44配信目 本番

 セミのなく声もうるさくなってきた夏真っ盛り。

 ついにキラキラフェスティバルの当日を迎えた。


 かく言う我は例にもれず、控室でガクガクブルブル状態で緊張していた。


 いや、うん。

 しょうがないのじゃ。


 なにせこのキラキラフェスティバルを行う鳳凰ほうおう館は1万人収容可能な大規模な施設なのだ。チケットもすべて完売。オンラインチケットもかなりの数が売れていると聞いている。


 すなわち、我はこれから1万以上の人と対峙しなくてはいけないわけだ。

 まるで人間と魔族が繰り広げた戦いの中でも1番苛烈と名高いハーゲイエスの戦いのように。


 胃がい、いたい……

 我の胃腸のヒットポイントがやゔぁい。一応胃薬飲んだんじゃけどのぉ……


 練習のときはイケルイケルって思っても本番になると急に緊張しだす現象まじでやめてくれ。


「ニーナちゃん、大丈夫?」


 そんなふうにガクブルな我を見かねたのか、みんなの天使、ノゾミちゃんが声をかけてくれた。ふわっと包まれるような優しい声に幾ばくか我の不安が和らぐ。


「ちょ、ちょっとばかり緊張してしまいましてなのじゃです」


「ふふっ、ニーナちゃんってば、緊張しすぎて語尾が不思議ちゃんね」


 緊張と動揺のあまり、いつもののじゃ口調と丁寧口調が変なふうに合わさった謎の語尾を錬成してしまったが、それにノゾミちゃんはクスリと笑う。

 そのさまはまさに天使のほほえみ。


 思わずノゾミに惚けてしまう。


 思えば、モニターを介して、いち視聴者として観ていた大好きな配信者と、こうしてライブをやることになるとは人生は何ともわからないものだ。


 他人と話すことがままならなかった我がその配信者と、(まだぎこちないが)こうして話すことができるようになったのは、まあ、結構成長したなと自分を褒めたい。

 けれど、やはり1万の人を相手にしたライブというのは今まで経験してきたどの体験とも全然違う。


 我、大丈夫かな?


 幾分か過去の魔王としての自覚を取り戻してきたとはいえ不安だ。コミュ障にライブって無理難題なのじゃ…… 

 でも、やると決めたからには覚悟をキメねば……! 弱気になってはいかん。



 そんなふうに決意を新たにしていると、不意にノゾミちゃんが我の頭を腕で包み、すっと抱き寄せた。


「うぇあ?!」


 あまりに不意打ちだったため変な声が出た。


「そんなに緊張しなくてもいいわ。

 いっぱい練習したし、ライブの1番手の私達1期生が会場を温めておくんだから。ニーナちゃんはそのあと、私と一緒にデュエットを楽しむだけ。そのあとはリリィちゃんとレイちゃんと歌ってフィニッシュ」


