久しぶりに会った幼馴染がオネェになっていた話

中嶋怜未

エピローグ

 つまらない。

 思っていたのと違う。

 がっかりだ。

 というのが、私に対する世間の評価だ。

「ねぇ、そんなの落ち込まないの」

 高くもなく、低くもない中性的な声が頭上から聞こえる。

「大丈夫だからほっといて」

 せっかく机に突っ伏して自分の殻に閉じこもっているのに、わざわざ話しかけて気を散らさないでほしい。私はいま絶望と向き合っているのだ。暗い暗い絶望にこんにちはをして、作品の出来に酔いしれていた昨日までの自分に、罵詈雑言を浴びせながらさよならしている最中なのだ。

「大丈夫そうじゃないから心配してるんじゃない。この授業が終わったら甘いものでも食べに行きましょう? だから顔をあげなさいな」

「うるさいなーー!! 自信満々に持ってきた作品を、先生にコテンパンに批評されて、自身消失してるんだからほっときなさいよ! こんなところで変な母性を見せてんじゃねぇぞこのオカマ!!」

「まぁーーー!! オカマ馬鹿にすんじゃないわよ!!」

「しーずーかーにーーーーー!!!」

 


「はぁ……もう最悪。作品は酷評されるし、葵ちゃんのせいで先生に怒られて反省文書かされることになったし、ほんと最悪」

「アタシの親切を無下にするから悪いのよ。オカマの愛はね、母性と父性を持ち合わせた底なし沼のように深く重いのよ。ありがたいと思いなさい」

「深すぎて逆に怖いわ」

「オカマ泣いちゃう。……それよりさ、さっきの評価は先生、ちょっと言い過ぎだと思ったわ。あれはストレス発散も入ってたと思うわよ」

 今日の課題は二週間前に出されたもので、私で言ったらカメラ。葵ちゃんだったら服飾など、自分の専門の分野から持てる知識と技術を使って、前期の大きな課題である「一つの作品」を作れというものだった。一つの作品と言っても中途半端は許されない。二週間で仕上げられる範囲で、しかしこの二か月間で身に着けたすべての技術を使って作品を作り上げるのだ。たった二週間で無茶な……と思うかもしれないが、この大学、いやこの世界ではごく普通なことなのだ……。このブラック企業並みの締め切りの速さを、最近ようやく受け入れることが出来てきた。

 私が二か月前から通っている王山美術大学は、一年生の時のみ、実技は専門のコースごとにクラス分けされるのではなく、他コースとごちゃ混ぜになってクラス分けをされることになっている。

 そこのクラスで一緒になったのが、落ち込んでいる私を強引にファミレスに連れ込み、いま私の目の前でメニューを見ながら

「ここのチーズハンバーグ、無性に食べたくなったのよね~」

とほざいている獣(けの)村(むら)葵(あおい)だ。彼……とは、黒いウルフカットに自作の黒いパーカーと黒のサルエルパンツを身にまとい、(お店で買ったという)黒の編み上げシュートブーツを履いているオネェだ。

 中性的な顔立ちと格好だからちょくちょく女性にも間違われるが、彼はれっきとした男性だ。『オネェ』と私は読んでいるが、彼曰く「アタシはタイで言うところのオ・カ・マ♡」なのだそう。

「ねぇ、みどりちゃんはパフェにする? それともケーキにする? ほら、甘いものいっぱいあるわよ~~」

「じゃあ、イチゴパフェにする。もちろん葵ちゃんがおごってくれるのよね?」

「えぇ。いいわよ!」

「…………イチゴパフェの大にする」

 彼のこういうところが気に食わない。いや、無理やり連れてきたのに、おごらないって言われたらそれはそれで怒るけどさ。

「すみませーん!!……イチゴパフェの大と~」

 私は店員さんと話すのが苦手だ。それを知ってか知らずか、どこに行っても注文は必ず彼がしてくれる。一緒に服を見に行った時も、話しかけてきた店員さんをうまくかわしてくれたり、試着の時に話しかけられないようにすぐそばで待っててくれるのだ。

「葵ちゃんってさー、なんでそんなに優しいの?」

「えー? 何よ急に」

 頬杖をついた彼の薄い唇がきれいな弧を描く。横顔しか見せてくれないのはきっと照れているからだろう。

「照れてるの?」

「だって、いつもそんなこと言ってくれないじゃない」

「まぁね。言わないけれど思ってはいるんだよ」

「やぁだ、気持ちは言わなきゃ伝わらないのよ」

「ねぇ、はぐらかさないで答えてよ」

 なんだか恋人同士の会話のようで笑ってしまう。しかし、女性顔負けのばっちりメイクをしている彼が相手なので、全然甘い雰囲気にはならないのが、また余計におかしい。女性よりも女性らしい彼だから、彼が異性だということを思わず忘れがちになってしまう。

