別れへの序曲の始まり

 社員食堂のカフェテリア。

 勤務中で誰もいないカフェテリアに、一人の女性がる。


 笠原茜(かさはら・あかね)25歳。

 有名大学法学部を出て司法試験合格まで成し遂げたが、希望の弁護士の試験にまだ合格していない為、現在は宗田ホールディングに勤務している。


 大学を卒業して3年。

 今年こそは弁護士になれるように試験合格を目指している。


 綺麗な栗色の長い髪に面長の顔に切れ長の目。

 少し落ち着いたクールな目をしている。

 ブルー系のストライプのブラウスに紺色のタイトスカートに黒いパンプス。

 カッコいいOLさんのようだ。


 一息つくためにカフェに来て珈琲を飲んでいる茜。

 そんな茜の傍にゆっくりと歩み寄って来る男性が。


「あれ? 茜。どうしたの? 」


 現れたのは京坂秋斗(きょうさか・あきと)

 茜と同期で同じ年。

 身長185センチのスラッとタイプで、顔は可愛い系統のイケメン。

 優しそうな目をしていていつもにこやかな表情で、誰もが好意を抱いてしまう。

 外回りの営業に行くと、秋斗の顔を見るだけで契約承諾してしまう企業もいるそうだ。

 女性だけではなく、男性にも受けがいい秋斗。

  

「秋斗、どうしたの? 」

「今外から帰って来たんだ。ちょっと休憩しようと思って」


 茜の向かい側に座る秋斗。

 茜が飲んでいた珈琲を手に取ると、秋斗はそっと微笑んだ。


「ちょっともらうね」

 そう言って、秋斗は茜の珈琲を一口飲んだ。

「わぁ、相変わらず甘いね」

「今日は疲れているから、砂糖多めにしたの」

「そっか」


 この2人は現在結婚前提で交際している。

 だが社内恋愛は公にできない為極秘にしている。


「ねぇ茜。今度の日曜日、指輪を買いに行こう」

「え? 」


「だって、来月だよ。結婚式。婚約指輪、買うの忘れていたし」

「いいわよそんなの。どうせすぐに、結婚指輪もらうんだもの」


「それではダメだよ。婚約指輪は、婚約指輪でちゃんと買ってあげたいから」

「分かったわ。じゃあ楽しみにしているね」


 誰もいないカフェだから話せる事。

 結婚前の幸せそうな2人。


 だが、そんな2人を遠目で見ていた雪乃がいた。

 雪乃は何か思いついたかのように、秋斗をじっと見ていた…。



 その後は変わらず部署に戻り、普通に仕事をしていた秋斗と茜。






 社長室。

 コンコン。

 ノックの音に郷は仕事の手を止めた。

「お父さん、私です」


 雪乃がやって来た。

 ドアを開けて入ってくる雪乃はとてもニコニコして郷を見ていた。。


「どうしたんだ? 雪乃」

「お父さん、私。結婚相手、見つけてしまったわ」


「え? 」

 デスクに歩み寄ってきた雪乃はニコっと笑った。


「お願いがあるの、お父さん」

「なんだ? 」

「京坂秋斗・・・ここの社員でしょう? 」

「ああ、たしか営業部にいる。かなりのイケメンで、女性ばかりなく男性にも好感度が高い社員だ」


「うん、そうよね。だから、私の結婚相手には相応しいでしょう? 」

「京坂君と? 」

「ええ。だって、あんなに素敵な人なら…」


 雪乃はそっとお腹に手を当てた。


「この子の父親にピッタリよ」

「フム。確かにそうだが彼はまだ若い。妊娠している女性と結婚を、承諾するかどうか」


「だからお願いがあるのよ」

「どうゆう事だ? 」


「彼の事を調べて欲しいの。人にはね、必ず弱みがあるものでしょう? 調べれば、彼の弱みが判ると思うの。それを利用して、結婚を承諾させるの」


 郷は驚いてポカンとなった。


「お父さん。分かっているでしょう? 私には、時間がないの。これから彼以上に、素敵な男性を探している時間なんてないのよ。お願い…」


 郷を見つめる雪乃の瞳の奥には、何か秘めた思いがあるのが見えた。


「分かった、彼を調べてみる」

「有難う、お父さん」


 お腹をさすりながら、雪乃はそっと微笑んだ。






 

 それから数日後、金曜日の夕方。

 週末の夕方は、秋斗と茜は待ち合わせして一緒に帰り、そのまま秋斗の家に行くことが習慣だった。


 だが。


「京坂さん、ちょっといいかしら? 」


 雪乃が秋斗を呼び止めた。


「なんですか? 」

「社長が至急話があると言っていたわ。今から社長室に来て」


「え? 何で僕が? 」

「さぁ…。とにかく来て」


 雪乃は秋斗の手を引っ張り、連れて行った。




 タワーマンションの1階で待っている茜にメールが届いた。

(ごめん、社長に急に呼び出された。先に僕の家に行っててくれる? )


「社長が秋斗を呼び出すの? 珍しいわね」

 茜は返事をした。


(先に行って夕飯行くっておくわ)

 メールを送ると茜は歩いて行った。




 最上階の社長室。


「お父さん、お待たせ」


 ニコニコ顔で雪乃が秋斗を連れてきた。


「京坂君、すまないね。帰る時に」

「いいえ、どうかされたのですか? 」

「まぁ、座って」


 郷に促され秋斗はソファーに座った。


「京坂君。お母さんの具合はどうだ? 手術が必要なんだろう? 」

「え? 何故社長がご存知なのですか? 」


「いや、妻が同じ病院に通っていてね。偶然だが知ってしまったんだ」

「そうですか」


「手術には高額費用が必要らしいね? 保険でも補えないとか聞いているが? 」

「はい、でも何とかなりますのでご心配には及びません」


「そうか。では、お父さんはどうだね? 施設に入っていると聞いているが、費用も大変なんじゃないか? 」


 さすがの秋斗も何故ここまで社長が知っているのか、疑問に思った。


 傍で聞いている雪乃はそっと視線を落とした。


「手術費用と施設費用。合わせても、1000万近くかかりそうだね? 」


 まるで全てを見通しているかのように、郷は秋斗を見た。


「あの。僕の事を調べたのですか? 」

「ああ、調べさせてもらった。雪乃が、君の事を大変気に入っているようなんだ」


「雪乃さんが? 」


 お驚いた目で秋斗が雪乃を見ると、視線を落としたまま雪乃は何も答えなかった。。


「京坂君。私から言うのも変だが。娘と結婚してもらえないだろうか? 」

「はぁ? 」


「娘も大変気に入っている。娘と結婚してくれたら、結納金として君に5000万円を渡す」

「5000万? どうゆうつもりなんですか? そんな、まるでお金で買うような真似をして…」


 視線を落としていた雪乃が、ゆっくりと視線を上げた。


「京坂さん。ごめんなさい。私のわがままなんです」

「そんな事を言われても困ります」


「はい、それは承知しています。でも、私にも時間がないの。私…あと、3年も生きていられないから…」

「え? 」

 

 雪乃はスッと、秋斗に母子手帳を見せた。


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