第9話 デートと言えばのお約束

「面白かった~!」

「ほんとだよ。俺、思わずうるってきてたもん」

「私もだよ。こんなにいいとは思わなかった」

「目が赤いけど大丈夫か?」

「うん。大丈夫。だけどちょっと涙腺に来ちゃったかも。年かな」

「その年で年齢について言うんじゃねえよ。俺の涙腺はどうなってんだって話になっちまう」


 確かに良かった。良かったが、泣くほどまでにはいけなかった。それがこんなので泣くのか? と思う気持ちとこれで泣けるっていいな。と思う俺がいた。


 俺はこの映画見ても泣かないクールな男なんだぜ? っていう気持ちと、この映画に泣けるほど心を動かされる何かがあったのは素敵なことなんじゃないかと思うようになっている。


 昔は前者の気持ちが強かったのだが、最近はどちらかと言うと後者の方が強いような気がしてきた。


「でも、そうやって泣けるっていいな」

「そう?」

「ああ、正直羨ましい」

「そうなの? ワサビいる?」

「その涙はいらねえよ。てか何でそんなの持ってるんだ。仕舞え」

「ふふ、笑った笑った。これはペンだよ。流石に普段からワサビを持ち歩かないって。ワサビ農家じゃないんだから」

「おい待て、それを言ったら俺達だってキャベツとか持ってないとおかしいだろうが」

「私ニンジンなら持ってるよ?」

「嘘だろ? どこで使うんだよ」

「お腹が減ったら食べるんだよ」

「お馬さんかよお前は」

「お馬さんじゃ無くても食べるって。おいしいよ?」

「ニンジンは別腹に入らないから」

「そうなの? 美味しいのに」

「さっきポップコーン食ったろうが」

「そういえばそうだったね」


 俺達は歩きながらそんな話をする。そして話はさっきの映画の良かったところ悪かった所の話になって大いに楽しんだ。ただただデパートの中を歩いているだけなのにウインドショッピングをしているだけでは無かったのにかなり話してしまった。


「おっと話過ぎちまったな。どこか行きたい服屋があったんじゃないのか?」

「あーそうだったけど。別にいいかなって思い始めちゃった。こうやって歩きながら話してるのも楽しいし」

「買い物しながら話せばいいんだから一石二鳥だろ? 折角来たんだ。行こうぜ」

「うん。分かった」


 俺達は階を移動して彼女が行きたがっている店に到着した。その店は若い子向けの服屋であるのだが、こういう所の常として男の俺には入るにはハードルが高い。


 ラノベやアニメで知っていたがいざ自分が体験すると確かにちょっとこれはとなってしまうな。


「何やってるの? 行こうよ」

「お、おう」


 俺が躊躇っても彼女は待ってくれない。俺も仕方なく入るがピンクや水色、黄色や白色で目がちかちかして来る。もうちょっとダークグレーとか黒とかの色ってないのだろうか? おじさんになってくるともっと落ち着いた色があってもいいと思うんだ。


 彼女はそんな中を見て回る。その目は真剣にどれがいいか、どちらがいいかを見比べていて、畑仕事をしている時にはどんな表情は見たことがなかった。それだけこの服への思いは強いのだろう。


 それから暫くして彼女もある程度の選択肢が決まったのか二つの服を持って俺に尋ねてくる。


「ねぇ、どっちがいいと思う?」

(来た!)


 俺の内心の声はそれだっただろう。これが女性とデートに行った時に必ず発生するというものだろう。これでもしも俺が間違った選択肢を取れば彼女からの視線はドブネズミを見るようなものになり下がり、これ以降のあだ名もドブネズミと呼ばれるようになるだろう。


 それだけで終わればいいが、彼女と別れてからドブネズミマジで有り得ないセンスなんだけどみたいな話を周囲一帯、この場合だと彼女の家族や消防団の人に言いふらされるだろ。


 そうなればどうなるか? センスのない塊として一生服をジャージで過ごすことになるかもしれない。


 彼女が提示した選択肢は黄色いものと水色のもの。柄が少し違うワンピースで俺にはどちらも似合うようにしか見えないが、きっと彼女の中では天と地ほどの差があるのだ。


 エスパーではない俺にはそのことは分からない。だが、ここでどっちも似合うよ? という選択肢は最悪なためそれも選べない。だからこそ完全な50%50%の2択を当てねばならない。


 彼女のことについて頭を巡らせろ! 光の速度を超えて思い出せ!


