23配信目 てんこうせい


「はじめましてなのじゃな! 我は■■■■じゃ! 気軽に■■ちゃんと呼んでくれ。変な時期に転校してきたが、よろしく頼むぞ皆の者!」


 うつむいて自分の机の木目模様を見ていると、元気な声が聞こえてきた。

 ああ、そういえば転校生が来ると昨日のHRホームルームで先生が言っていた気がする。まあ私にはそんな事関係ないけど。


 しかも何この口調。

 現実世界で「のじゃ」口調の人とか初めてだ。



「それじゃあ、■■さん。■■さんの席は…… あそこの一番うしろの窓際の席ね」


「了解じゃ… おっと、了解です!」


 私は顔を上げて、その『変な』転校生を見てみた。

 肩まで有る、まるで濡烏ぬれがらすのように綺麗な黒髪に、どこまでも見据えていそうな真紅の瞳。

 幼い顔立ちだが、パーツ一つひとつが整っていて、可愛くて綺麗。


 『了解じゃ』と『了解です』を間違えて言ってしまったようで、あはは、とからから笑っている。どうやら先生に対してはのじゃ口調ではなく、ちゃんと丁寧語で話すつもりらしい。


 身長は低く、胸も控えめ。

 まあ、俗っぽい言い方をすれば、ロリっ子だった。というより、本当に高校3年生なのだろうか? 中学1年生というなら納得の身長だが、本当に私と同い年なの?



 転校してきていきなりこんな目立つ行動してこの子は大丈夫だろうか。


 学校という閉じられた空間で、出る杭は容赦なく打たれる。

 こんな時期に転校してきたというだけでもアレなのに、更に口調で悪目立ちするとは恐れ知らずなのか、世間知らずなのか。


 まあ…… 別に私が心配することじゃないけれど。


 あわよくば彼女が私の“代わり”になってくれないかな…… なんて。


 ……いや、私は何を考えているんだ。

 はぁ…… 私って最低だな。


 何も知らないあの子が私のスケープゴートになってくれないかな、なんて少しでも思ってしまった。



「■■さん、なにその口調w ウケるんだけどw」

「ふっふっふー、変な時期の転校生、そして少し変わった口調。これ以上無いほどのキャラ付けじゃろう?」

「自分でキャラ付けって言っちゃうのジワるんだけどw」


「■■さんのその髪型カワイイね!」

「これか? これはツーサイドアップという髪型じゃ。ロリっ子の我に似合っておるじゃろう?」

「ロリっ子って自分で言っちゃうんだ(笑)」


「その…… ■■さんって、本当に高校3年生…?」

「まてまて、言いたいことは分かるが、れっきとしたJKじゃ! そう!花も恥らうJKじゃ!

