29配信目 オフコラボ前哨戦 ―旅立ちの日―

「留守番、よろしく頼むぞ。六花、天花」


「ニャ!」

「にゃー」


 我を見送りに来てくれた六花と天花の頭をしゃがんで撫でまわす。


 ふっ。

 い奴らじゃ。我の緊張も少しほぐれるというものだ。


 今日はついにオフコラボ当日。

 ちーちゃんと血のにじむような修行を経て、我は強くなった。もう何も恐くない。こんな気持初めて。身体が軽いのじゃ。


 さて、と。

 六花と天花を撫で回すのを止め、2匹に少し下がるように指示を出す。


「テレポートを使ったのは真根さんと会ったとき以来か。Vtuberを始める少し前…… 1,000年のときと比べれば瞬く間じゃが、随分と久しく感じるのぅ」


 ひとりごちり、目をゆっくりと伏せ意識を集中させる。

 自分を鼓舞する意味合いも込め、ふぅと小さく息を吐く。


 よし。


 あの風景を思い浮かべながら、魔力を乗せた言葉をつむぐ。


「求めるは遥かな雲路くもじの果ての情景。灯火の揺らぎよ、煌々こうこうと輝き、照らし、悠遠なる旅路へと我をいざなえ。――テレポート」


 シュンッ、と空気を切るようなかん高い小さな音とともに、我の身体が六花と天花の前から消え、次の瞬間には全く別の場所へと我が出現する。


 ビルとビルの間の狭い道。裏道とでもいえばよいか。

 以前キラキライブ本社へ来たときにここを見つけて、“なんてテレポート向きの場所なのじゃ”と思ったものだ。


「よしよし、無事テレポートできたな」


 まあそもそも、完全詠唱までして失敗するようなことがあれば、我は恥ずかしさで死んでしまうだろう。

 歴代最強の異名を持つ我が失敗するなど万に一つもありえない。


「やっぱり詠唱すると気分が上がってよいの…!」


 ふふふ、と不敵に口角が上がる。


 テレポートは高度な魔法だが、我にかかれば短縮詠唱はもとより詠唱破棄など容易たやすい。あえて詠唱をするメリットはいくつかあるが、教科書的に挙げれば、消費魔力の軽減や魔力コントロール難度の緩和、威力向上などだろう。


 しかし!

 詠唱をする最大のメリットは他にある!



 ――そう! カッコイイ・・・・・のじゃ!



 カッコイイは全てに優る。

 これは我の持論じゃが、やはり魔法はかっこよく、オサレに使う必要がある。実際、自分の気持ちを高めることは魔法行使に良い影響がでるとの魔法大学の研究成果も確かあったはずだ。

 今世で中二病だと揶揄やゆされる言動も、異世界の基準に照らせば決して馬鹿にできなかったりする。


 やはりカッコイイは素晴らしい。

 さっき我がテレポートするときとか、詠唱しているときにスカートがいい感じになびくように魔力コントロールしたり、目を紅く光らせたりしてたしな!


 いやぁ、さすが我。

 前世で魔王に就任するよりもずっと前の幼少期に、魔法詠唱大会に出場したことがあるが、あの時を思い出すのう…… 先駆者が打ち立てた記録を塗り替え、各賞を総なめにした実力は衰えておらんな! 我ながらたくみの技じゃ。


