今夜で忘れるから5年前に戻ろう…

 1週間後。

 北斗は通院しているが、怪我も順調に治っていた。

 抜糸も済んで、頭の包帯もとれてガーゼを当てるだけでよくなり、来週からは保育園にも行ってよいと言われた。


 北斗は大喜びで、また幸弥に会えると言っていた。



 夕飯の買い物をして帰ってきた茜と北斗。


 北斗はおもちゃで遊び始めた。


 茜は冷蔵庫に食材をしまって、夕飯の準備を始めた。

 今夜はカレーを作るようだ。


 北斗はカレーの中にコーンを入れるのが好きである。


 美味しそうなカレーの臭いがして来た。




 ピンポーン。

 チャイムが鳴り茜はモニターを見た。

 すると…


「え? 」


 モニターには幸弥と秋斗が写っていた。


 時刻は17時30分を回っていた。

 保育園の帰りに寄ったのだろうか?

 


 茜は玄関に向かった。

 玄関を開けると、幸弥と秋斗がいた。


「こんにちは北斗君ママ」

「どうしたの? 」

「北斗君のお見舞いにきたの。明日は保育園お休みだから、帰りに寄ってってお父さんにお願いしたんだ」


 バタバタと足音がして、北斗がやって来た。


「北斗君、大丈夫? 」

「幸弥君。来てくれたの? 有難う」


「狭いところですが、どうぞ上がって下さい」


 戸惑い気味に茜は幸弥と秋斗を部屋に入れた。



 部屋に入ると、幸弥と北斗はおもちゃで遊び始めた。



「どうぞ」

 食卓の椅子に座った秋斗にお茶を出した茜。


 食事の準備をしていた茜はエプロンをはずして、少しずらして斜め前に座った。


 茜が座ると、秋斗は鞄から封筒を取り出して茜の前にそっと置いた。


「これは、返しておくね」


 その封筒は、茜が北斗の入院費を立て替えてもらい秋斗に送り返したお金だった。


「どうして、こんな事したの? 」


 秋斗が訪ねると、茜は少し困った表情を浮かべた。


「ごめんなさい。立て替えてもらったお金だったから、返さなくちゃいけないからと思ったんです。直接持って行けばよかったのだけど、北斗が居るから行けなくて。だから郵送したの。…ごめんなさい…」

「謝ってほしいわけじゃないよ。治療費と入院費を払ったのはね、幸弥が北斗君に痛い思いをさせてしまったって、ずっと言っていたから。おわびのつもりだったんだ」


「そんな…幸弥君のせいじゃないから…」

「分かっているよ。でもね、僕もそうしたかったんだ。だから、そのお金は北斗君の為にとっておいて」


「でもこんなお金、頂けないし」

「それは、ご主人もそう言っているの? 」

「え? 」

「ご主人は今日も仕事? 」

「え、ええ…。もう、アメリカに帰りました。仕事が立て込んでいるから」

「怪我している北斗君を残して、アメリカに帰ってしまうのかい? そんなに仕事が大事なのか? 君は仕事を休んでいるのに? アメリカは子育てには協力的だって、聞いているよ。子供が怪我をしているなら、融通聞くんじゃないの? 」


