死者からのメッセージ

@SchwarzeKatzeSince2018

本文

 死者と会話をしたい。

 考えたことはありますか?

 亡くなった祖父母。

 親しかった友人。

 もしかしたら、恋人とか。

 私はあります。


 最後に言い残した言葉。

 志半ばに失った友への言葉。

 恋人への感謝の言葉。

 あげていけば、きりがないでしょう。


 しかし。

 死者と会話出来れば、それは幸せなことでしょうか?

 報われることなのでしょうか?

 本当に会話が出来れば、良いのでしょうか?

 今日は、こんな物語を紹介致します。


◆◆◆◆◆◆


 僕は悲壮の真っ直中にいた。

 オーダーメイドした黒のスーツ。黒のネクタイ。黒の靴下。白のワイシャツ。帰宅したけれど、もう着替える気力も起きない。

 このまま彼女と共に……そんな考えがよぎる。

 少し広い間取り。僕の給料では相当頑張って、ぎりぎり払える家賃。もうすぐここも引き払うことになるだろう。


 二人で生活した空間。

 二人で苦労した空間。

 二人で幸せを共有した空間。

 二人で辛さを共有した空間。


 それも、すべて終わりにする。

 明日は彼女の遺品整理。それまでは感傷に浸っていたい。

 それまでは……。


 そして。

 気がついたら、朝がきていた。いつの間にか眠ってしまったらしい。

 休みは今日まで。感傷に浸ってる時間はない。仕方がないので僕は彼女の遺品整理を始めた。感傷は片づけをしながらで良い。そう思いながら、同棲していた彼女の遺品を一つずつ片づけてゆく。


 僕が初めて渡した、小さな石のついたイヤリング。

 僕が初めての誕生日に贈った、ペアの腕時計。

 僕が初めて彼女と撮った、写真のシール。

 僕が初めて彼女のために取った、クレーンゲームのぬいぐるみ。


 想い出の詰まった、小物達。それを一つひとつ、彼女の笑顔を思い出しながら、小箱に詰めていく。思わずあふれ出る涙を拭いながら。気を取り戻しながら。僕は時々手が止まりながら、整理を進める。


 彼女と行って、海で拾った貝殻。

 彼女と行って、山で拾ったきれいな小石。

 彼女と行って、川で拾ったガラスの破片。


 こんなものまで、大切にしていたなんて……僕は感極まって、泣き崩れてしまう。


 そんな時。

 僕のスマホにメッセージが来た、着信音が鳴る。

 会社からだろうか? 僕は一旦遺品整理の手を止めて、スマホに手を伸ばし、スマホの画面を見る。そして、誰から通知が来たのかを確かめる。

 僕は、その相手の名前を見て、驚愕する。

 ーー香奈。

 今まさに、その彼女ーー香奈の遺品を整理しているところだ。

 昨日、香奈は灰になったのを、僕は見ている。


 何故!?

 いや……遅れて届いただけだろう。

 僕はそう思いながら、メッセージを開くと、そこには予想を遙かに越えた内容が書かれてた。


『俊二。急に逝ってしまってゴメンね……寂しくない?』


 僕の名前で、香奈が呼ぶ呼び方。

 そしてこの文面では、彼女が亡くなった後の内容。しかも、本当に今届いたようだ。

 僕は驚愕して、声を失った。


 いや、これは誰かの悪戯ではないか。

 僕はこの酷い悪戯をしている、犯人を突き止めるためにメッセージを返す。


『香奈……なのか? 香奈なら、僕の小さい頃につけられた、あだ名はわかるよな?』


 若干トラップを仕込んだ、メッセージを送る。

 僕のあだ名を知っている人物は限られる。そうやって、悪質ないたずらをしている犯人を突き止めてやる。そう思っていた。


『ドンジ。これで信じてくれる? 足が遅かったから、中学校の時にいわれてたのよね?』


 僕は再び言葉を失う。

 あだ名も、エピソードも合っている。

 と、なると、中学校の同級生に違いない。

 僕は更なるトラップを仕掛けて、あぶり出そうとする。香奈しか知らないエピソードだ。これに答えられなければ、偽物。確信出来る。


『わかった。じゃあ、僕の最初にプレゼントした物は何かわかる?』


 これは、彼女しか知らない秘密だ。

 答えはイヤリング。彼女が誰かに漏らしてなければ、わからないはずだ。


『俊二は覚えてないかもしれないけど、ガムの銀紙で作った指輪だよ。俊二が覚えてるとしたら、小さなジルコンが付いたイヤリングね。まだ信じてないなら、告白したときの言葉も言えるわよ? 不器用だから、思わず笑っちゃったわよ。でも、うれしかったから覚えてるの。いつまでも私の横で笑顔を贈りたいって』


 僕の知らないエピソードも付いてきて、絶句する。

 確かに、小さい頃にそんなこともやった気がする。幼いときにプロポーズごっこみたいなので、渡したガムの銀紙を丸めて作った指輪。それと、追加されたプロポーズの言葉。


『本当に……香奈なのか?』


 僕はもう、信じるしかなかった。これだけの情報をどうして?

