始業式、校長
「えー夏休み前に言っていたことは覚えているでしょうか。三つのA、安全、遊び。あと一つ何を言っていたか覚えていますか?」
体育館の中、始業式の校長の話を諦めを背負いながら聞き流す。子犬が吠えるようなものかもしれない、長話というのは。そもそも高校生というガキ何百人と教師何十人を束ねなければならない職業だ。
しかし校長とて所詮は人間。となると従わせるにはそれなりの能力や権威が必要になる。例えば生徒を感心させるような演説という能力や、あるいはマイクで全校生徒に対し上から語り掛けることで示す権威だとか。
「23個目のダンジョンは現在消滅傾向に向かっていて実質世界のダンジョン総数は25個に現象しています。しかし我々が迷宮を攻略するという行為は極めて世界にとって有益なものなわけです。そう、明日。明日を見据えて動いてゆく必要が」
長話が怠い事に変わりはないが。まあ聞き流すだけですむのであれば安い者なのだろう。名前順で並んでいるため前の席にいる大山の巨大な体がこくん、こくんと船をこぐ姿が見える。……見てると俺まで眠くなってくるので勘弁してほしい。
「今学期より編入生が二人入ります。一人は2年A組に、もう一人は1年D組です。皆さん彼女たちを歓迎してあげてください」
校長がそう言うと体育館中がざわめく。二人、この時期にこの学校に。かなり倍率も高いこともあり原則としてこの学校に転入が叶うことはまずない。それが通っているということはかなりの実力者。その人物がこの学校を卒業したということに意味を見出せるくらいの何かがあるということだ。
例えば琴音。もうすでに上位の冒険者でレベル200オーバーの天才。それに近いような人物がもう一人いるのだ。
夏の蒸し暑い熱気と生徒たちの興味の熱により空気がより熱く感じられる。そんな空気に冷や水をかけるよう校長は言葉を続けた。
「ああ、あと27個目のダンジョンを破壊した生徒についてです、彼は本日より登校しますが色々あるようなのでむやみに騒ぎ立てたりしないであげてください」
……完全に腫物扱い。まあSATやらなんやらで面倒な事になっているので言い返せる言葉はない。実際校長も警察や色んな所への対応に振り回されていたらしいからなぁ。
だが生徒たちにはそんなことは関係ないらしくあちらこちらからひそひそと声、俺の周囲を彷徨い焦点をぴしりと定める視線の槍が現れる。「本当にステータス見えないぞ……」という声が3年生の冒険者コースの方から漏れてきていた。
体がこわばる。迷宮からレイナさんを連れて出てきた時もそれなりに緊張したが、その時は意識が戦闘の高揚感で空に飛んでいたからだ。冷静な状態でこの視線の数は根本的な恐怖を感じてしまう。
「というわけで以上で話を終わります」
「起立!」
が、それをするりと校長先生が話を終わらせ起立という動作に意識を持っていき視線は遮られる。校長先生、なんだかんだ面倒な奴が学校によりつかないよう色々配慮してくれる面もあるのだった。子犬がどうとかクソ生意気な事を言ってすみませんでした、と心の中でも頭を下げながら俺は周囲に合わせ起立した。
「よーし新学期だ。ようやくクラス全員が揃って先生は嬉しいぞ!」
嬉しいのはあんただけだろ、と相も変わらず熱血の担任教師を見ながら思う。彼の中では劣等生が夢に向かって大きく躍進、ちょっと周囲とすれ違っていたけどこれから一気に融和!なんてストーリーが出来ているのだろう。
ただ現実にいるのは嫌がらせに対し恨みを持つ俺と、後ろめたくて俺を無視したい他大多数だけである。しーんとなった空気にえ、と戸惑いを見せながら担任は話を続ける。
「そして新しい子がクラスに編入してくる!入ってきて、ほら!」
狭い教室の中の視線が扉に集中する。そこから出てきたのはまあ知っての通り糸井川琴音だ。しわのない制服姿と若干不安そうに、それでも堂々としている姿は正にイメージ通り、といった姿だが大山ビル椎名の三人が一気に動揺しだす様子が背後から見える。