 茜は何も答えられなくなった…。


「ねぇ、1つだけ答えてくれないか? 」

「な、何? 」


「今、幸せなのか? 」

「もちろん幸せよ。北斗だっているんだから」


 また、北斗の名前を出す茜に、秋斗はやっぱり北斗がいる事で自分を安心させようとしている茜の姿が見えた。


「僕が聞いているのは、君自身が本当に幸せなのかどうかだよ」


 そう聞かれると、茜の目が少し泳いだ。


「もちろん…幸せに決まっているじゃない。…」


 そう答える茜は少し辛そうな目をしていた。

 そんな茜の気持ちが、秋斗には自然と伝わってきた。



「ここって、昔、君が住んでいた部屋だよね? 住所を見てすぐに分かったよ」


 秋斗は話題を反らした。

 茜は現金封筒にここの住所を書いたことと。

 ここは5年前、茜が住んでいたマンションをそのままにしておいたことを思い出した。

 秋斗が覚えていて当然かもしれない。


「このテーブルも、そのままだよね。あのソファーも、テレビもそのままじゃないか」

「私が居ない間は、母が使っていたので」


「そうなんだ。お母さんはどうしているの? 」

「今は入院しています。…肺を悪くしているので」


「そうなんだ。じゃあ、今は君は一人で北斗君を見ているのかい? 」

「弟が近くにいるので、力を貸してくれますから」


「ああ、颯太君ね。とっても良い子だね、素直でそのままの子だから驚いたよ」

「はい、あの子はとっても素直で。優しくて感謝しています」


 北斗と幸弥の楽しそうな笑い声が響いた。

 その様子を見て、秋斗は嬉しそうに笑った。


「いいね子供って。素直に笑えるし正直だから。幸弥が、あんなに北斗君の事を気に入るなんて驚いたよ。ずっと人見知りだったから、保育園でもなかなかなじめなくてね。北斗君に会ってから、保育園に行くのが楽しくて仕方がないって言ってるよ」

「北斗も喜んでいます。お兄ちゃんができたと言っていて…」



 2人が話していると北斗がやって来た。


「お母ちゃんお腹すいた」

「そろそろ、ご飯にするね。待っててね」


「幸弥君も、お母ちゃんのカレー食べたいって言っているよ」

「え? 」


 おもちゃを持って幸弥がやって来た。


「北斗君のママが作るカレー食べたい! すごくいい匂いするもん」


 どうしよう…と、茜は秋斗を見た。

 目と目が合うと、秋斗はそっと微笑んだ。


「ごめん、わがままな子で。もし、沢山作っているなら。幸弥にも食べさせてもらえるかな? 」


「あ、でもうちのカレーにはコーンが入っているのだけど。幸弥君食べれる? 」


「え? 僕コーン大好き! 食べたい! 」


「分かったわ。じゃあ、用意するから。北斗と一緒に、おもちゃを片付けて手を洗ってきてね」



「はーい! 」


 北斗と幸弥が揃って返事をした。。



 茜は北斗と幸弥のカレーを用意し始めた。



 そんな姿を見て、秋斗は久しぶりに心から笑えた気がした。


 秋斗と幸弥の住んでいる家に比べたら、茜の家は狭いけど。

 とても暖かくて安心できる。

 普通の一般的な家族は、こうして狭い家でも楽しく過ごしている。

 秋斗も父と母が元気な時は、家は狭かったがとっても暖かくて毎日笑って過ごしていた。


 5年前。

 あのまま茜と結婚していたら、今頃はこうして笑い合っていたのだろうなぁと、秋斗は思った。



「いただきまーす」


 北斗と幸弥が元気よくカレーを食べ始めた。


「あ、ポテトサラダもある。これも食べていいの? 」


「ええ、いいわよ」


 幸弥はとっても嬉しそうに食べている。


「はい、良かったらどうぞ」


 茜が秋斗の分も用意してくれた。


「いいの? 僕まで食べても」


「カレーの時は、どうしても沢山作ってしまって。いつも翌日まで残るから、食べてもらえると助かります」


「そうなんだ、じゃあ遠慮なく頂きます」

「子供に合わせて甘口なんで、辛さが足らないかもしれないけど」


 秋斗はカレーを一口食べると。

 5年前、茜が良く作ってくれていたカレーの味を思い出した。

 茜はいつも辛口と甘口を半分ずつルーを使って作っていた。

 甘党の茜と辛口好きな秋斗の味を丁度良くするために。

 茜はちょっと辛そうに食べていたが、それでもとても嬉しそうに笑って食べていた。


 その時の味を思い出して、秋斗はとても懐かしくなった。


「お母ちゃん、おかわり」

「あ、僕もおかわり」


 北斗と幸弥が同時におかわりをしてきた。


「はーい、ちょっと待ってね」


 せかせかと、茜はおかわりをついでくれた。

 なんだか賑やかで、とても楽しい食事のひと時である。




 しばらくして、食事を終えて北斗と幸弥はまたおもちゃで遊んでいた。

 茜は後かたずけを始めた。


「洗い物は僕がやるから、座ってて」


 秋斗は茜を椅子に座らせた。


「何言っているの? お客様にそんな事させられませんから」

「いいから、少しは休んでよ。それに、僕はお客じゃないから。北斗君の看病で大変なんだから。頼れるときは、頼ればいいんだよ」


 そう言って、秋斗は手際よく洗い物を始めた。

 茜は洗い物をしている秋斗の背中をじっと見つめた。


 