 それにほら、我身長は低いけど、威厳とか、あるじゃろ?」

「そんなドヤ顔で言われても…… 威厳かぁ…」

「え、威厳…… 我無いのか…?」



 転校生は先生に指示された席につくやいなや、周りの子達に矢継ぎ早に質問されている。

 まあ、いいと思うよ。キャラ付けって自分で言っちゃうのはどうかと思うけど、アニメのキャラみたいで個性はたってる。


 意外にもクラスの連中にはキャラ付けが上手くヒットしているらしいし。


 ……でも、やりすぎないようにね。

 私みたいになっちゃ世話ないし。


 そんなふうに少し離れた席の彼女に思いを馳せて、私は再び自分の机の木目模様を目でなぞっていた。





 転校生がうちのクラスに来てから数日が経った。


 この短期間で彼女は驚くほど早くクラスに溶け込んだ。

 あんな目立つ振る舞いをして、なおかつ男子とも仲良くやっている様子を隠そうとしない。女子に人気の隣のクラスのイケメン君とも仲良くしている。

 普通なら女子の嫉妬心や反感を買っても良さそうだけど、彼女はそんなことにはならなかった。


 クラスカースト上位の女子とも仲良くやっているし、授業と授業の合間の休憩時間にもクラスの男子たちと面白おかしく話をしている。


 彼女はよほど世渡り上手らしい。

 小さな身長も相まって、彼女はクラスのマスコットキャラクター的な位置づけになっている。


 はぁ……

 私も彼女くらいコミュニケーション能力が高かったら、もっと違う学校生活があっただろう。



「■■ちゃん、今日一緒にお昼ごはん食べよう!」

「お、良いぞ良いぞ。学食でよいかの?」

「やった! うん、学食にしよ!」


「え、なになに■■ちゃんとご飯食べるん? 私らも混ざってOK?」

「良いぞ良いぞ」


 お昼ごはんもクラスの子たちと一緒に難なく食べている。

 まったくもって羨ましいね。

 まあ、私は今日も変わらずトイレの個室か、もしくは階段に座って食べようかな。最近は暖かくなってきたし、トイレや階段で食べるのもツラくない。


 ふと転校生の方を見る。

 いつもどおり、からからと快活に笑って楽しそうだ。



「お、そうじゃ! そこな眼鏡の文学少女。お主も一緒にお昼どうじゃ?」

「……へ?」


 ちらりと転校生を見ていたら、ふいに目があってそんなことを言われた。

 ……思わず変な声がでちゃったじゃん。


 すると転校生に話しかけていたクラスカースト上位の女子が、あざ笑うようにニヤニヤしながら話し始めた。


「あー、■■ちゃん。アイツは誘わなくて大丈夫だよ」

「ん? どうしてじゃ。我、あの文学少女と喋ったことまだ無いから良い機会じゃと思ったのだが」

「アイツ、つまんない子だし、『ウザい』んだよねー。ねぇ?」

「そーそーw」


「ふーん、そうなのか。じゃあ、お主ら的にはこのメンバーで良い感じかのぅ?」

「うん、皆で『楽しく』ご飯たべよう!」


 カースト上位の女子たちはわざと私に聞こえるように、『ウザい』とか『楽しく』とか喋る。いつものことだ。そう…… いつものことだから気にする必要はない。


 転校生もそれ以上なにも言わなくて良い。その女子たちに噛み付くとろくなことはないから。


「……そうか。了解じゃ。

 ん? お主、肩にゴミが付いておるぞ。……よっと、ん。OKじゃ」


「取ってくれてありがと。じゃー、またお昼のときにねー!」


 話はおわったらしい。

 転校生にそう言うと、自分の席に戻っていった。


 ちらりと時計を見るともうそろそろ2時間目の授業が始まる時間だ。2時間目はたしか数学の授業だったか。

 数学の鬼山先生は鬼のように厳しいからね。さすがのクラスカースト上位でもお行儀よく、始業のベルがなる前に席に戻るようだ。


 転校生はそんな女子を見送ると、ふいに小さく呟いた。


「……やっぱりのぅ」


 何がやっぱりなのか。

 はぁ…… いけない。ついつい他人が喋ることを無意識に拾ってしまう。私のこの地獄耳は余計なことまで拾うのだ。


 早く家に帰りたい。




******



「5千でいいからさ」

「ねえほら早く出してよ」

「ウチらも暇じゃないからさーw」


 最悪だ。


 放課後に呼び出しを食らったときから嫌な予感がしてたけど、お金をたかられるのは想定外だ。

 いままではとにかく無視をされたり、ウザいとかキモいとか、わざと聞こえるように言われたり。そんなことぐらいだった。

 こんなに直接的なものは始めてだ。


 今日は特別虫の居所が悪いらしい。



 今は放課後の、生徒たちの大部分が既に帰ってしまった頃。

 今日は部活が全校的に無い日だし、先生も職員室にこもっているだろう。そもそも、校舎の中ならまだしも、校舎裏の端っこの方なんて誰も通りがからない。

 まあこの女子たちもそれを見越してやっているに違いないけれど。


「今日さぁ、■■ちゃんに話しかけられてたとき、チョーウザい顔してたの自覚ある?」

「ほんと、ニヤついててキモかったわーw」


「そんなキモい顔見せられた私達の気持ち分かる? これはその慰謝料ってわけ」

「そーそーw いしゃりょーいしゃりょーw 正当な権利なわけー」


 間の悪いことに、今普通に5千円を持っている。

 お金を持っていない、なんて嘘をついてやり過ごすこともできるかもしれないが、バレたらより最悪だ。


 はぁ……


 もう普通に渡してしまおうか。

 お母さんたちバレたら財布を落としてしまったとか適当に言えば良いや。


 この最悪な空間から一刻も早く抜け出したい。

 私の心の中はそんな弱い思いで埋め尽くされる。



「ほぅー……」


 そんなふうにうつむいて考えていると、ふいに頭上から声が聞こえた。


 なぜ?


 私を助けてくれるヒーローなんていないのに。

 神様なんてこの世にはいないのに。



「放課後に4人で校舎裏か――」


 ピンチにさっそうと現れる白馬の王子様もいないのに。

 悪をくじく魔法少女だってこの世にはいないのに。


 あるのはただ、弱肉強食の世界だけなのに――。




「――随分と楽しそうじゃのぅ。何をしておるのか、我にも詳しく教えて欲しいものじゃ」


 小柄な少女がフェンスの上に座っていた。


 肩まで有る、まるで濡烏ぬれがらすのように綺麗な黒髪が、そよそよと風に揺れ、どこまでも見据えていそうな真紅の瞳はこちらを見下ろす。



 弱い私が悪いんだ。

 だから、助けを願うなんて烏滸おこがましい。


 けれど、彼女の真紅の瞳に魅入ったとしても、それくらいは許してほしい。


 だって、あまりにも綺麗だったのだから――。

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