 まるで年上のお姉さんが小さな子供をあやすように、優しく微笑む。


「ね? 大丈夫そうでしょ?」


「ひゃ、ひゃい…!」


 少しびっくりしたが、おかげで少し、いや、だいぶ緊張がほぐれた気がする。


 そうだ。

 今日この日のために練習をいっぱいしてきたのだ。


「お、なんだニーナ、ビビってんのか~?」


 ノゾミちゃんと甘美なひとときを過ごしていると、控室に入ってきたリリィが我の頬を後ろから両手で挟んでうりうりする。


「や、やみぇんっか!」


「リリィ、あまりニーナちゃんをいじめてはだめよ~」


 糸目でニコニコしているレイがいつものゆるふわな語調でリリィに言うが、リリィはうりうりするのをやめない。


「ええい! いい加減にやめんか!」


「はっはー! でもいい感じで緊張ほぐれただろ?」


「む、むぅ……」


 リリィがにししと笑う。

 こやつは…… まあ、リリィなりに気にかけてくれているのは分かるし、実際緊張若干ほぐれたけど。


「やっほーまーちゃん、案の定緊張してるのね」


 むぅ…と頬を膨らませていると、控室の扉が開き、ちーちゃんこと近野千香が入ってきた。

 今日もナチュラル寄りのメイクできれいにキメている。


「ちーちゃん」


「ちーちゃんパイセンじゃん。どもー」


「どうもですー。まーちゃんがお世話になってまーす」


 リリィと軽い挨拶をし、ノゾミちゃんやレイにも次々と挨拶をしていく。

 軽々としたフットワークにこれがコミュ強なのだと理解する。


「私もまーちゃんと一緒のライブしたかったな~。まあ、一番最後に全員でやるのだけど」


「悪いな」


「あ、いや。別に妬んでるとかじゃなくて、純粋にリリィさん達が羨ましいだけなのだわ。

 それにまあ、普通に考えたらまーちゃんがずっと推しているノゾミ先輩と、同期のリリィさんとレイさんを差し置いてやろうとも思わないわ」


 それから一呼吸おいて、ちーちゃんは口を開いた。


「一番最初はノゾミ先輩とでしたね。

 ノゾミ先輩、まーちゃんのことよろしくお願いします」


「もちろん! まかせて、ニーナちゃんと一緒に最高のステージにするわ!」


 ノゾミちゃんが両手を胸の前で構えて、“頑張るぞい”のポーズをする。

 かわいい。


 リリィやレイにも同じようによろしくおねがいしますとちーちゃんは腰を折り、リリィとレイはそれに“まかせろ”“まかせて”と笑顔で答える。


 まるでちーちゃんは我の保護者みたいだなと思わず心のなかでツッコミを入れてしまったが、こんなにも我のことを思ってくれる友がいるなんて、我はなんて果報者じゃろうか。


「ちーちゃん」


「ん? 何、まーちゃん?」


「いや、その…… ありがとうなのじゃ」


「……!」


 なんだかちょっぴり恥ずかしかったが、精一杯の笑顔でありがとうと伝える。

 うん、やっぱり真正面から感謝を伝えるのは慣れんな!


 にははと照れていると、ちーちゃんもなんだか顔を赤面させている。


 なぜお主が照れる。


「白月さーん! そろそろスタンバイの方、よろしくおねがいしまーす!」


「あ、はーい! 今行きまーす!

 それじゃあ、ニーナちゃん、先に行ってるね」


 スタッフさんに呼ばれて、ノゾミちゃんが控室を出ていった。


「ていうか、ニーナも1期生の次だろ? 準備しとけよ」


「お、う、うむ」




***




 定刻になり、会場に設置された巨大なモニターに数字が表示され、カウントダウンが始まる。


 5・4・3・2・1・・・


 カウントが0になった瞬間に、会場の照明が一気につき、きらびやかにあたりを照らす。

 会場に訪れたリスナー達がペンライトを振りながら歓声をあげた。


「す、すごいのぉ……」


 トラッキングルームのすぐ横に設置さてている控室のモニターで会場の様子を観て、口から自然とその言葉が溢れた。

 なんとなく理解はしていたが、バーチャルじゃない、まさに“本物”のライブだ。


 出迎えの歓声が冷めやまぬまま、1期生5人が登場し、曲を披露する。


 1期生が映し出されている透明なスクリーンの幅いっぱいを使うように、5人で踊って歌いはじめる。


 あたかもそこに存在するように映し出されている1期生は、“バーチャル”を通してはいるが、本当に楽しそうだ。やはり我はノゾミちゃんのファンなのでどうしてもノゾミちゃんばかりを観てしまうが、ノゾミちゃんも楽しそう。


 ライバーがときどきお互いに目配せというか、目を合わせている様子とか、もう本当に素晴らしい!


 これがエモいか……


 あっという間に4~5分くらいの曲が終わってしまった。


「皆さん、こんにちはー!!!」


「今日はキラキラフェスティバル in 鳳凰館へ来てくださってありがとうございま―す!

 皆、盛り上げていきましょーっ!」


 会場のリスナーを焚き付けて、ボルテージを更に上げる。


 うおおお……

 このあと我の番だと思うと、めっっっっっちゃ緊張してきた……


「ニーナさん、スタンバイおねがいしまーす」


「ひゃ、はい!」


 曲が終わって、1期生たちはまだライブ特有のトークをしているが、我は隣のトラッキングルームに向かう。


 トラッキングルームにはノゾミちゃん含む、1期生の方たちが当然いる。

 先程控室で見ていたトークの続きをしていて、5人ともすごく楽しそうだ。5人のじゃまにならないように隅の方で出番をまつ。


 ふいにノゾミちゃんがこちらに気がついて、ニコッと微笑んできた。


 あぁ、もう、そういう仕草全てが天使なんだけど?

 カワイイかよ。


 ……かわいい(確信)