 5年前。

 週末は2人で泊まって過ごしていた。

 秋斗が茜の家に来ることもあった。

 その時はよく、カレーやオムライスを作っていて。

 秋斗は食事が終わるといつも洗い物をしてくれた。

 いつも気を使ってくれていた秋斗が、今目の前にいる事が茜は嬉しかった。


 北斗にお父さんが居たら。

 もっと喜んでくれただろうなぁ…。

 そんな事を茜は思ってしまった。



 洗い物が終わって。


「幸弥、そろそろ帰るよ」


 声をかけると


「ん? 幸弥? 」


 リビングで、北斗と幸弥が手を繋いで仲良くぐっすり眠っていた。


 時刻は20時を回る頃だった。


「遊び過ぎて疲れちゃったんだね。でも、すごいなぁ。こんなに仲良く手を繋いでいるよ」

「本当だ…」


 ギュッと手を繋いで眠っている北斗と幸弥はとって安心して眠っている。


「ここからは、どうやって帰るの? 」

「来るときは近くまでバスできたんだ。帰はタクシーでも呼ぶよ」


 と、秋斗が携帯電話を取り出した。


「あの…」

「え? 」


 手を止めて、秋斗は茜を見た。


「良かったら…泊まって行ってもいいですよ。タクシー呼ぶのも大変だし。幸弥君を抱えて下まで行くのも、大変だと思うから…」


 緊張した面持ちで茜が言った。

 そんな茜を見て、秋斗は思わず携帯電話を落としてしまった。


「あ…」


 茜は携帯電話を拾って、秋斗に渡した。


「ごめんなさい。変な事言ってしまって」

「いや。…僕もそうしたかったから。…久しぶりにここに来て、なんとなく帰りたくなかったから…」


 茜は赤くなって、俯いてしまった。


「あの…。とりあえず、この子達を寝室に運びましょうか。このままだと風邪を引いてしまうから」

「ああ、そうだね」

「あ、ちょっと待って。お布団敷いてくるから」



 茜は寝室へ行き、布団を用意した。

 北斗の布団は2人で寝れるくらい広い。

 布団と毛布は2枚用意した。

  

