12月14日【手紙】
川沿いに並ぶ民家は、どこにも明かりがありません。誰もいないのでしょうか。それとも、みんな寝ているのでしょうか。
相変わらず、川は流れ続けていますし、柳はざわざわなびいています。ゆうちゃんは歩いていますし、ミトラはゆうちゃんの肩の上。
どこまで歩いても、なんにも変わりばえのしない、夜の街。
そこに変化が訪れたのは、川が二股に分かれる地点でのことでした。
赤い光が、ぽつん。
『あっ、これ知ってるよ。これは郵便屋さんのマークだよ』
ミトラの言う通り、白く光る看板に、赤いビニルシールで、郵便マークが描かれていました。
郵便局の建物にも、やっぱり明かりはありませんでした。看板だけが、時々息切れをするように点滅はするものの、赤く存在を主張しています。
だけど、なんだか物足りない感じがします。なぜでしょう?
ゆうちゃんは、すぐに気が付きました。郵便局のそばには、郵便ポストがあるものです。だけれど、この郵便局の周りには、どこを探しても郵便ポストがないのです。
郵便局は真っ暗。郵便ポストもない。これでは、手紙が出せません。
ゆうちゃんとミトラが困っていると、「もし、もし」と声をかけるものがありました。
それは、川べりの、柳のかげに立っていました。丸くて細長くて赤いもの。
「あ、郵便ポスト」
ゆうちゃんが言いますと、郵便ポストは直立不動のまま会釈をしました。なんとも器用なポストです。
『ホントに郵便ポスト? 郵便ポストはね、四角いんだよ』
ミトラは、疑わしげな目で郵便ポストをじろじろ見ます。
「はい、ええ。そういう姿のものが、今は一般的でありますな。自分は、まあ、半分隠居の
郵便ポストは、どすんどすんと飛び跳ねて、元あった場所……つまり、白と赤の看板の、そのすぐそばにおさまりました。
「して、お嬢さんがた。手紙をお持ちですかな?」
いいえ、とゆうちゃんは言いました。ないよ、とミトラも言いました。
「なんと。それでは手紙をお書きなさい。どのような場所であろうとも、どのような相手であろうとも、爺いが届けてしんぜましょうぞ」
『ほんとう?』
「本当ですとも。ほら、あちらの台に、便箋と鉛筆がありますゆえ。さあさ、お嬢さんも、お書きなさい」
そういうわけで、ゆうちゃんとミトラは、手紙を書くことにしました。
だけど、誰に向けて、何を書きましょう?
悩んでいるゆうちゃんとは対照的に、ミトラは小さな体をいっぱいに使って鉛筆を支えて、すらすらくねくね書いていきます。
「誰に宛てた手紙?」
ゆうちゃんが尋ねますと、ミトラはフフフッと笑ったあとで、『ゆうちゃんだよ』と言いました。
「わたし?」
『うん。ゆうちゃんに、お手紙書いてるの』
HBの鉛筆は、ミミズののたくったようなぐねぐねの線を、どんどん生み出していきます。
『ゆうちゃん、こんにちは、おげんきですか……』
だったら、ゆうちゃんもミトラに手紙を出したいな、と思いました。
こ、ん、に、ち、は。便箋の横線に沿って、ゆうちゃんの丁寧な字が並んでいきます。とっくに手紙を書き終わったミトラは、ゆうちゃんの手元を覗き込みます。
『ゆうちゃんは、誰に手紙を書いてるの?』
「ひみつ」
『えー、いじわる。でもね、ふふふ、知ってるもんね』
ミトラは、ひそひそ声になって、『ぼくでしょ?』と言います。ゆうちゃんは、わざとそっぽを向いて、「さあね」と言いました。
そうすると、ミトラはちょっと不安になったような上目づかいで、『ぼくだよね?』と言いましたので、ゆうちゃんは意地悪するのはやめて、「そうだよ」と言いました。ミトラはニッコリ笑って、ゆうちゃんの手の甲を、こしょこしょくすぐりました。
「さあさあ、お嬢さん、目玉さん。書き終わりましたらば、封筒に入れて。のりはそちらにありますよ。切手は、ほれ、柳の葉をお貼りなさい」
郵便ポストの言う通りに、ゆうちゃんとミトラは、封筒に柳の葉っぱをぺたりと貼りました。
「はいはい、それでは、爺いの口に投函なさい。どこへでも、誰へでも、届けてあげますからね」
コトン。ストン。とても控えめな音がして、「ふむむん」と、郵便ポストが満足げに唸りました。
うきうきして、そわそわします。
いつ届くかしら。もう届いたかしら。もう読んだかしら。いつ返事が来るかしら。
手紙を出すというのは、くすぐったい気持ちです。
『いつか、どこかのゆうちゃんに、ぼくからの手紙が届くんだね。楽しみだね』
郵便ポストにさよならをして、二股に分かた川の、左の支流沿いを歩きながら、ミトラがしみじみと言いました。
『いつか、どこかのぼくにも、ゆうちゃんからの手紙が届くんだね。素敵だね』
「うん、素敵だね」
ミトラからの手紙は、いつ届くでしょうか。その時、ゆうちゃんはどこで何をしているでしょうか。
まだ、ミトラと一緒に夜を旅しているでしょうか。それとも、全く別の場所で、全く別のことをしているでしょうか。
でも本当のところ、ゆうちゃんは、その日が永遠に来なければ良いと思っているのです。
うきうきそわそわして、明日が楽しみで仕方がないということ。夜、眠りにつく前から、朝になって目が覚めることが、待ち遠しくてたまらないということ。
それはきっと泣きたくなるほどに得難く、幸福なことなのです。
だからゆうちゃんは、この先ずっと永遠に、手紙を待ち続けたいと思ったのでした。
今夜の夢は、ここでおしまい。
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