「それじゃあ、みんな、どんどんいくよー!」


 しばらくのトークの後、会場が暗転し我の出番がいよいよ始まる。


 ノゾミちゃん以外の1期生4人がはけ、我はノゾミちゃんとともに所定の位置につく。

 ……おちつけ、自分。

 練習いっぱいしたんだから大丈夫だ。


 暗転のまま、曲のイントロ部分が始まる。


 ――いよいよだ。


「ニーナちゃん」


 隣のノゾミちゃんがこちらをみて、かろうじてマイクが音を拾わないくらいの小声でつぶやく。


「一緒に楽しもうね…!」


 そう。

 楽しむ。


 そうだ、何を恐れることがある。

 今からするのは、“推しとのデュエット”という最高に楽しいひと時だ。


 ノゾミちゃんのする微笑みには全然及ばないが、自分を鼓舞するために我もニヤリと無理やり笑い、ノゾミちゃんに小声で返す。


「ああ、当然じゃ……!」



 ほどなく、イントロが開け、軽快な曲調が始まった――。


 モニター越しに見る会場のリスナーたちの様子も見ながら、練習した歌とダンスを披露する。

 ときにノゾミちゃんとのアイコンタクトも交え、ステップを刻む。


 ああ――、楽しい。


 純粋にそう感じた。


 それに、我とノゾミちゃんの歌とダンスが、会場をこんなにも沸かしていると思うと、充足感に体が満ち溢れる。

 コミュ障をこじらせ、出るのが少し億劫おっくうだったライブが、こんなにも幸せだとは。


 画面越しで見る会場。

 我たちの歌で沸く、リスナーたち。

 キラキラと照らす照明の光。


 周りのものすべてが輝いて見えた。



 この瞬間が永遠に続けば良いのに――。



***



「はぁ……はぁ……」


 あっという間に楽しいひと時が終わった。

 結構動きのあるダンスだったので、自然と息が切れるが、何の不快感もない。達成感しかない。


 拍手や、わぁ~!という歓声が会場を包む。


「はい、ありがとうございましたー!

 改めましてこんにちは! さっきの曲から続けて登場の白月ノゾミですー! そしてー……」


「ど、う、うむ。

 っと、魔王ニーナ・ナナウルムじゃ」


 一瞬“どうも”って挨拶しそうになったが、我はニーナ・ナナウルムなのじゃから、もっと魔王らしく、尊大な態度でなくてはな。


 次の曲の準備の間、我とノゾミちゃんのトークでつなぐことになっている。

 普通のライブでもよくある曲と曲のトーク、いわゆるMCじゃ。


「ふふ、ニーナちゃん、相変わらず緊張しすぎ!

 あ、そういえば、ニーナちゃんって3D初お披露目なんだよね!」


「そ、そうじゃな」


「くるくる~って回って、みんなにももっと見せてあげて!」


「こ、こうか?」



 いわれた通り、手を広げてくるくると回ってみる。


「うん、やっぱりかわいい!

 いままで立ち絵ではあまりわからなかったけど、黒いドレスにブーツってかわいいね!

 ね? 会場のみんなもかわいいと思うよね?」


 ノゾミちゃんの煽りを受けて会場もわーっと沸く。


「ノゾミちゃんもか、かわいいのじゃ」


「ふふっ、ありがとう! 私もくるくる回ってみようかな」


 ノゾミちゃんも手を広げてくるくる回り、会場のリスナーが沸く。



「ふふっ。そういえばさっきのパフォーマンスはやっぱり緊張した?」


「そ、そうじゃな。そもそもノ、ノゾミちゃんと話したりましてやライブを一緒にやるなんて緊張以外の何物でもなかったのぅ。

 それにこ、こんなにも大勢の人を前にしてライブをやるなんて、デビューしたての我から思えば、まずありえんかったじゃろうな」


「そっか。ニーナちゃん成長したってことだね!」


「う、うむ。これもひとえに、今まで支えてきてくださったリスナーのみんなやスタッフさん、それに他のライバーさんのおかげじゃ。ありがとう。


 えっと…… その……


 み、みんな、大好きじゃーー!!!」



 い、言ってやったぞ!

 今日のMCではリスナーのみんなにも感謝の気持を伝えると決めていたからな!


 我の“大好きじゃ”の声に反響するように、会場が沸く。


「ふふっ。私もニーナちゃんのこと大好き」


「の、ノゾミちゃん…!」


 ノゾミちゃんがぎゅっと抱きついてきた。


 おいおいおい、我、幸せの絶頂期じゃん……!



***



 そのあとも少しMCをして、我らの出番の終わりが近づいてきた。


「さあ、お次の準備もできたようです! キラキラフェスティバルはまだまだこれから! みんな、いーっぱい楽しんでいってね!」


「キラフェスはまだまだ始まったばかりじゃ! 皆のもの、どうか心ゆくまで楽しんでくれ!」




 興奮冷めやらぬまま、我らはそのまま舞台の外へ捌けていく。




 ノゾミちゃんと先程のデュエットの感想を言い合いながら、我はいろいろなことを思い出していた。


 はじめはVtuberになるなんてどうなるかと思ったけれど、存外楽しい。

 コミュ障はまだちょっとだけ残っているけれど、随分と改善した気がする。コミュニケーションの輪が広がって、ノゾミちゃんやレイ、リリィ達とも、と…友達になれた……と思う。


 ちーちゃんともお互いがVtuberになっているなんて不思議な状態で再会できたし、キラキライブのスタッフさんやリスナーさんとの交流も楽しいと感じている自分が居る。


 そんなふうに思いを馳せると、自然に口角があがった。


 ああ――、Vtuberになってよかったな。

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