人類シミュレーター

@SchwarzeKatzeSince2018

本文

『では、次のニュースです。火星探索基地にて史上最高のスーパーコンピューターを構築するプロジェクト、【アースシミュレーター】。本日火星に到着する予定で、まもなく大気圏に突入予定で……』

「翔太、朝ご飯出来たわよ!」

「ありがとう、母さん」

 ホログラムビジョン、いわゆるHVを見ながら食卓に着く。

 火星基地がほぼ完成し、このスーパーコンピューターが完成する頃には、火星居住計画も始まるとか何とか。そんなニュースが流れている。

 移住計画も裕福層がやるものなので、僕には縁のない話だと思う。

 実際の所、僕は地球が好きだ。遠く離れた火星に移住なんて考えられない。僕は生まれた星で一生涯を過ごしたい。そう考えている。

「じゃあ、行ってきます」

「気を付けて! 行ってらっしゃい!」

 朝食をとり終えて、用意していた鞄を取り、僕は学校に向かう。

 玄関を出たあたりで、僕の視界にメッセージの着信が左下に入る。視覚野に干渉するウエアブル端末の装着を義務づけられている。実際の所これが無いと不便というか、生活が出来ないくらい、買い物や学校にも入れないくらい必須になっている。

 それはおいといて。僕はその通知アイコンが表示されている位置に指を差し伸べて、メッセージを開く。

『おはよう! もう家から出たか?』

 誠哉からのメッセージだ。腐れ縁で今まで友人として付き合っている。登校するルートに誠哉と一緒に会う交差点がある。いつもの挨拶で、いつもの光景だ。

 僕は思う。いつもの日常という物が、一番の幸せだと思う。

 僕はいつもの内容で誠哉に返す。

『ああ、出たよ。じゃあいつもの所で、待ち合わせで』

『ちょっとボイスモードでも良い?』

『うん、了解。切り替えるから』

「ありがとう、翔太聞こえるか?」

「聞こえるよ。誠哉」

「じゃあ、いつもの行くか!」

「いいよ」

 いつもの。それはこの世界は現実なのか、仮想なのかという議論だ。とんでもないような説に見えるけれど、それを立証する説もない。

 僕はこの手の話は好きだ。誠哉も好きなので、毎日の様に議論をしている。ちなみに僕は現実派。誠哉は仮想派で分かれて議論している。

「俺はやっぱり仮想だと思うんだよね。今では科学が進んで、人工分析も進んでいるし、ヒトDNAの解析も完全に終わって、コピーも作れるって話じゃないか。それをスーパーコンピューターにぶち込んで、シミュレーションなんかできたりするんじゃないかな?」

「なるほどね。僕は現実派の立場だから言うけど。今、人類が作っているのが先だと思うよ。だって作られてからそのデータをロードしなければならないじゃない? 僕達はそんなことやったっけ?」

「そう来たか……そうなら、俺は俺らの親世代やもっと先から、採取している可能性があると思うんだ。もしかしたらDNAから行動をシミュレートできるんじゃないかと。だからこの世界は作られた世界だと思うんだよね」

「ふ~ん。でも、現実的には、【生と死】があるから、それがあることが不思議なんだよね。シミュレートするなら、この概念って要らなく無いかな?」

「それも含めて、シミュレートしてるんじゃないかなと思うんだな。そういう概念も取り入れ無いと意味が無いのかも知れないって、思うんだよなぁ。っと、そろそろ合流地点だな」

「だね。じゃあボイスはオフにするね」

 通学途中でのいつもの光景。こんな議論をしながら通学を楽しんでいる。僕は絶対に現実派。だけど、誠哉はガンとして仮想派を変えない。

 とはいえ。この議論はもう二百年は続いているが、答えが出ない問題ではある。答えが出ないからこそ、僕は机上の空論だと思っている。でも、僕達は普通の高校生。きっと解決はしないだろう。

 昔で言う、『卵が先か鶏が先か』の議論と一緒だと思う。でも、この件は半世紀前。卵を形成する物質が、鶏じゃないとできないことが分かったとのことで、鶏が先との結論が出たという。今の学校で受けている生物の教科書にもでている。

 僕は思う。人間の知的好奇心は無限大で、それが人類が発展する、膂力になっていると思う。誠哉との無駄話。興味本位で話している内容。もしかすると、僕と誠哉が将来そういう研究をしていて、この話も笑い話になるかも知れない。

「よ、翔太」

「改めて、おはよう!」

「で、えっと……何処まで話したっけ?」

「DNAで何とかって感じだったかな?」

「そうそう! きっと凄い演算能力があれば可能だと思うんだよね。現に地球シミュレーターもほぼ完璧な精度じゃない? もう全て計算して、気象や百年先の気候まで、綿密に計算できるから。もう人類を。人類の記憶を取り込んでるかも知れないって、仮定も出来ると思うよ。例えば……層だな、【アースシミュレーター】とかじゃどうだろうか」

「ん? あれってまだ出来て無くない?」

「いやさ、俺が思うにはすでに完成した未来で、何かの研究をするためにシミュレートしてるかもって、思ったりするんだよ」

「何かの研究?」

「そう。もしかしたら、人類は滅びてるかも。とかね」

「滅びた?」

「例えばの話だけどね。何かの問題が起きて、地球が滅びた。それを別の回避手段があったか。そんなことをやってるんじゃないかなってね」

「なるほどね。そういう考え方があるのか。でも、どっちが先か分からないよね。僕は今の人生が初めてに賭けるけどね」

「じゃあ、俺は仮想現実だな。まぁ、今日も並行線だったね」

「いやさ……解決出来れば、僕達は天才だよ」

「まぁ、そうだな!」

 いつも通りの会話。

 いつも通りの雑談。

 いつも通りの結論。

 いわゆる哲学的な。

 いわゆる科学的な。

 そんな、哲学・科学ミステリを。

 そこまでは普通だった。

 けど。

 今日は違った。

「あれ?」

「ん? 翔太どうした?」

「あの……空の火の玉……」

「あっ。なんだあれ?」

 その火の玉は、そんな会話をした後。一瞬で地上に溶け、あたりは閃光に包まれた。


 ◆◆◆◆◆◆


「今回の生存率は十八パーセントです」

「前よりは一パーセント上がったか……」

「初期実験から、既に五百回目です。前任者から引き継いで、百回目でしょうか」

「当初は……いや、現実には五パーセントにも満たない惨事だったからな。生存者も、その後の気候変化で死に絶えてしまったが」

「ええ、そうですね。現在のパーセンテージでも、気候変化で絶滅ですね」

 私は、半世紀前のいわゆるサードインパクト。ーーちなみにファーストインパクトは月が出来たとき。セカンドインパクトは恐竜の絶滅に関わっていると言われている。それを避ける方法がないかを【地球人類シミュレーター】と名付けられた、スーパー量子コンピューターで、再現実験をしている。

 当時の技術力で、避けることが出来なかったかを、もう何代も前の前任者から数十年続けて、研究実験をしている。

 あの当時に科学者達が出していたアイディアを元に、実践シミュレートをし続けているところだ。

 ここは、そのサードインパクトの影響を受けなかった、火星基地。地球は死滅したが、火星に移住できた研究者達が施設を増強し、完全にインフラが整っている。もう、暮らしやすいものである。

「先生。リトライ準備します」

「あぁ、頼む」

 地球人類の生存ルート。

 それがあったのか。

 私は実験を繰り返す。

 ……また、シミュレーター上で、大量に殺害する。

 そんな、神に背徳した研究を続けていく。

 生存ルートが見つかるその日まで……。

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