 茜が布団を用意している間に、秋斗は今日は幸弥と一緒に友達の家に泊まってくると連絡を入れた。

 紗矢が電話に出てとても嬉しそうに

「はいはい、ゆっくりしてらっしゃい」

 と言ってくれた。



 布団が用意できて北斗と幸弥をパジャマに着替えさせて、布団に寝かせた。

 手を離さないで、北斗と幸弥はぐっすり寝ている。


「よかった、北斗のパジャマちょうど良くて」

「幸弥はまだちょっと小さいから」


 布団をかけて電気を消して、秋斗と茜は寝室を出た。

 2人の足音が遠くなると…。



 幸弥は目を開けた。

 北斗も目を開けた。


「北斗君、大成功だよ! 」


 幸弥が小声で言った。


「良かったね、お泊りできて」


 北斗も小声で言った。


「明日も遊べるね、北斗君」

「うん」


 北斗と幸弥は、どうやら泊っていけるように寝たふりをしていたようだ。






 しばらくして。


「お風呂、先に入って下さい。もうすぐ沸きますから」

「あ、僕は後でいいよ。先にゆっくり入って来て」


「そんな、お客様を後に入れる事は出来ないから…」

「僕はお客じゃないって言っただろう? 気を使う事はないよ」


「それじゃあ、先に入ってきます。パジャマ、脱衣所の籠に用意しておきました。着替えも、颯太が買って来てた新しいのがあったから使って下さい」


「有難う。ゆっくり入ってきて。幸弥と北斗君は、僕がいるから大丈夫だから」

「はい…」


 茜は先にお風呂に入る事にした。

 お風呂にゆっくり入るのは、どのくらいぶりだろう…。

 茜は湯船につかりながら一息ついていた。


 北斗が産まれて、アメリカにいた時は一人で育てていて、たまに手伝ってもらっていたけど、お風呂にゆっくり入る事なんてできなかった。


 日本に帰ってきてから、暫くは母がいてゆっくり入れるときもあったが、殆ど北斗をお風呂に入れて何もかもしていたら、ゆっくりお風呂に入る事なんてできなかった。



 今日は秋斗が居てくれる。

 そう。

 きっと父親が居れば、ゆっくりお風呂に入る時間もあるのだろうけど。


(あの人は主人です。…アメリカで結婚したの…)


 とっさについてしまった嘘。

 秋斗はとても驚いていた。

 茜は左手の指輪を見た。


「これはめてて、嘘つくのは…いけなかったかな? 」


 天井を見て、茜はちょっとだけ後悔していた。




 茜がお風呂から出て、入れ代わりに秋斗がお風呂に入った。



 秋斗がお風呂に入っている間に、布団を敷いた茜。

 母が使っていた部屋に颯太が泊まりに来た時に使う布団があるのを敷いた。

 いつも良く干している布団はフカフカだった。




 茜はソファーでパソコンを開いて、少しだけ仕事をしていた。

 

 しばらくして、秋斗がお風呂から出てきた。


「あれ? もしかして仕事しているの? 」


 秋斗が傍に寄ってきた。


「少しだけ、家でできる仕事をしているだけなんで」

「がんばりすぎているんじゃない? 」

「そんな事ないです。これでも、適当にしか仕事はしていないから」

 

 秋斗が隣に座ると、茜は少しどこか緊張した面持ちになった。


「あ、何か飲みます? アルコールはないけど、冷たいお茶ならありますから」


 と言って、茜は冷蔵庫に向った。


 ペットボトルのお茶を持って来て秋斗に渡すと、茜は反対側に座った。


 パソコンの向きを変え仕事の続きを始める茜。



 秋斗はペットポトルのお茶を飲んで、茜を見つめた。


「ねぇ…茜…」


 名前を呼ばれて、茜はドキッとした。


「ちゃんと話しておきたいから、聞いてほしいんだけど。仕事の手、止めれる? 」


 言われて茜はファイルを保存して、パソコンの電源を落とした。


「何? 聞いてほしい事って」

「先ず、幸弥の事だけど。幸弥は、僕とは血の繋がりがないんだ」

「え? 」

「幸弥の父親は、雪乃さんが交際していた人で。事故死している。幸弥も知っているよ、この事は」

「そう…なんだ…」

「幸弥は僕が本当の父親じゃなくても、大好きだって言ってくれて。ますます仲良くなれたんだ。それからかな? ずっと、どこか一線を引いていた幸弥が、とっても素直になったのは。やぱり隠し事って良くないんだよね。何かを隠していると、本音で向き合えないからさっ」

「確かにそうね…」


 秋斗は茜の隣に行った。


「ねぇ茜。僕に隠している事、あるよね? 」

「隠している事なんて…ありません…」

「本当に? 」

「ありません…」


 スーッと、秋斗の手が伸びてきて、そっと茜の肩を抱いた。

 ハッと驚く茜。


「隠し事がないなら…今夜だけ…5年前に戻ってくれないか? 」

「え? 」


「今夜だけでいい。そうしたら、僕は茜の事きっぱり諦めるから」

「何言っているの? 私…夫が居るの…そんな事…」


「できるじゃん。世の中には、不倫している人だっているんだし」

「バカ言わないでよ」


 秋斗はそっと、茜の顎を取った。


「じゃあ教えてほしい。どうして、そんなに悲しい目をしているの? 」

「そんな事…ないけど…」


 秋斗はじっと茜を見つめた。


「北斗君が怪我した時。ずっと、一人で北斗君をみていただろう? 」

「え? 」


「夜中になっても、あの人は来てくれなかったじゃないか」

「え? 何言っているの? 」


「あの後、夜中にこっそり見に行ったんだ。どうしても、北斗君と茜が心配で。本当にご主人が来てくれているかどうか気になったから。でも23時を回っていても、あの人は来てくれていなかったじゃないか。そんな人が、茜を幸せにしてくれているなんて、僕には思えなかったよ」