 ちなみに、詠唱はある程度自分でいじることができる。お好みで文章を変更することも可能だ。

 まあ、欠かすことの出来ないファクターはどうすることも出来ぬが。


「さて…… ここからが本番じゃ」


 前置きはこれくらいにして、オフコラボへと意識を向ける。


 今、我がいる場所はキラキライブ本社が入っているビルと、その隣のビルとの間の小さな裏道。

 キラキライブ本社はこのビルの7階と8階だ。


 うーむ、改めて考えると、東京のこんな一等地のビルの2階層分も借り上げているんだから、キラキライブの資金力と言うか『強さ』を感じる。


 今日のオフコラボはキラキライブの多目的ルームの一室を使用して行われる。つまりこのビルの8階だ。

 以前マネージャーである真根さんにどうしても会わなくてはいけなかったときは7階の一室だったので、実は、我はまだ8階へ足を踏み入れたことがない。


 スマホのロックを解除して、真根さんから事前にもらったメールを改めて確認する。

 要約すれば、メールには『7階の総合受付で私と合流して、一緒に行きましょう』と書かかれてある。



「第一ミッションは7階で真根さんに会う。じゃな」


 もう一度気合を入れ直して、いざ鎌倉。ビルの7階へ向かう。


 ま、我ってば既にコミュ力の化身みたいな所あるから余裕だけどな。






*****





「ぁ、あ↑の。 えっ……と」


「あら、可愛らしいお客さん。お父さんやお母さんは一緒?」


 あかん。

 びっくり。


 いやもうね、流石に我も自分のことだけどびっくりしたよね。

 キョドってるし、挙げ句、受付の人に迷子みたいに思われてそうだし。受付の人、小さい子に話しかける時特有の目線を合わせるためにしゃがむヤツやってくれてるし……


 まて。

 頑張るんじゃ我。そう、コミュ障脱却への重要なステップであるオフコラボはすぐそこなのじゃから。


「あ↑の、ま、真根さんは…… いらっしゃいますか?」

「マネさん? あ、真根さん? マネージメント課の真根さんかしら?」


「はぃ。えと、あの、私、えと、ニーナ・ナナウルムで、魔王なんです」


 しどろもどろになりながらも、なんとか伝えると、受付のお姉さんは合点が言ったようにパンっと小さく両手を叩いた。


「あ、思い出しました……! ニーナさんですね。真根さんが来る前に小さな女の子が来たら連絡するように仰せつかってます。802ルームでオフコラボの件ですね?

 いやぁ現実でも可愛いだなんて、さすが魔王様です…!」


「は、はぁ… ありがとうございます」


 急に褒められたんじゃけど、なんなんじゃ?


「ごめんなさい。ついいつもの癖が……

 コホンッ。今真根さんを呼び出しますので少々お待ち下さいね。あ、今飴ちゃん持ってるんですけどおひとつどうですか?」


「ぁ、りがとう、ございます…」


 うむ。

 とりあえずなんとか第一ミッションはクリア…… 出来たかな……?


 頂いた飴玉を口に含んで、受付近くの椅子に座って真根さんを待つ。

 足をプラプラさせて待っていたのじゃが、なぜか先程の受付のお姉さんがチラチラとこちらを見てくる。……はぁ、そんなに挙動不審で可笑しかったかのぅ。時折ニヤニヤしておるし、なんだか凹むわ。


 そのまま座って待っていると、程なくして真根さんが来た。


 あいも変わらず元気いっぱいの娘だ。

 手を振ってこちらに駆け寄ってくるのじゃからな。ん、ていうか、若干恥ずかしいから手を振るの止めて。ほら、なんか周りの人も何だあれって見てるから。


「おまたせしました。ごめんなさい、ホントはこの受付の前で待っているつもりだったんですが、ボイス収録関係が長引きまして…… 申し訳ないです」


「だいじょうぶ、です。今日は、ょろしく、お願いします」


 真根さんの案内で8階の多目的ルームへ向かう。


「もう既にコラボ用の準備はしてありますので、あとはニーナさん、レイさん、リリィさんの3人が配信するだけです。

 配信開始時間までまだありますので、軽い自己紹介と、コラボの最終確認をしましょう。


 あ! そうだ! 今日はニーナさんにもいっぱい楽しんで欲しくて、上司を説得して兵庫県明石市の最高級のタコを仕入れてありますよ! ニーナさんのお眼鏡にも適うと思います!」


「りょ、了解です」


 ただのたこ焼きに最高級のタコ使うのもったいない気がしなくもないが、真根さんのご厚意はありがたくいただこう。というか軽く上司を説得しちゃう真根さんなにげに凄いな。


「今日の会場はここです。レイさんとリリィさんは先についてますよ」


 緊張でゴクリと唾を飲む。

 ある種、我にとっても待ち望んでいたイベントが、この扉の先にある。


 精一杯、楽しんで、話して、頑張る。



 ――よし、いくぞ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る