「なんか、あんたほっとけないのよね。ついつい構いたくなるのよ。初めて出会った時からずっとね」

「えー? 初めて出会った時って……オリエンテーションの時のこと? あの日も初めて会ったのにここに連れてきたよね」

 あの日の彼も、そういえば強引だったと思い出して私はため息をついた。

「あの日はね、気持ちが高まってたのよ。話したかったんだもの。自己紹介の時から絶対お近づきになりたいって思ってたのよ」

「私、そんな面白い自己紹介してなかったと思うけど?」

「そういうことじゃないのよ。ソウルメイトを見つけた瞬間だったのよ。もうビビビッと来たんだから」


『つまらないわ。こんなものを作ってくるなんてどういうつもり? がっかりなんだけど。あなたの力ってこの程度なのね』

 

 私が提出した作品を見て先生が言った言葉だ。「つまらない」という言葉は私を表すのにぴったりな言葉だと自分でも思っている。ノリも悪いし、頑固で、変に生真面目で、高校までの私は「ちょっと男子~、掃除ちゃんとしなさいよ!」とリアルで言っていたようなTHE委員長系の生真面目っ子ちゃんだったのだ。

 周りからは扱いづらい子認定され、ほとんど友達はできなかった。大学デビューとまではいかないが、少しは丸くなれたと思っていたのに……やはり

根本が地味で、つまらなくて、頭が固い子なのだなと痛いほど実感させられた。 

 自然と視線が下へ下へと下がってしまう。

「そんなに下向いてると、肌がたるんで垂れていくわよ」

「えっ!」

「そうそう。目を開いて、シャキッと前を向いていなさい。アタシはあんたの作品、好きよ」

「……ありがとう」

 葵ちゃんが珍しく、とても優しい声で慰めてくれたものだから、今度は私が彼から顔を逸らす羽目になってしまった。彼は時折、こうして私が落ち込んでいると、必ず私の欲している言葉を的確に選んで声をかけてくれる。だけど、その言葉はご機嫌取りのためじゃない。心の底からそう思っていることを声で、目で、表情でしっかり表してくれるから、自分を守るために無意識に作られた心の壁を簡単に突き破って、体全体に温かさを届けてくれる。

 彼の言葉には嘘偽りがない。思ったことをハッキリ言ってくれるし、変につくろった言葉を使ったりしない。そんな彼だから私も気を使う必要がなく、楽に接することが出来るのだ。まだ彼と出会って二か月しかたっていないけれど、彼のそばにいる時が他の誰といるよりも安心できている。そんなことを本人に言ったら、

「あんた、アタシがオカマだからって油断し過ぎよ」

って注意されるだろうけど、私は彼に絶対的信頼を置いているのだ。

 そういえば、彼がオカマになったきっかけとは何だったのだろう。いつ彼は気づいたのだろう。自分の中にいるもう一人の『自分』に。

「ねぇ、葵ちゃん」

「なぁに?」

「いつからその……化粧をしたり、」

「あっ、ねぇ! あそこのさ、入り口近くの窓側のテーブル席に座ってる女の人ってさ、硝子先生じゃない? ほらアタシたちのクラス担当の」

 私が少し踏み込んだ質問をしようとした途端、葵ちゃんは急に話題を変え、ぐっと私に顔を近づけると、目だけ女性の方に向けながらこそこそとささやいてきた。

「あ、確かに。私の作品をさっきコテンパンに酷評した、イヤナセンセイダーー」

「あんた……根に持ち過ぎよ」

 変ねぇ。と硝子先生を眺めながら葵ちゃんが首を傾げた。

「どうして? ここのカフェは大学から一番近いし、先生が仕事の合間や勤務時間後に来てもおかしくないと思うけど」

「他の先生だったらね。でも硝子先生はさっきの授業で終わりのはずなの。いま五時でしょ? この時間はお子さんを保育園に迎えに行っている時間だからおかしいって言ってるのよ」

「詳しいね、葵ちゃん……」

「前に課題のことで質問があったから、これくらいの時間に質問に行ったら他の先生に、『青井先生はお子さんをお迎えに行かなくちゃならないから、この時間にはもう帰っちゃうのよ』って言われちゃったのよ」

「へぇーー」

 じゃあ、確かに葵ちゃんの言うようにおかしい。それに今日の硝子先生はなんだか様子がおかしかった。いつもどこか不機嫌そうでふてぶてしい態度の人だったが、今日は本当に機嫌が悪いようだった。その機嫌の悪さに拍車をかける事態を作ったのはこの私だ。何が気に障ったのかは分からないが、とにかく先生の好みじゃなかったのだろう。私の作品に物凄い批評を行い、全員の作品を見終わると時間がまだ十分ほど残っているのにもかかわらず、嵐のように部屋を出て行ってしまった。 

 ふてぶてしい態度の先生だけど、いつも時間いっぱい授業をしてくれるきちんとした先生だった。そんな彼女に一体何があったのだろうか。

 硝子先生の方に目を向けると、ガラス越しに空をぼんやりと眺めている様子が目に入った。そういえば私が提出した作品のテーマは「ガラス越しの空」だ。


 ガラス越しの空を見つめる彼女の目にはどんな空が見えているのだろうか。



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