あー中指突き立てられたもんなぁ。挙句の果てにあの事件にいちおう巻き込まれた当事者ではある。政府、こいつら記憶処理とかしなくてもいいのかよ……と思ったが記者が最速で取材を行った対象の一人が彼らであり今さら消しても意味が薄いのが真相だったりはする。
「初めまして、糸井川琴音って言います。ご縁があってここの学校に編入してくることになりました。よろしくお願いします。趣味は……ゲームと格闘技です」
無理にひねり出してきたなぁ、という感じだ。ゲームといっても俺の進めたやつか手に取るのが容易な有名ソシャゲかのどちらか、格闘技は半分仕事。琴音が本当の意味で趣味に没頭している姿を自分は見たことがない。
言葉の端々から緊張が見え隠れしていたがそれは逆に好印象だったらしく皆大きな拍手をする。担任の言葉に従い琴音はつたつたと俺の後ろの空き席に座った。それじゃあ他の連絡事項だ、と話し出した担任の話の横で耳元から声がする。
「大丈夫やった?」
「大丈夫。満点に近いんじゃないか?」
うっしゃと乗り出した身を戻しながら小さく呟く声が後ろから聞こえた。他の生徒たちは知り合いのような俺たちの姿に疑問を覚え、俺の事情の確認、琴音のステータスを確認し愕然と納得の融合をしたらしい。急激に視線と興味が減っていくのが感じられる。
冒険者の卵である彼らは一連のニュースについて一通り公開されている情報には耳を通していたのだろう。中には担任の目の前で迷宮保全党の公式HPを開きそこに載っている俺たちの写真を比べたりしている。
「……やっぱ失敗してへん?」
「……すまん」
試験が終わりあっさりと終礼となる。担任の話を聞き流していればすぐに解散となった。
木の机がガタガタと揺れる。そろそろ樹脂製とか選択肢を増やしても良いのでは、と思わないこともないが残念ながら伝統と価格には勝てないらしい。伝統だからその材質を使い続け、そういう場所が多いと大量生産で結果的にコストが下がり経済的になる。
そんな机の振動はすぐに俺の後ろに集まる……のを察してささっと教室を出ようとした。すると琴音が指で俺のリュックを挟み逃走を妨害し、小声で話しかけてくる。
「逃げんとってや」
「俺がいるとお前までぼっちになるぞ」
「うーん、せやけど博人ほっといて他の人と仲良くなるのは違うやろ。それに彼ら無視した側やろ?」
「……クラスのトップが嫌がらせしてたんだ、言いたくても言えない奴はいたはずだ。俺が気づけなかっただけで」
忘れてはいけない。人間全員が正義か悪かの二択で特定の一側面だけで人を測ってはならない。なんせそんなこと言ったら俺は殺人・不法侵入で明確に極悪人、この中で真っ先に吊られる人間になるからだ。……レイナさん曰くダンジョン壊した時に殺した男はSOD。しかも生成止めたことで魔物の流出や建物破壊による更なる死人は食い止めたわけだし地獄行きは免れたりしないかなぁ、地獄あるのか知らないけど。
そそくさと退散する三人組、正確にはビルだけはこちらに来ようとしているのを大山と椎名が引っ張るような姿が視界の端に映る。それを遮るように少し頬を膨らませた琴音が俺の手を鋼糸で机に括り付けようとしていて慌てて引っ込める。俺の護衛という役目もそうだが何より本人としては目の前の問題を放置しているのが嫌なのだろう。
こういう時どうすればいいんだ、やっぱMってママのMじゃねえのか……?と世話を焼く気満々の琴音に取り合えず思い付いた言い訳を投げつける。
「でも」
「だから頼む。お前経由で少しだけでもクラスとの距離を戻したいんだ」
「任せときや!」
ちょろい。琴音(母)は不満げな顔を一転させ席を立ち所在なさげに佇んでいる同級生の方たちに歩きだす。……ちょろいというか、自分からクラスメイトと仲直りする方向に誘導された気がしないでもないが。
クラスメイト達としても俺が面倒な状況になった以上今まで通り無視するわけにもいかない。かといって大々的に褒め称えたりするほど厚顔無恥じゃあない。となると表面上だけでも仲直りしておく必要があってその糸口として琴音と接触したいというのはあるのだろう。
