第35話 自信がない人のことを陰キャと呼ぶ
俺の言葉に凛は俯いている。
ドクン、ドクン
心臓が高鳴る。
まさか、本当に?
ドクン、ドクン
「えっとね。」
凛がそのくりっとした瞳で俺を見つめる。
「たっだいまー。」
「ただいま。遅くなちゃってごめんね。」
玄関から千里さんと千鶴さんの声が聞こえた。
思っていたよりも早い到着だった。
だが、まだ二人が来るまでの時間はある。 今日は二階の空き部屋で勉強をしているから、こちらに二人が来るまでには三〇秒ほどかかるはずだ。
しかし、
「えーっと、とりあえず、その話はまた今度ね。」
目を逸らしながら凛は話を切り上げた。
…もしかして、危惧していた痛い奴になっちまっただけってことある?
凛が優しさで切り上げてくれただけってことある?
『俺のこと好きだよねー』とかまじ恥ずかしい。
皆も言ってみるといいよ。控え目にいって死にたくなる。
もう2度と自分からは聞けない。無理だよ。怖すぎ。やっぱり、千鶴さんのことを信頼すればよかった。
ガチャリ
勉強部屋の扉を開けて、二人が入ってきた。
「童貞君、君の大好物のウィンナーと(おっぱい)プリンも買ってきたよ。」
おい、下ネタの意味で言っているだろ。
「えっ、そうなの?じゃあ、もっと買ってあげればよかったね。」
下ネタだと気付かずに千里さんが鈴の音のような声を鳴らす。
「えっと、まあそうですね。好きですよ。」
純真な千里さんがいるので、そう言わざるを得ない。正直、ウィンナーの”プチっと”した、皮の中から肉汁が溢れる感じは苦手なんだけどなぁ。
とりあえず、千里さんに気づかれないように千鶴さんに向かって、恨みの意味を込めてたてた親指を下に向けて睨み付ける。
「(いえーい)」
口パクをしながら、ピースをしてくるクォーター女。
下ネタをやりとりしたことで、心配になってチラッと凛の方を見る。
「(さすよ?)」
案の定、凛はシャーペンの芯を出して口パクで訴えてくる。
凛は千鶴さんの下ネタが分かってしまったようだ。
ヤバい!
「そ、そう言えば、どこ行っていたんですか?早かったですね。」
とりあえず、話を逸らす。
「二人が頑張ったご褒美に、美味しいものを作ろうと思って、材料を買ってきたんだよ!」
どうやら二人で遊びに行っていたわけではなかったようだ。俺らのことを考えてくれていたらしい。
嬉しいような申し訳ないような気持ちになる。
せっかくだったら遊んできてくれればよかったのに…勉強している俺らのことを思って自重したのだろう。
「二人とも勉強は終わった?」
千鶴さんが遊びたいなんて気持ちを微塵もみせない屈託のない笑みを浮かべる。
「はい、大体終わりました!」
それならばと元気に言ってみる。
「じゃあ、料理を作りますかねぇ。…千里が。」
「千鶴ちゃんも手伝ってよね。」
そうして、二人の美味しい料理を食べて合宿は終了した。
*
合宿が終わった帰り道、車の中、高校生組は後部座席ですっかり眠っていた。
車内には落ち着いた曲調のジャズが流れていた。運転は千里だったが、行と違い、安全運転をしている。
千里は音楽によって運転の仕方が変わるので落ち着いた運転になっているのだ。
「ってか、真面目な千里が健太郎君たちの合宿を終業式の前の日からやるなんて言った時は驚いたよ。」
「だって、終業式なんて何もないじゃん。だったら、集会なんて休んでもいいからその分勉強した方がいいかなって思って!…先生とかに言ったら怒られちゃいそうだけど。」
「確かに怒られそう。」
千鶴はいつもよりも静かに笑う。親友は少しばつの悪そうな顔をしていた。悪いことをしていることを千鶴に咎められると思っているのだろう。それが千鶴には少しだけおかしい。
千鶴なんて大学の出席の代筆なども千里に頼んだりしているのだから、健太郎たちに高校の終業式を休ませたくらいで、千鶴が千里を怒るはずもない。
「そういえば健太郎君の母校が千鶴の母校なんだよね。」
「そうだよ!私、私立の女子学校は嫌だって親に駄々をこねて、公立の高校に行ったんだよねぇ。でも、禿はうるさいわ!体育教師は暑苦しいわで散々だったよ!?女子校にすればよかったぁって今でも思っているんだよねぇ。でも、いきなりどうしてそんなこと聞くん?」
千鶴は夕日に反射して輝く銀髪を、黒いゴムで結わえながら、千里の質問に質問で返す。
「私だけ違う学校なんだなぁと思って。」
千里の顔に落ちていく陽があたってなんとなく郷愁を感じさせた。
そんな寂しそうな千里に千鶴は抱きつく。
「千鶴ちゃん。危ないってば!」
「やーだよー!?千里のこと好きだもん!」
四人は元の場所に帰っていく。
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