 まだ、半信半疑だけれど……恐る恐る返事を待つ。


『信じてくれた? そうね……突然すぎたもんね。私には一瞬の出来事立ったよ。信号待ちしてて、車が突っ込んでくるなんて……。ゴメンね。先に逝っちゃって……』


 そう、香奈の死因は事故死。

 交差点で車同士の衝突事故が起き、その一台が彼女のいる方向に突っ込んできたのだった。即死だった。彼女は何が起こったか、わからずにあの世に逝ってしまったんだと思う。


『うん。今ね、香奈の遺品整理をしてたところだよ。でも、どうして香奈はメッセージが打てるの?』

『なんか、こっちの世界から通信出来るみたいだったから、やってみたの。理由は私もよくわからないけど……』


『そうか……僕も香奈とこうして話が出来るの、うれしいよ。元気だった……って、死んでるのか。なんていえばいいんだろう?』

『元気、元気! そうそう、このメッセージもいつ途絶えるかわからないから、先にちゃんとお別れ言っとくね。私は俊二が幸せになってほしいから、早く私のことは忘れてね。良い人見つけるんだよ!」


『……そう……かぁ。そうだよな』

『うん! でも、私の我が儘。通信が出来なくなるまで、連絡させてね!』


『わかったよ。じゃあ、僕からもお別れの言葉伝えるね。今までありがとう。とても幸せだったよ。叶うことなら、ずっと一緒に居たかったけど……でも、僕も香奈の事は忘れるように、努力するよ。幸せになるからね?』

『……やっぱり、今いわれると、寂しい……謝って!』


 こうして、死んだはずの香奈と僕との、奇妙なメッセージのやりとりが始まった。

 その後も、一ヶ月経っても、二ヶ月経っても、メッセージのやりとりは続いていた。とぎれることはなかった。


 そして、三ヶ月が経ったとき。僕に転機が訪れる。

 幼なじみの早織と会うことになった。

 香奈の葬式以来になる。


 近所ではあるけれど、お互い忙しくてなかなか時間を合わせる事は出来ないでいた。つい一週間前に、早織から会う約束の連絡をしてきて、丁度休みが合ったのが、今日。

 喫茶店で待ち合わせをして、僕は待っていると聞き慣れた声が飛んできた。早織の声だ。


「俊二! 久しぶり。香奈が亡くなってから、三ヶ月だね」

「早織も元気そうで。そうだね……時が流れるのは早いね」

「俊二は……まだ香奈のこと……好きなままなの?」

「あぁ、そうだね」


「ねぇ。俊二。もうそろそろ忘れなよ」

「え?」

「後を引きずって、生きるよりも。香奈は、俊二に幸せになってほしいと思うの」

「うん、確かにそう言ってたな……」


「え?」

「い、いや。何でもない。そうだね、そろそろ引きずらずに、幸せになる方法を考えなきゃだね」

「うん……」

「……」


 僕はぼんやりと、香奈の事を考えていた。メッセージは今でも届いている。けど、香奈は僕の新しい幸せも祈ってくれる。

 新しい幸せ……そろそろ、僕も踏み出さないといけないかな。


「ねぇ、俊二……」

「なに? そんな改まって」

「私ね。俊二の事、好きだったの。ずっと小さいときから……。で、香奈に取られて、泣きはらしてたの。だから……よかったら、今度は私と……」


 早織はそう言うと、泣き崩れた。

 その涙の理由は何となくわかる。

 僕へ気持ちを伝えたこともそうだけど、きっと香奈への罪悪感が強いのだろう。


 実際のところ、早織にも気が有ることを何となくは察していた。けど、香奈に一途だった僕は、その好意を無視し続けていた。


 きっと、早織も複雑な気分で、僕に告白したのだろう。

 もしかすると、香奈も喜んでくれるかも知れない。

 いや、早く僕が幸せにならないと、成仏出来ないのかも知れない。

 僕は勇気を持って、応える。


「うん、ありがとう。これから付き合おう」

「……」

「いいんだよ……僕が幸せに……いや、僕たちが幸せになる一歩になろうよ。だから……付き合ってください」

「……はい」


 その夜、僕たちは早織のアパートへ向かった。

 早織のアパートなんて、初めて来た……って、当たり前か。

 来ていれば、香奈に立派な浮気判定されるだろう。


 小綺麗に飾られた、女の子って感じの部屋になっている。

 ふと、視線を送ると、僕と早織の二人だけが写った写真が、ガラスの写真立てに飾られていた。高校の時の写真で、部活が一緒で卒業する時に撮ったものだと思う。


「……こんな写真、大切にしてたんだ。片思いしてたんだ」

「……」

「正直、香奈には悪いと思ってる。けど……それでも、私の気持ちは止められなかったの。……ずるい女よね」

「ううん。いいさ……」


 そう。香奈の事を忘れて、早織と一緒になろう。

 そして、そうすれば、香奈が安心して成仏出来るかも知れない。

 そう思った。

 その時だった。僕のスマホにメッセージ着信の音が鳴る。


「俊二、メッセージの通知音、鳴ってるよ?」

「あぁ、ゴメン。ちょっと確認するね」


 僕はポケットから、スマホを取り出して、メッセージをチェックする。

 香奈からだ。

 僕は、返信で早織と付き合うことを伝えようと思った。

 ……しかし。

 メッセージを見て、凍り付いた。


『今、早織のところにいるでしょ? わかるんだから! この浮気者! 早織とだけは、許せない!!』


 な、なぜ? なぜ早織のところに来てると?

