第3話 幼馴染だって最初は普通だったんだ

「おはよー、健太郎。見て見て健太郎に教えてもらったおかげでこんなに成績上がったんだよー。」


 ホームルームが終わって駆け寄るようにして声を掛けてきたのは幼馴染の三好凛(みよしりん)だ。


 言外に“褒めて褒めて~”と言っているのが伝わってくる。幼馴染なこともあって凛には勉強を教えている。今回はやばかったが、凛よりも俺の成績はいいから勉強を教えることがある。


 駆け寄ってくる時に制汗スプレーの甘い独特の匂いがする。

 テニスの朝練をしてきたのがわかる。


 凛はスポーツをしている女の子らしく茶色に染めた髪をポニーテールに束ねて黄色のシュシュでとめている。


 その姿はスポーティーな印象を与える。だが、女らしさがないなんてことはない。


 健康的な可愛さというものが滲み出ている。小耳に挟んだ話(クラスの奴の盗み聞きをした話)だとクラスの半分以上がこいつのことが気になっているらしい。


 実際、幼馴染で凛の容姿なんて何万回と見ていて見慣れているはずの俺でも可愛いなと思う。はっきりした目鼻立ちに動物のようにぴょんぴょん動き回る可愛さが年下に対する保護欲のようなものをかきたてる。



 それでいて、普段は頼れるテニス部の部長なのだ。ギャップ萌えだ。


 そして、勉強を教えている時は少し心細そうな上目遣いで見てくる。これがホントにヤバい。うっかり惚れそうになってしまう。凜より頭が良くてよかったと心から思う。


 とはいえ、男子高校生なら可愛い子に対しては、容貌だけでなく色々なところに眼がいってしまうものだろう。

 だけど、安心して欲しい。凛はそちらに関してもパーフェクトなのだ。


 引き締まったウエストに制服からは目立たない豊かな胸の膨らみ。


 それらを俺は知っている。


 親たちの仲がいいので毎年キャンプに行って川遊びをしているから知っている。今年は受験なので行けないだろうからちょっぴり残念だなって思っている。


 くそっ。今年はどうやったら凜の水着を見れるんだ。俺は水着が見たいんだ。


「う~ん、俺は今回は微妙だったかな。凛は?」


 そんなことを考えながら凜の質問に答える。


「えっへん!志望校にA判定がついているんだよー!健太郎のおかげだよね。ありがとー!」


 なんて満面の笑みを伴って言ってくる。凛の笑顔の表情を見ていると自分まで嬉しくなってくる。



 そのまま学校が終わって帰宅する。親のことを考えると憂鬱な気持ちになっていた。親が成績のことで小うるさいのだ。“親がうるさい“と言っても他の家と違わず母さんだけがうるさく言っている。


 「最低でも地元の国公立大学に現役で受かりなさい」と、言うのが高校一年生のときからの口癖だ。


 そういう母さんは情報網がすごい。どの大学の偏差値はどの程度かとか、学校で大体何番目くらいならどの大学に受かっているのだとか、学年一位が誰で、二位がだれだれでとか俺でも知らないことをいってくる。因みに友達の少ない(友達は凛以外いない)俺は学年一位が誰かなんて知らない。

 

世のお母さんたちコミュ力ありすぎじゃない?といつも思う。うちの母だけ?


 今日も御多分に漏れず成績のことをとある筋から聞き出してしまったらしい。


「けんたろー、今日この前やった模試の成績が返ってきたらしいじゃないの?見せなさい。」

 

 そう言って微笑みながら近所では美人と名高い顔で問いかけてくる。

 美人のほほえみは怖い。

 先ずは表情が全く動かない。微笑んでいるのに動かない。田中み〇実が愛想笑いしているのをみて、可愛いと同時に怖いと思ったことはないか?

 

 “うっせーよ”っていう心のうちが聞こえてくるような気がしたことはないか?


 うちの母親はまさしくその笑みだ。田中み〇実なら可愛いと思えるからまだいい。でも実の母親が そんな笑みで待っているのは地獄だ。死刑宣告五秒前の心境だ。


「く、クラスによってじゃないかなぁ?うちの所は帰ってきていないよ。」


 最後の抵抗をしてみるが凶悪な情報網をもつ母が断罪してくる。


「ふ~ん、そうなの~。三好さん家に聞いたんだけどなぁ~。健太郎君、リンちゃんと同じクラスじゃなかったんだぁ~」


 怖い怖すぎる。何、その不自然な語尾は。そして未だに張り付いている笑顔。

 ここで息子の俺が今言った母親の言葉に対して翻訳コン〇ャクばりの名翻訳をしてみようと思う。


“うっせーんだよ。こちとら言質はとれているんじゃ、ぼけ。さっさと見せんかい”


 ・・・やばい。翻訳したらホントにピンチな気がしてきた。けれど、もうどうしようもない。


 母が高校の入学祝いに買ってくれた茶色の少し大人っぽいカバンから青色のとある予備校主催の模試の成績評をだしてみせる。

 そうして、息子は黙って母からの死刑宣告を待つことにした。


 成績を黙ってみる母親。そんな母親をじっと見ていると母親の感情がわかってしまう。


 先ずは、全体の成績を見て、唇の片端を僅かに歪める。そうして、次には各科目の欄をみて眉をひそめていく。いつしか貼り付けていた笑みも取れている。

 死にそう。怖すぎる。なにこれ。


 ああ、天にまします神よわれらに祝福が訪れんことを。


「健太郎。これから一年間ゲーム禁止。そして、来週から塾に行ってもらいます。」


 ああ、この一年間の俺よ強く生きてくれ。

 そうして、私の一年は終了した。



 まぁ、現実にはそんな早く受験生の一年間は終わらない。


 とはいえ、塾に行くにしろ中途半端な季節だ。だからワンチャン夏期講習まで塾に行かなくてもいいんじゃないか?

 寿命がまだ三ケ月程あるんじゃないか?


「健太郎、昨日の塾の件だけど中途半端なことになっちゃうからあなたを通わせるのはやめることにするわ。」


 はい、きたーーー!!!

 奥さんありがとー!!寿命が伸びた。


「だから今日から母さんの伝手で家庭教師を呼んであるからしっかり勉強するのよ。」


・・・


「最初っから塾じゃなくて家庭教師でよかったのよねー。けんたろーなら大丈夫だから受験勉強頑張りなさいよ。」


 はい、そんな訳ないですよね。

 そんな幻想はその右手でぶち壊すと言わんばかりに右手を掲げて力強く握りしめる母親が玄関に立っていました。


 最悪だ。

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