加害者である名探偵は殺されて欲しい♡
keimil
プロローグ 『主人公と脇役』
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私がパートナーとなる探偵と出会ったのは数年前。
太陽が、すべての景色を血のように染めあげる夕暮れだった。
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「犯人はあなたです。」
クラスメイトが殺された司書室で名探偵を名乗る“主人公”は私の方を睨みつけながら言った。
私は、聞き慣れた、或いは、読み慣れた、『名探偵の言葉』が自分に向かって放たれたことを他人事のように聞いて、ただ探偵をみつめていた。
私を事件の犯人だと告げる探偵の所作は--告げられた私が言うのもなんだが--華麗で綺麗で艶やかだった。
トレードマークのブランドもののタキシードと、金色に輝く長髪を束ねた姿は見とれるほどにかっこよかった。ロシア人の血をひくという青い瞳はただ、海のように深く輝いていた。
探偵の推理はいつも、考えにあふれていた。それは、幾多の難事件を解決してきた今までの実績が示していた。
だから、周りの者は探偵に期待する。
次もきっと解決してくれると。
だから、私は探偵に絶望する。
その推理は覆せないと。
探偵の推理はそういった類のものだった。
そうして、十畳ほどの部屋に集まった七人の容疑者たちは、名探偵クレナイの「パーフェクト」と言われる推理の続きがいつも通りに始まるのをいまかいまかと待っていた。
そうして、探偵のパーフェクトな--自分が犯人でないことを知っている私でさえ穴を見つけられないような--推理が始まった。
いつものように髪の毛一本も逃さない洞察力が、この事件を丸裸にしていく。探偵の推理は論拠がはっきりした論理的なものだった。それでいて事件の隅々まで考えがいきわたる緻密なものでもあった。
私が犯人である状況証拠・動機を、まるで事実を語るように淡々と述べていく。
「まず、犯行に使われたトリックですが、ワイヤーを使った極めて古典的な方法と言えるでしょう。…これをできたのはあなたしかいません。」
「次に、動機についてです。被害者とあなたはある共通の趣味を持っていました。」
そこで、探偵は言葉をためて核心に切り込んでくる。
「その趣味とはつまりミステリーです。あなた方は。いえ、あなたは大のシャーロックホームズ好き。所謂シャーロキアンだった。違いますか?」
探偵が問いかけるが返事はできない。
私は自分が犯人と言われたこと、その推理を否定する根拠が見つけられないことの二重のショックをすでに受けていた。
古くなって埃臭いクーラーの風でなびく、探偵を主人公たらしめる金色の輝きをただ、茫然と見つめていた。しばらくして、辛うじて首をたてにふることができた。
私は何も言えなかった。
私が何も言わないことをいいことに自信に満ちた態度でその名探偵は続けていく。
「いえ、結構。答えてもらわなくても大丈夫です。すでに警察には裏付けを済ませてあります。そして、ある時マニア垂涎のシャーロックホームズの初版本をあなたは手に入れた。それを自慢するように彼に見せつけた。それをみた彼は友達にそのお宝を自慢したいのでこっそり貸して欲しいといった。その時はまだ、彼のことを信頼していたあなたはあろうことか、彼にかしてしまった。ところが彼は一向にそのお宝を返してくれない。私の調べでは三ヵ月も借りたままにしていたそうですね。あとは、皆さんも分かりますね?」
クレナイは容疑者から解放された人たちをみる。
そして、彼らが分かったことを確認して推理を続ける。
「それで、業を煮やしたあなたは彼を問い詰めたのでしょう。ところが彼はそれを知らぬ存ぜぬとあなたを突き返した。それでカッとなってやってしまったのでしょう。すでにあなたが犯行現場のこの司書室で怒鳴っていたという証言もいくつかでています。これと、先程の推理を合わせれば、パーフェクト。私の推理は以上です。」
綺麗に整った顔立ちをもつタキシード姿の探偵はそう言って真っ赤なワインを口に含んだ。クレナイが血のように赤い果実酒を飲むことは事件の終わりを告げる儀式だった。
まるで自分の仕事のできを味わうように真っ赤に透き通る液体をゆっくりゆっくり飲み干していく。
「い、いや私は、、、」
それを見ながら何とかその言葉が出た。名探偵が決めつけた“終わり”に対する抵抗だった。
自分が犯人でないことは知っていた。
だから、『それを皆に信じて欲しい。』
そう思っていた。
声を出そうとした。
けれど、名探偵クレナイの推理に穴が見当たらない。それに周りを見渡すと関係者の人たちも納得してしまっていることが分かってしまった。仲が良くて、お昼休みにはいつも一緒にご飯を食べていたクラスメイトの紗栄子ですら怯えたように殺人のレッテルを張られた私を見ている。
だから、明確な否定の声は出せなかった。
私の精一杯の抵抗の証明はかすれた声だった。
否定とも分からない言葉を出すことしかできなかった。
もちろん、そんなことで状況は変わらない。犯人と言われた人のかすれた言葉よりも、名探偵の確信に満ちた言葉の方が遥かに影響の大きいものだった。
すでに犯人が見つかったことに安堵する弛緩した空気が漂っていた。ここから自分の意見を通すことが困難なことがわかる。
分かってしまう。
どうして、犯人の言葉が、名探偵の言葉に勝つのだろうか?
不安からくる幻聴だろうか。
「あんな優しそうな子が人殺しなんてねぇ。」と言う悲哀を装った担任の安堵の声も聞こえいた気がした。
私は
「自分が犯人じゃない」
と叫ぶことすらできない無力な脇役だった。
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