魔法

小林快由

第1話 ~Ⅰ~

 西暦200Ⅹ年、東京都風凪町。東京都の西部に属する郊外の小さな町が、自分たちの暮らしている町だ。人口約二千人程度、駅前には前時代的なモチーフがちりばめられた細やかな商店街がある。

 ローカル線から途中で乗り継ぎ、そのまま新宿まで中央線一本でいく事が出来るこの立地は、都心から離れたこんな場所でも、自分たちは東京都民なんだという、微かな優越感を持つのに一役買っていた。

 

 町には、高校が公立と私立の二校が存在し、公立の風凪高校に自分は通っている。



 現代文の授業中、先生が教科書を読みながら、こちらに語り掛ける。


「え~、それでは、1968年、この年に日本文学界において、大変名誉な事があった訳だが、誰か分かる者いるか? 秋山どうだ?」

 

 指名されたお調子者風の生徒が、軽く悩む素振りを見せた後、答える。


「ん~、ペリー来航?」

「そうか、そうか、日本はまだ鎖国が解かれて100年も経っていない訳か~、って、バカヤロ! 文学と関係ねえだろ! いいか! 1968年、この年川端康成が、日本人で初めての・・・」

 

 まるで、漫才の掛け合いのようなやり取りに教室が沸く。そんな中、俺は一人、教室の窓から見える、真っ青な空を眺めていた。


 藤堂ユウスケ。この平凡な名前が自分の名前だ。風凪高校の二年生で、野球で甲子園を目指している訳でもなく、難関大学を目指している訳でもない、至って、平坦な日々を過ごしている陰気な学生だ。

 客観的に見て、こうも暗い雰囲気を醸し出している自分は、クラスの中で、どこか浮いていた。

 

 現代文の授業が終わり、教室を出て、いつも、お昼の時間をつぶしている屋上に向かおうとした所、出会い頭にぶつかりそうになった。


「あ、すいません」

「いやいや、大丈夫だ。こっちこそ確認不足で済まないな」


 相手は、社会を主に担当している白川先生だった。すごく生徒に好かれている訳でもなく、嫌われている訳でも無い、印象がどことなく薄い先生だ。俺は、ぶつかりそうになった事へのお詫びをこめて、再度頭を下げ、そのまま屋上に向かった。



 浅井ユキ。少し赤毛かかったショートカットの髪型、目元がクリっとした童顔で、身長は俺より10cm低い160cmぐらいだった。最初の出会いは、小学校の時で、たまたま隣同士の席になり、そこから仲良くなった。家もなんだかんだ近いこともあり、そのまま、同じ中学校、同じ高校に進学した仲だった。

 

 中学を卒業するかしまいかの頃、同じ高校への進学を決めた事を機に、俺は浅井に告白した。その時、浅井はひどく慌てていて、その日中には、返答をもらえなかった。

 翌日の放課後、学校からの帰り道、浅井は頬を高揚させ、すごく恥ずかしそうにしながら、OKの返事をくれた。とても幸せな気分だった。その時だけは、世界中で誰よりも自分は幸せ者だという、根拠のない自信を持っていた。


 だが浅井は、今、この世界のどこにも存在しない。友達から恋人という関係になった二人の時間は、1年も続くことはなかった。想いを伝えた事には、今でも、後悔の念がこみ上げる。たとえ想いを伝えたとしても、その相手がこの世から消えてしまえば、こんなにもつらい気持ちになるのか、と思い知る。


 こんな事になるなら、想いなんて伝えなければ良かったのかもしれない。

 

 昼休みの屋上で、朝から続く6月の快晴の空を眺めながら、俺はそんな物思いに耽っていた。

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