ホッチキス

委員長

ホッチキス

 暗い木目調の机の上に、ホッチキスが置かれている。踏切を照らすブルーライトよりも濃い色をしていて、出で立ちはぽっかり口腔の空いた魚類の頭部だった。口は耳元の方まで裂けていて、中には銀色の機構が見えた。部屋の天井に付けられた白熱電球の光線が持ち手のところで反射していた。

 書類を挟む方を目の前にして見てみると、ホッチキスの針が入っている部分はさながら出っ歯である。青いボディを爪で弾くと乾いた音がした。針は一本も入っていない。ホッチキスの鼻先と顎に指の腹を当てて紙を綴じる真似をした。すると、部屋に切符を切る音が響いた。それは駅の改札の音だった。

 実際にその音を聴いたことはない。YouTubeにまだ自動改札機が普及する前の時代の改札の様子を映した動画があって、それを少し前に見た。銀色の囲いに入ってハサミを絶えず動かす駅員に向かって、通勤や通学の乗客が荒波のように押し寄せてくる。改札の数歩手前でようやく列をなすと、手元の切符を駅員の差し出す手の方にそっと見せる。駅員はその切符をそのままハサミの持つ手の方へ寄せて、そして切るのだ。ハサミの支点で金属が擦れ合い、先端部は感熱紙を鋭く破く。紙の繊維が裁断される湿り気のない音と、耳の奥の方まで入り込んできて鼓膜を震わせる高い音だった。目の前にあるホッチキスが奏でる音は入鋏のそれに限りなく近いように感じた。

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ホッチキス 委員長 @nigateiru

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