 立て続けに、受信音が鳴る。


『早織とだけは……早織とだけは……絶対に!!』

『私は死んでるのに、俊二だけが幸せになるのは、許せない!』

『このまま、私と永遠に居て!』


 僕は次々と来るメッセージに、氷付いたままだった。

 異変に気が付いた、早織が僕のスマホを横から見る。


「これ、悪質な悪戯じゃない?」

『早織。悪戯じゃないわよ。私よ。香奈よ!』

「うっ、うわぁ!!」

『早織にだけは取られたくない。いや、永遠に私の物よ!』


「香奈はもう死んでるじゃない! 俊二には俊二の幸せな人生を歩んでほしくないの?」

『気が変わった。俊二と永遠に一緒になる。俊二がこっちになかなかこないなら、迎えにいく!』

「嘘よ! あなたはもう死んでる。悪質な悪戯よ!!」

『悪戯じゃないわよ! ずっと私たちの隙を見て、うかがってた癖に! 私はずっと早織に俊二が取られるんじゃないかって、気が気で無かったんだから! 早織とは絶対に嫌! 早織に取られるぐらいなら、私は俊二を連れて行く!』


「嘘よ。嘘よ、嘘よ! そんなの嘘よ! 誰かの悪戯よ!」

『じゃあ、本物って証明するわよ! 私が病気で寝込んでる時、俊二をそそのかしてたのだって知ってるんだから! あの後、俊二と大喧嘩よ! その話だって、俊二から聞いてるんでしょ? 海に三人で行ったときだって、私の居ない隙を見計らって、色仕掛けしてたの見てたんだから。もっと言っても良いのよ? 私が死んだときに、私への悲しみよりも、俊二を取って内心喜んでたことだって、見透かしてるのよ! 私は見てたんだから!』

「い、いやぁ!!! 嫌よ!! 嘘よ! 出鱈目よ! 誰なの!? 正体明かしなさいよ!」

『じゃあ、本物かどうか、そこまで言うなら証明するわ!』


 早織は青ざめていく。

 本物の証明? 香奈は一体どうする気なのだろうか。

 その答えは、すぐにでた。

 僕のスマホが着信音を響かせる。


 着信先。香奈だった。


「いやぁぁぁ!!!」


 早織は恐怖で悲鳴を上げている。僕も悲鳴を上げたいぐらいだ。着信にでる勇気は無い。


 三ヶ月。

 メッセージではやりとりしていたが、着信は初めてだった。


 怖すぎる。恐怖でスマホを眺めるしかなかった。

 鳴り止まない着信音。

 僕と早織は、正気を保っていられなくなった。

 スマホから少しずつ遠ざかり、部屋の隅まで追いつめられている。


「やめて!!!!!」


 早織が叫ぶ。

 しかし、鳴り止む気配は無い。


 僕は勇気を振り絞って、少しずつスマホに近づく。

 そして……スマホを持ち上げたときーー。


◆◆◆◆◆◆


「またダメか!!」

 端末に映された文字をみて、悔しさで俺は叫ぶ。

 端末に接続されているキーボードに怒りをぶつける。


 大規模に育ったネットワーク。

 もうこれ無しで人類は生存・繁栄は無理だろう。それくらい密な物になっている。

 私は悪戯心で、エジソンが最後に発明した機械を、このネットワークに解き放った。


 五年前に不慮の事故で死んだ彼女と交信したくて。


 でも、結果は散々な物だった。

 文字化けしたメッセージしか飛んでこない。メッセージの発信元も分からない。バグなのかも知れない。

 俺はそんな交信機を見つめて。


 馬鹿げた発明。

 狂気の発明。

 凶悪な発明。


 実現しても、そんな発明だろう。死者が現世に干渉してくる世界なんて、狂っている。


 俺は交信機に向かい、斧を振り上げた。


◆◆◆◆◆◆


 着信音は切れた。

 その後、十分、二十分経っても、鳴る気配は無かった。


「終わった……のかしら?」

「終わった……んだよ。きっと」


 そう二人で言ったとき。

 二人の写真が入ったガラスが落ちて、割れる音がした。


◆◆◆◆◆◆


 いかがだったでしょうか?

 この物語を読んで、どう感じましたか?

 死者に縛られる。

 会話が出来なくても、そういうことは多々あるでしょう。

 言えなかったこと、伝えたかったこと、特に後悔したこと。

 死んでから話をすればいいのでしょうか?

 それとも、縛られることをやめれば良いのでしょうか。


 ……おっと、私のスマホに電話が入りました。

 私はこれにて失礼致しますね。

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