「み、水色がいいんじゃないかな」

「……」


 どうだ!? 正直色々考えた結果どっちも彼女の好きな色だし柄も好きなものってのを言っていた気がする。だからどっちが正解で地獄か分からなくなった。かと言って選ばない選択肢はまずない。当たってくれているといいが。


「やっぱりそう思う?」

(よっしゃああああああ!!!!)


 俺はこころの中で両腕を掲げコロンビアのポーズを取る。この時ほど合っているポーズもないだろう。


 彼女は嬉しそうに服を自分に合わせて鏡を見ている。そして俺の視線に気付いたのか振り返って来た。


 変な想像がバレたか!? と思ったが違った。


「ちょっと着てみるね。待っててくれる?」

「あ、ああ。もちろんさ」

「何その言い方。行ってくる」

「気を付けてな」

「すぐそこだよ」


 彼女はそう言って試着室の中に入っていった。俺は近くにいるべきか、遠くに行くべきか悩ましく感じたが、見せてくれると言っていたんだし流石に遠くに行くのはちょっと。だがしかし、余り近くにいすぎるのは彼女の着替える衣擦れ音が聞こえてまずい気しかしない。


 俺は近すぎず遠すぎずの距離でただただ立ち尽くしていた。


 それから数分経った頃に彼女から声がかかった。


「ちょっと来てくれない?」

「分かったー」


 そう言って彼女がいる向こう側にいる所まで来る。この布一枚向こうに彼女がいる感覚はどうにもドキドキするといっても過言ではない。


「ちょっと助けて欲しいんだよね」

「いいけど、何をすればいいんだ?」

「取りあえず中を覗いて」

「!!!???」


 俺は混乱の極致に叩き込まれた。正直どうなっているのだろうか? 覗いて欲しい? 意訳すると中に入って欲しい? もしかしてこういったところでそうするのが彼女の好みだったのか? 人前か? それとも外か? だったら畑とかもいいんじゃないのか? 野菜に囲まれながらの大自然でとかどうなってるんだ!? といった事が頭の中を駆け巡った。


 しかし、体の俺は正直で、混乱しつつも素直に衣装室のカーテンを開けた。


「……躊躇いなかったね」

「開けろと言われましたから」

「せめてもうちょっと閉めてくれない?」

「ああ、すまん」


 俺は少し閉めて入り口が自分の体で完全に隠れるようにする。


 しかし、中はちゃんと見えるようにする。なぜなら相手が言ってきたのなら問題ないから。そう、問題ないはずだ。


 俺は中を見るが中の彼女は俺に背中を向けた状態で止まっていた。しかし大事なのはそこじゃない。そこじゃないんだ。彼女は着替えている途中だったんだ。


 彼女はさっき俺がこっちがいいって言っていた服を着ている、途中だったのだ。その服はほとんど着終わっている。着終わっているが背中のファスナーが上がり切っていないようだった。その背中にはブラの紐も見える。


(黒……)


 彼女の大人びたセンスに驚愕しつつも俺は俺は何とか平静を装う。ここで弾けてしまえば取り返しがつかないだろう。


「ちょっとファスナーを上げてくれない?」

「……いいのか?」

「良くなかったら言ってないよ。他の人に見えない様にだけ気を付けてね」

「わ、分かった」


 俺は彼女の背中に手を伸ばす。そしてファスナーをつまむ。


「上げるぞ」

「いいから早く」


 俺はファスナーをゆっくりと上げる。彼女があげられないと言っていたのだから強く引っ張って壊さない様にと気を付けてやった。という名目で彼女の背中をじっと凝視しながらゆっくり、ゆっくりと上げる。彼女は少し緊張に体をこわばらせながらも受け入れてくれていた。


 少しずつ少しずつ上げていく。

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