 そんなに優しくしないでよ…。

 茜の頬に涙が伝った。


「茜…」


 秋斗はギュッと茜を抱きしめた。

 抱きしめられると、茜は声を殺して泣き出してしまった。


「ごめん、何も聞かないよ。…ただね、北斗君が僕と同じ血液型で嬉しかったよ」


 え? と驚いた茜は、ギュッと秋斗にしがみ付いた。

 

「怪我した時、輸血が必要だったんだ。だから僕が北斗君に輸血したよ。僕の血が、北斗君の中に入って行くことが嬉しくて。それからずっと、北斗君の事が愛しくてたまらないんだ。幸弥が会いたがるからって、理由をつけているけど。本当は、僕が北斗君に会いたいんだ。北斗君を見ると、北斗君の向こうに茜を見ることが出来るから…」


 またギュッと抱きしめられると、茜はそっと秋斗の背中に手を回した。


「…今夜で、私も貴方を忘れますから…5年前に戻っていい? 」


 涙で一杯の目で、茜は秋斗を見た。


「ああ。今夜だけ、自分に正直になろう…」



 そっと2人の唇が重なった。

 唇が重なると、体に電流長なれるように強いエネルギーが伝わって来る…。

 心地よくて…愛しい…。


 スルっと入ってくる秋斗は、5年前と何も変わらずとても優しい…。

 吸い上げられるキスから…お互いが求めあうキスに…。


 唇が離れると、お互いちょっと照れたように見つめ合った…。




 秋斗は茜を抱きかかえて用意された寝室に来た。

 茜を布団に寝かせると、熱い目で見つめた。

 茜も秋斗を熱い目で見つめる。


「子供が寝ているから、声は押さえてね・・・」


 そう言って、優しくキスをしてくれる秋斗。


 パジャマのボタンが外されて…



 お互いが産まれたままの姿になり、体を重ね合った。

 声が漏れないように、秋斗は茜にタオルを加えさせた。


「茜、とっても綺麗だね…」

 秋斗の優しい指先が茜の柔らかくてフワフワの胸に触れる…。

「…5年前よりずっと綺麗だよ…」

 恥ずかしそうに目を反らした茜は、照れているようだ…。


「…忘れないから…。そして僕は…誰とも関係は持たない事にするから…」

 ギュッと茜を抱きしめる秋斗…。


 茜は何も答えることが出来なかった。

 自分も同じ気持ち…秋斗以外の人と関係は持たないと決めている…。

 でも素直に「私も同じです」と言えない…。

 言ってしまうと、きっと、秋斗の事を離したくなくなる。

 今夜で忘れると決めているのに、それが出来なくなるから…。


 そう思っている茜に、ギュッと力強い痛みが伝わってきた。

 トクン…トクン…。

 力強い秋斗のエネルギーが伝わって来るのを感じた。

 

 5年ぶりに感じた秋斗…。

 触れる肌も…体温も何も変わっていない…。


 体の奥まで伝わって来る、愛している気持ち…。

 心も体も満たされてゆくのを感じるだけだった。

 


 


 

 しばらくして。

 秋斗は茜を抱きしめたまま眠っている。

 ふと目を覚ました茜は、指輪をはめたままだった事に気付いた。


 結婚指輪と称した指輪をつけたまま、昔の恋人と寝てしまった…。

 そうゆう事にしておこうと、茜は思った。

 そして少しだけ、このまま時がと止まってほしいと思ってしまった。

 結婚しているふり…そして…不倫をしたふりをしてしまった茜だった。

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