8配信目 アンニュイな魔王様

「ふぅ…… 今日の配信も終了じゃな」



 配信を終了しYootubeを閉じる。


 昨日から始まったVtuberとしての生活。

 まさか自分が4期生に合格するとは思っていなかったから、なんというかまだ現実味が薄い。面接であれだけ噛み噛みで、加えてスーツじゃなくてダボダボのTシャツで受けて、オタク特有の早口を披露して合格するやつなんて、後にも先にも自分だけだろう。


 まぁただ――


 ふっ、と自然に口角が上がる。



 ――Vtuberとは存外楽しいものだな。



 ふと時計を見ると夜の10時近かった。

 配信を始めたのが夜の7時頃だったから、かれこれ3時間くらいは配信をしていた計算になる。


 どうやら久々に熱中していたらしい。


 もちろんレーペックスは好きなゲームだから普段から熱心にやっているが、やはり観客がいるというのは違った熱が入るのだ。



「ん? メッセージかの?」


 そんなふうに考えているとピコンッと調子の良い電子音がスマホから鳴った。

 どうやらキラキライブからのメッセージらしい。


 もしかしたら……


 頭の中に少し嫌な考えがよぎる。


 勝手に手元配信したのを怒られるかもしれない。

 チートを疑われてついかっとなってやってしまったが、冷静に考えたら運営に一言いってからやるべきだったかも…… まあ、過ぎてしまったことは仕方がない。



『ニーナさん

 お世話になります。キラキライブ企画部マネージメント課の真根まねです。

 配信、私も観ていたのですが、やっぱり手元配信やる前に私に一言ほしかったです……』



 メッセージの相手はニーナ・ナナウルムのマネージャーを務めている、真根まねからだった。まるでマネージャーをするためだけに有るような苗字だが、本人はこの苗字をいたく気に入っているらしい。

 そして、内容はやはり手元配信へのお小言だった。

 まあ仕方がない。これは自分が悪いとニーナも理解している。


『すみません、真根さん。チートを疑われてついカッとなってやってしまいました。』


『まぁ、ニーナさんはまだ3Dモデルもないし、そもそもうちの3Dのトラッキング技術ではニーナさんの繊細な動きについていけないでしょうから、結局は疑いを晴らすために実写の手元配信になってたかもしれないですけど…

 ニーナさんは“バーチャル”な存在なんですから、現実のことで何かしようと思ったら私に相談してくださいね! 絶対ですよ! ニーナさんのご希望に添えるように、私、頑張りますから!』


『承知しました。ありがとうございます、以後気をつけます。』



 ニーナさんのために私頑張ります、か――。

 相変わらず優しい奴じゃ。



 マネージャーの真根とは一度だけ実際に会ったことがある。


 本当は会いたくなかった…… というと語弊があるが、ニーナのコミュニケーション能力の欠如を考えるに、会うとまともにしゃべれない。ならばチャットが良かったというのが本音だが、何かと現実はうまく行かないものだ。

 ともかく、やはりマネージャーと一度も会ったことがないというのは何かと不都合があるということで、ニーナは会社から呼び出されて行った。


 電車で会社に行くのは人が多すぎてしんどかったので、テレポートで誰にもばれないように近くまで行ったり、会社の受付の人にうまく喋れなくて迷惑をかけたり、警察官に迷子だと思われて四苦八苦したり…… まあ、あの日は頑張ったとニーナも自分自身を褒めてやりたい。


 真根のことを一言で表すのであれば、『優しい』の一言に尽きるだろう。

 ニーナはまともに目を合わせられなかったのでよくは分からないが、パッと見た感じ、顔立ちもきれいなお姉さんだったと思う。

 新卒採用されて今年で3年目らしいが、とにかく縮こまり挙動不審なニーナのことを気にかけてくれた。まともに喋れなくて本当に申し訳ないと思ったが、あれがニーナの精一杯なのだ。許してほしい。



『そういえば、同期のレイさんとリリィさんがニーナさんとコラボしたいなぁって言っていましたが、やはりまだ無理そうですか?』


『そう、ですね…… ごめんなさい、まだちょっと…

 ただ、私もこのままではいけないのは分かっているので、ちょっとずつ前進できるように色々考えます。』


『分かりました。私にできることがあれば何でも言ってくださいね!

