第50話 大抵の大人は子どもに厳しく自分に甘い

 

「ばっかじゃないの?この時期に、学園祭の劇の主役やるとか、童貞君ってば本題の方はやる気あんの?」

 俺は家庭教師の開口一番、某銀髪美女に怒られていた。

 今回ばかりはぐーの音もでません。

 全面的に千鶴さんが正しいです。間違いないです。


 でも、言い訳させて欲しい。

 一連の事柄は気づいた時には、すでに決まってしまっていたし、凛のあんなに幸せそうな顔を見たら断ることはできない。

 それを千鶴さんに述べたら


「ふーん。童貞君の千里への愛情はそんな程度なんだ。どうでもいい雑草のようなクラスメイトと、幼馴染の凛ちゃんに敗けちゃうくらいの愛情なんだ」

「本題って、そっちのことなんですか?てっきり勉強の方だと…」


 あと、『凛への愛情と千里さんへの愛情は別のベクトルだけど、同じくらいですよ。』って言いたかった。

 

 なんとなくキレられる気がして、言わなかったけれど。


 だが、その努力の甲斐もなく、結局、目の前の美女はキレ始めてしまう。


「ばっかじゃないの!ばっかじゃないの!勉強の方なんて浪人すれば最悪なんとでもなるの。千里のことは今じゃなきゃどうにもならないの」

 浪人すれば最悪何とかなるって…。

 禁句だよ。受験生には。

 あと、塾に通うとしたらお金出すの親なんですけど。


「…そのどっちも頑張ります」

 俺は余計なことは言わなかった。

 叱られるの嫌だ。

 我ながら大人になったものだ。


「君は二兎追うものは一兎も得ずということわざを知っているかい?」

「…つまりは、クラスの出し物と受験と千里さん3つも追っている俺には関係ないことですよね?」


 俺は余計なことを言った。思っていることを子どものようにポロっと口に出してしまった。

 俺の言葉を聞いた千鶴さんは、黙って俺のパソコンから例のエロ画像のデータを出し、持っていたUSBにコピーし始めた。

「とりあえず、印刷したらどこにばらまこうかな?凛ちゃんにでも見せようかな?それとも、健太郎君のお母さん?それとも学校中にばら撒くか」

「お願いですから、独り言で恐ろしいことを言うのは、やめてください。俺が悪かったですから」


 俺の懇願に対して、『次にこういう事したらホントにばら撒くから』と言って、銀髪美人は、USBを胸ポケットにしまう。人質(エロ画像のコピー)は取られたものの、何とか最悪のカタストロフィは回避できたらしい。

 そう思っていたのもつかの間、青色のスマホを取り出し、形のいい耳にそのスマホをあてる。


「あ、もしもし千里?今、健太郎君の家にいるんだけどさぁ…」

 …え⁉何でこの人千里さんに電話かけ始めたの?俺、振られたって前回言ったよね?悪魔なの?

「そうそう。じゃあね」

 俺が内心であわてていると、千鶴さんは電話をすぐに切る。

何を話していたのやら。


「よし、私が千里を誘ってあげたよ。感謝するがいい」

「えっと、今からうちに来るんですか?」

 俺は驚きの声を上げる。


 いやだ。まだ、心の準備ができていない!


「ええ、そうよ」

 千鶴さんは素っ気ない答えを口にする。

 この人、ホントに悪魔すぎる。やだ、怖い。

 日本人離れした白色の肌すら人間じゃないみたいに見えてくる。(ロシア人の方ごめんなさい、でも、目の前の悪魔が悪いんすよ。こいつだけですから、悪魔は)


「ま、噓だけどね」


 俺が挙動不審に目を左右にきょろきょろしながら部屋に変なものとか落ちていないかなどを確認して千里さんがくることへの準備を進めていると、千鶴さんは何でもないことのように言葉を撤回する。


「悪魔め!」


「ありがと!悪魔みたいに可愛いって?童貞君のくせに女の子を口説くとはやるねぇ」

 この人の中では『悪魔=美女』なのだろうか?

 俺とは常識が違いすぎる。


「で、結局なんだったんですか?さっきの電話」

 もしかして、実は、千里さんとの電話じゃなかったとか、耳にスマホを当てていただけでホントは電話を誰にもかけていないとかもあり得ると思っている。

 この人、俺をからかうことに命かけている節があるからな。

 と思っていたら


「千里にかけたのは本当だよ。ただ、私が誘ったのはこの家じゃなくて健太郎君たちの文化祭だけどね」

 千鶴さんは少女みたいな満面の笑みを浮かべる。美女の笑みなのになんかキモい。絶対何か企んでやがる。俺は直感的にそう思った。

「チケットはどうするんですか?」

 とはいえ、千鶴さんの悪巧みはとりあえず置いておいて現実的な問題を口にする。

 うちの文化祭のチケットの入手はこの前言ったように厳しいものになっているからいくら卒業生の千鶴さんといえど用意できないはずだ。

 まあ、この人のことだから俺にしれっと用意させるつもりだろうけど。

 俺が千鶴さんのことをジト目で見ると、予想外の言葉を千鶴さんが口にする。


「私が用意するわ」

「在校生じゃないと用意できないような気が…」

「あの高校の校長とは私の父と幼馴染でね、チケットの一つや二つくらい余裕余裕」


 校長の奴め。

 俺らには規制しているくせにてめぇは自分の都合でチケット用意しているのかよ。

 てめぇの頭がかつらだって言いふらすぞ!

 ビッチに甘い淫乱教師が!

 

 そして、他にも気付いてしまう。

 千鶴さんがチケットを用意するということは、俺が千里さんにチケットを渡して恩を売るという作戦も水の泡ではないか。

 

 くそっ。これだから、ビッチ悪魔は最悪だな。俺の計画が台無しじゃないか。

 俺が千鶴さんを心の中で罵っていると、何を言っているか判別できない小さな声がした。


『それに、健太郎君には小手先の技術は使わずに真っ直ぐ千里にぶつかって欲しいしね』

 …本当に何を言っているかは分からなかったけれど、千鶴さんは悪魔みたいな奴だからきっと悪いことを言っていたに決まっている。

 まさか、俺に期待の言葉を述べているわけないだろう。


 自分の口角がほんのり上がっていてキモい笑顔を作り出してしまった気がするけれど、千鶴さんの言とは関係ない話だ。

 さて、

『千里さんにはもう一度まっすぐぶつかろうか』

 俺は心の中で決意した。

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