風雅の都編
第一話 旅立ち
「はぁ」
和風漂う畳式の狭い部屋の、丸いく穴の空いた窓辺に座り、起きたばかりの私は外を眺めながら溜息を吐いてしまう。
「どうしたんです?ため息なんて付いて」
私のそばにいた、護衛で女官の
「なんでもないわ」
最近、噂で妖の王が生きている。というのを耳にした。
もちろん根も葉もないただの噂話だと誰もが思っていたが、人間達は大掛かりで捜索した。結局見つけられる事はなかったが…
でも今の私は、そんな悠長なことを考えていられるほど、落ち着いてはいない。
「今日が嫌なのはわかりますが、そんなことじゃ幸せが逃げてしまいますよ」
「えぇ…そうよね」
窓辺から離れ、いつもの軽い服に着替える
私の名は
実はこの国の女王なの…幼い頃に国王に拾われて今日まで王族として生きてきた。好きでもない芸事をさせられて、私に求婚してくる者達を振り払って。自分が孤児なのだと聞かされた時は、そりゃ腹もたったわよ。 それでも私は自分を受け入れた。いいえ、受け入れるしかなかった。少なくとも義妹が立派な大人になるまでは、ここに居なければならない。王族の人間として、女王として
「好きでここにいるわけじゃないけど…」
私のことを暗い子だと思う者もいるかも知れない。でもこれは私が好きで暗いわけじゃない。この世界の真理がそうさせているのよ!
だって本当の私は、もっと明るくて活発な子のはずだもの。でも最近そんな私にも会えてないな…少なくとも三年は。
「今日で王になって三年ですね。まぁ、それも今日で終わりですが」
「えぇ、そうね」
今日は義妹の誕生日、そして同時に王交代の日
ガラガラッ!
「瀬兎様!準備出来てますか?」
突然扉が開けられ、護衛の
「ちょっと!急に入ってこないでよ!」
「あ、わりぃ稷。すみません瀬兎様」
「平気よ。もう着替え終わってるし」
「瀬兎様!こいつを甘やかさないでくださいまし」
「瀬兎様が良いって言ってんだから良いだろ!」
突然入ってきたからびっくりはしたけどね…
いつものように言い合いを始める二人を眺めながら、心の準備を始めた。
いよいよだ。これまで生きてきた二十二年間の中で最大の試練。今日は正当な王家の血筋を引く義妹と比べられ、色々言われるだろうが、全て笑顔で受け流そう。この三年間、
「王家の人間ではない者が、王になるなどあり得ない」
とか言われ続けてきたから、作り笑顔には慣れている
「出来ることなら辞めてやる」って言いたかったけどね!
まぁ言ったらどうせ、妹がまだ幼いからそれはダメだって言われるだけだし、面倒臭いから言わないだけだけど…
そんな訳だから私、あまり人と関わるのが好きじゃないの。
「今日は宴か…」
隣にいた芹が嫌そうに言う。
「そうね。瀬兎様の時は宴なんて無かったのに…みんなが次の王に期待してるのね」
確かにそうだった。 みんな、私に向ける目は冷たく、彼女に向ける目は暖かい。 義妹の名前は
「あいつのどこが良いんだよ」
そう。いくら美しくても、彼女の笑みには闇があるの だ。まるでこの世の全てが自分の物だと言うような目。 雰囲気がどことなく妖に似てるけど全く違うそれは、私にとっては恐怖でしかなかった。
今は巳の
もうすぐ戴冠式が行われこの国の王が私から華流亞に変わる。私はみんなの前で華流亞に王の飾りを渡し、最後の祝福を民に授けなければならない。私が王に就任した日、祝福の術を知らなかった私は、集まる民に向けて大きな祝福の術が出来ず、民には期待のできない王として認識されてしまった。
それからというもの、私に声をかけて来るのは、私を利用してこの国の王になろうとして来る馬鹿な男ばかり。彼らは皆口を揃えてこう言う。
「面倒臭い事は俺に任せておけば君は楽になれるよ」
と、ただまぁこういう奴らはある二つの理由により来なくなった。
一つ目は、私の護衛の二人によって罰せられた事。それはもうコテンパンに
二つ目は…
「華流亞様、今日からこの国の王ですね。あんなに小さかったのにもう王様かあ」
あぁほら、また声をかけてる。二つ目の理由はね、私より華流亞の方が美しかったからだ。確かに三年前は、もっと子供っぽかったから可愛かった。彼らの趣味が正しいことだけは認めよう。でも今は…
「誰ですか?ずっと前から見ているよと言っているようで気持ち悪いです。」
ツンツンした感じが出てきている。恐らく私より冷たい。華流亞も緊張しているのか、いつもに増して冷たく当たっている。
「お姉様!緊張をほぐすにはどうしたら良いですか?」
そばで見ていた私に気づいて駆け寄ってきた。
「そうねえ。外で空気でも吸ってきたらどう?」
私はなにを言ったら良いのか分からず、でも知らないというわけにもいかず、適当な事を言ってしまった。正直、緊張なんてしたことがなかった。今までは自分が主役だと言い聞かせれば、人の前に立つのはそれほど苦ではなかったから。
なのに…今日の主役は華流亞だからってだけで、こんなに心が落ち着かないなんて
「一人で行くのは怖いです。お姉様も一緒に」
「…えぇ、わかったわ」
二人で大広間を出て外へ行き、縁側に腰を下ろす。
華流亞私の事を「お姉様」と呼ぶ。でもそれは多くの人の目がある時だけの話。私達と私達の護衛だけの時は、
「ねぇ瀬兎、今日であなたの役目は終わりね。今までありがとう」
私の事を「瀬兎」と呼び捨てにするときの彼女の声は、ひどく嫌味の混じった、私を見下すような声。身分を考えれば当然の事、だから私は気にしない。でも芹と稷はそれを聞いていると彼女を殺したくなるような怒りが湧いてくるようで、少し遠くで聞いている。
今も怒りを必死で抑えているのがすぐわかる。芹は腰に挿した刀を取るまいと、右手が身体の前で震えているし、稷は芹より行動に出やすいので、もはや神経を
「瀬兎はこれからどうするの?まさか王じゃねくなるのにここに居るつもりじゃないわよね?」
まるで、早く出て行けと言っているようだ。でも、こんな事を言われるのはわかっていた。だから私は
「この国を出て旅に出るつもりです」
この国とも、嫌いなこの子とも今日でおさらばだ。この国さえ出てしまえば、私の事を知らない人たちの中で、新しい人生を歩む事だって出来る。国を出てどこに行くかは決まってないが、それは後で決めても問題ない。
「そうなの…楽しい旅ができると良いわね。」
華流亞は笑っているが、私には裏があるようにしか見えない笑みだった。まるで、この国からは出さないとでも言うような。だから今は無事に逃げ切るが先決。そのためには夜だ。
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