「え、君可愛いね。どこ高から来たの?……高校行ってなかった?」
……何も考えてないかもしれないな、これ。
琴音は早々に男子をあしらい女子グループにがしりと接触を始めていて、何とかその集まりに入れないかとやきもきしている姿を校舎の外から眺める。別に双眼鏡で覗いているわけではなく単純な視力でそこまで見えるのだ。
少し琴音と話して下校時間がずれたからだろう、周囲の生徒の姿はかなり少ない。まだ2時半くらいで部活を今日から始める人もいるらしい。グラウンドで早速リフティングを始めている。
因みにスポーツ、冒険者の身体能力だと簡単にバランスが壊れてしまいオリンピック前ギリギリに冒険者禁止ルールができていたりする。それにならって大半のスポーツは冒険者NGで大会が進行されるようになっていた。
だから無駄と言えば無駄、なんだけれどもそれを精一杯楽しむのが趣味なのだろう。あと就職時に企業からのウケがいい。
暑さは朝よりさらに強まっていて風が唯一の救いだ。一緒に流れてくる複数種の蝉の大合唱に顔をしかめながら俺は寮に戻り始める。
今日はレイナさんとのミーティングだ。なんでも皆主党から引き出した情報を共有するとのこと。またろくでもない事実が判明するんだろうなぁ、と思いながら歩いていると一人の少女が校門を塞ぐように立っていた。
「み~つけちゃった、博人さん」
見知らぬ顔ではないが間違ってもそう呼ばれる筋合いのない相手であった。襟の校章の色からして一年生。呼び捨てにされる時点で変なのだがそのような違和感は危機感にとって代わる。
第一印象は白い、だ。白銀の髪に赤い目、薄い色素。白シャツもあいまって赤い目だけが妙に妖しくこちらを見ているように感じる。身長は150より下くらいの小ささで今にも折れそうなという表現がふさわしい。その異様に整った顔は彼女の仲間を想起させる姿だった。
「『SOD』……!」
戦闘態勢を取る。初めてレイナさんとあった日、ノテュヲノンの後ろにいたスキュラの女。特徴的な姿であったし何よりそのステータスが彼女の全てを示している。
火口ナナ
レベル314 ジョブ『砲撃士』
STR 554 VIT 1423 INT 3132 MND 1908 DEX 3354 AGI 1784
HP 2435 MP 5827
スキル 『火砲招来』『弾丸制作』 他 SP 0
あの触手足はどこ行ったのか、何故堂々とこの学校に転入できているのか、など疑問は尽きない。周囲には変な目で見る生徒が2人くらい、迷わず琴音を呼ぶべきか……と思っていると大仰な仕草で体をくねらせながらこちらに彼女は近づいてきた。
「ちょっとちょっと、そういう話じゃないってナナ言おうとしたのに。女の子に手を出すには早すぎないですかぁ?」
「……そっちにやられた事、俺は忘れてないぞ」
「まあそこを含めてお話しません?私の家で」
「初手家かよ、そこはマックとかだろう?」
「じゃあそれで!」
天真爛漫というには邪気の強い笑みが俺に向けられる。幼い声、自分の容姿を理解した態度、家を提示しておいて対案をこちらから出させる手腕、異様に高いレベル。ちぐはぐであった。
だが本当に戦闘の意思はないらしい。仮に本当に戦うなら制服を着る意味がない。話からして彼女が二人目の編入生なのだろうが、わざわざ入学までして俺の前に姿を現す時点でおかしいのだ。それならもっとバレない人材を投入すればよかったのだから。
「やっぱミスドで」
「わがままですねぇ、まあいいですよ」
場所を変更してみても動揺の様子はない。周辺の店舗すべてに罠を仕掛けてでもいない限り行く先自体は大丈夫そうだ。勿論警戒を解いてからグサっとくる可能性は十分にある。
だからレイナさんあてにアイテムボックスに合図を送りながらそれじゃあ、と俺は火口ナナに対して戦闘態勢を解いた。
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