流していた。もう何がなんだかわからなくて、頭の中が真っ白だった。ただ、稷が死んだと言う事実だけが、頭の中に残っていた。
「ここは私に任せて、あんたは瀬兎を」
「でも、貴女一人でここは」
「あんたに出来たんだから、私に出来ないことはない。それに私達はもう、死なないだけが取り柄なんだから」
扉の向こうのそんな会話だけを聞いて、私は意識を失った。
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