 夜分遅くにごめんね、今日の配信もとっても良かったよ! またね!』


『はい、ありがとうございました。』


 メッセージアプリを閉じて、ふぅ、と目を伏せる。


 ニーナ自身も分かっている。

 このままではいけないと。

 コミュ障を直すために一歩を踏み出さなくてはいけないと。


 ただ、その一歩踏み出す勇気が出ないのだ。

 大衆を前に演説をしていたあの頃のニーナが見たら、きっと笑うに違いない。


 ふっ、と自嘲気味に笑う。



 そんなふうに考えを巡らせていると、目を閉じているからか、外で降っている雨音がやたらと大きく聞こえてきた。



「雨、か――」


 そういえばあの日もこんな雨の日だった。

 ニーナの今世での両親が他界した日。あの日も今日みたいにひどく雨が降っていた。



 ――全くもって変わり者の人間じゃったな。


 生まれて1週間も経たないうちにしゃべり始め、1ヶ月もしないうちに歩きだす赤子など普通は気持ち悪いに決まっている。今世の両親はそんなニーナを気味悪がるどころか、天才だともてはやしていたく喜んでいたのを覚えている。

 小学校の入学式や、七五三、誕生日にいたるまで、一人っ子のニーナの記念日にはそれはそれは盛大に祝ってくれたものだ。



 そんな二人は交通事故であっけなく死んだ。

 即死だった。


 ちょうどニーナは修学旅行中で両親とは離れたところにいた。


 ニーナも蘇生魔法を使うことはできる。しかし、蘇生魔法とは制約が多い。

 事故が起きて数秒以内にニーナがそこにいればあるいは出来たのかもしれない。が、ニーナがそのことを知ったのは事故が起きて30分後だった。テレポートしてもどうしようもない。


 儀式がかなり大変だが、事前に水晶で両親の運命を見ておけば――

 両親に外に出るなと言っておけば――


 ただ、そんなのは結果論だ。



 それに、ニーナは知っている。

 人間とはもろい生き物だ。いつかあっけなく死ぬ。それが偶々あの日であったというだけのこと。

 この世界の仕組みがどうなっているのかは知らないが、二人の魂が迷わないように、前世で師匠から教わったまじないもかけてやった。


 だから別に悲しくはなかった。



 ――我に断りもなく死ぬとは勝手な奴らじゃ。



 だけど、ときどき寂しくなる。



「家族、か――。この家は1人で住むには広いのぅ」


 両親が生きている頃は手狭にも感じたが、今は広く感じる。

 そのせいかは知らないが、今日みたいにアンニュイな気分になってしまうとこの家で1人でいることが、なんというかときどき寂しい。


 いっそのことペットでも飼おうか?

 前世でもケルベロスを3頭ほど飼っていたが、犬を飼うというのは良いかもしれない。いや、猫も良いかもしれない。前世では猫っぽい魔物もいたが飼ったことはないから意外と良さそうだ。


 しかし、問題が一つ有る。

 ペットショップに行くのであれば、つまり店員と対峙しなくてはいけない。他のお客さんもたくさんいることだろう。そこに行くまでの道のり然り。ぶっちゃけ嫌だ。


「しかし、これを一歩にするのも悪くない、か――?」


 コミュ障脱出への一歩とするのも悪くないかもしれない。

 そうだ。これはなかなかの妙案な気がしてきた。


 例えば、これに縛りを設けるのはどうだろうか。


 ペットは生体だからネットで買うのはそもそも無理だが、ペット用品はネットで買える。ここであえてペット用品関連はネットで買わないという縛りを設けて、強制的に外に出る機会を増やす。

 うん、良いかもしれない。『家族』のためなら頑張れる気がする。


 そうと決まれば、まずは情報収集だ。




 ああ、いや、その前に奴に連絡しておこう。



『真根さんへ――

               』

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