② もうダメだ、シュレッダーの刑

地球たちは、

 階段を登らされた。

一段一段、上がるごとに心

 が揺れた。デーヴァペルムが

   やられた。仲間が殺された。ここが旅

の終点なのだ。地球は戦う意思をそがれてしまった。どうにかなる、きっと助かるという淡い希望も一段一段消えていく。またしても、夢は叶わなかった。夢なんて、所詮夢なんだ。夢のままなんだ。決して手の届かない。夢みるだけの人生。階段を登りきったときには、すでに覚悟ができていた。眼前には古代文明レーマンが広がっている。眼下にはごうごうと稼働する、無数の刃がぎらぎらとついた処刑用シュレッダーが大きな口をあけて待っていた。地球は目を閉じた。うしろからシュメールの声がした。

「安心せよ。死にはしない。みじん切りみたいに切り刻まれることはない。そのシュレッダーが切り刻むのはただ一つ、〈希望〉だ! そなたらはこれからシュレッダーにかけられ、夢も希望も挑戦心も失ったもぬけの殻となり、自我を捨てた余の奴隷へと生まれ変わるのだ。さあ、物語のラストシーンだ!」

 白紙たちが地球を落とそうとした。ゴゴゴゴゴゴゴと音がする。〈シュレッダー〉、これに切り刻まれれば、個性も特徴もなんもないありきたりなやつ、まわりに埋もれて見えなくなるステレオタイプなやつ、周囲の意見に流されて生きてるやつ、自分の意見をもたないやつ、いいように使われて用済みだと捨てられるA4のコピー用紙みたいにありあまるほど替えがきくようなやつ、になってしまうのだ。それだけはいやだ!

 オルドビスがこれまで聞いたことのない怒りの声で言った。「おぬし、陛下を裏切るのですか!」

「オルドビス、ああ哀れなオルドビスよ」シュメールは溢れんばかりの慈悲の目をオルドビスに向け、「おまえの仕える王は、余の王ではない」と吐き捨てた。「さっさとやれ」

 白紙たちが地球たちの背中を蹴ろうと構えた。地球はぎゅっと目を閉じ、観念した。ここまでか。オルドビスもデボンも著者であるぼくでさえ、そうおもった。だが、こいつは違う。となりのエンヘドゥアンナが言った。

「だれがこんな退屈平凡小説なんか読みたいのよ」

「エンヘドゥアンナ。そうはいっても」地球がいった。

「でももマゼランもヴァスコ・ダ・ガマもないのよ。読者は楽しい話が読みたいのよ。諦める主役なんて求めてないのよ」

 なんでこんな展開になったんだろう。

「著者、あんたもあんたよ。こんなだれにでも書けるような小説で甘んじてるんじゃないわよ。読者っていうのはきっと、奇想天外で、この本でしか読めないような個性的な話が読みたいのよ。さっさと書きなさい」

「さっきからなんだそなた。ニンゲンごとき分際で、処刑シーンを邪魔するでない」シュメールが口を挟んだ。

 エンヘドゥアンナはそれを無視して続けた。

「地球、あんたがここで死んでいくなら勝手にしなさい。あたしはここから脱走して、あたしが代わりに主役になるわ。著者もこんなつまらない物語で満足してればいいじゃない。あたしは著者なんていらないわ。自分の人生くらい自分で綴れる」

「いい加減にせよ!」シュメールがエンヘドゥアンナに近づき、ぐいっと自分のほうを向かせた。「余を無視するとはな。とんだ大馬鹿ものだ。類人猿よ」

「エンヘドゥアンナよ。失礼しちゃうわね。あたしは主要登場人物よ」

「は! エンヘドゥアンナ! 二つとない稀有な名だ」シュメールがいった。

「どっかのバカが名付けたの。どういう意味ってあたしは訊いたわ。そしたらそいつはこう言った。『いつかわかるさ』」

 △帝は地球をちらっとみた。

「いまがそのときよ」そう言い放つやいなや、エンヘドゥアンナはシュメールを振りほどき、自身の名に隠し持っていた【"】を掴んで、敵にむかって投げた。

 はっとしてシュメールが叫んだ。

「句読点爆弾だッ!」叫びと同時に、爆発が起きた。

 ※

 シュメールも白紙人間も吹き飛んだ。

「いまよ!」エンヘトゥアンナの合図で全員が駆け出し、「それえ!」と処刑場から大空へ飛んだ。

 ひゅおっと天空を舞い降りる。真下にはシュレッダー。

「見たかこの野郎! そうさ! こんなとこで諦めるわけにはいかない! 全宇宙を生命で満たすまでは!」大空を舞いながら地球が叫んだ。「ありがとよエンヘトゥアンナ!」

「礼は逃げきってからにして」

 みんな、真下にシュレッダーだってば!

「ただちに脱出計画に移行する!」オルドビスが皆に言った。

「そうこなくっちゃ!」デボンは空を舞いながら指笛を鳴らした。すると空の彼方からウドイカッホが飛んできて、シュレッダーぎりぎりのところで地球たちを背中に乗せた。「間一髪だぜい! ありがとなウドイカッホ!」

 煙からがばっと這い出たシュメール。

「なにしてる! つかまえろ! はやく追わんか!」

 処刑場からシュメールの怒号が聞こえてきた。

「はやく逃げないとやばい」とウドイカッホを駆りたてる地球を、

「でも壁がありますぜ!」デボンが制した。

 地球たちの行く手には到底越えられそうにない巨大なオーロラが立ちふさがっている。城から白紙人間たちがやってきた。「一二時の方向! 逃走者確認、捕縛する」

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