星の海を越えて

提督(w)

第1話

火星沖・2光秒の空間


ここには、500mを超す宇宙船が無数に集まっていた。

その中でも一際大きい、中央に位置する船舶、その中央部では一人の男が秘書と話していた。

「とうとうですね、行政官閣下、いや、大統領閣下」

「ああ、ようやくここまで来た、だがここからも大変だぞ?」

「ええ、わかっています、奴らはすぐに対応してくるでしょう、彼らは無能とは程遠い」

「ああ、わかっている、そのための『計画』だ」

「はっ、承知しております、先方の準備も万全です、いつでも実行は可能です」

「わかった、このまま続けてくれたまえ」

「了解!連邦万歳!人類に栄光あれ!」


この日、いや、西暦2169年5月1日午前7時、地球合衆国火星高等特別弁務官区、金星弁務官区、土星第三居住ユニット弁務官区の独立、および正式名称「内惑星系における汎人類居住惑星同盟及び土星開放戦線による連邦共和国」、通称「連邦」の設立が宣言、即日、正式名称「地球における全国家の代表機関たる地球合衆国」通称「合衆国」への宣戦布告がなされた。




2026年、人類は再び月へ訪れた。

ここから、本格的な人類による有人航宙活動がスタートする。

2041年に北アメリカ合衆国(USNA)航空宇宙開発局所属のオービター四号船が月面に着陸、のちに火星植民の最大拠点となる「ファースト・スポット」基地を建設。

2047年、アメリカにおいて核融合発電、実用化

2048年にはEU、日本、イギリスの合同による金星有人探査計画「コメット」におけるコメット一号船が金星周回軌道に到達、金星周回軌道恒久観測拠点「アンドロメダ1」を設立。

2069年、民間初となる火星植民船団が火星に到着、すでに完成していたマーキュリーズ宇宙港を使用し、火星初の都市、「ニューワシントン」建設。

2091年、肥大化し25億人をこえた人口と人口比25%という超高齢化社会、党執行部の偶発的事故による権力の空白による中華人民共和国の崩壊及び地方軍閥間における内戦の勃発(第三次国共内戦とのちに命名された)この内戦の開始直後に行われた米露欧日合同の中華人民共和国所有の核戦力の完全無力化作戦「パレオロゴス作戦」による大規模電子攻撃によって中華人民共和国所有の核戦力の98%を無力化、初期型核分裂爆弾の重慶落下(重慶の悲劇)

2101年、第三次国共内戦、事実上の終結。

南沿岸部の中華民国、チベット、ウイグル、満州連邦、北京共和国、沿岸諸都市連合、中華民族連合の発足。

2111年、金星のテラフォーミングの成功、人類生存可能環境への転換及び入植地形成の成功。

火星における行政府としての国連弁務官区設置(当時の火星人口は約6万)

2130年、第一号土星居住ユニット「トール」完成。

2149年、地球由来外知的生命体と思われる航宙船舶を光学探知により、地球から約12光年先に発見。

2153年、金星弁務官区設置、土星居住ユニット建設開始。

2160年、北大西洋連邦(NATO諸邦の合邦、アメリカは半参加)の提案による各国政府の国連への吸収決議(国連安保理決議第10000号)、地球合衆国の設立。

2166年、火星独立運動評議会、発足。

2167年、金星独自統治検討委員会、発足。

2169年、土星圏反地球合衆国運動大会運営会、発足。


地球人類の歴史とは、未知の発見と開拓の繰り返しだった。

核融合発電の実用化と高性能電気推進エンジンの開発は太陽系開発のスピードを加速させ、人類の潜在的食糧難は広大な火星、金星への植民を促した。

中国の混乱とそれによる経済の停滞は宇宙空間への投資の誘致によって上書きされた。

人類は新たなるフロンティア、他星へと踏み出し、大地を踏みしめ、開発していった。

2169年には火星の人口は15億をこえ、各地に大規模な都市と広大な農地を建設し、超高速鉄道によってつながれ、大規模な宇宙港が整備されていた。

金星は3億人の人口を数え、大規模な露天掘りをはじめとした鉱物採掘がはじまっていた。

土星圏では土星自体の資源、また周辺衛星の資源を求め、8億人がうつりすみ働いていた。

しかし、中央政府は地球にあった。

もちろん投資や資材は地球からの輸入にたよっていたためだが。

だが、火星における経済規模が拡大するにつれ、火星内部の循環がきちんと機能し始めると状況は変わっていった。




そんな火星にとある男が現れる。

はたから見ただけでは大した力はなさそうに感じるであろう。

その顔からは知的な印象を受けても、そこまで惹かれるほどではない。

だがその頭脳はそこ知らずであった。

火星管区国連士官学校主席卒業、火星工科大主席卒業、四か国語を操り、演説の才もあった。

その名をテーオフィール = ヒンメル(Theophil = Himmel)と言う、ドイツ系三世の生粋の火星人であった。

メディアはこぞって彼を持てはやした。

彼を嫌う団体からは数世紀前の独裁者を指し、「彼は22世紀のヒトラーだ!」とまで言った。

だが民衆の熱狂は収まらなかった。

彼はその圧倒的人気をもって火星筆頭弁務官に就任する。


地球政府の、国内の有り余る人的資源を外惑星、他星の植民地へ送るという政策、過去にあったような非人道的な、先住民虐殺などを行わずに、インフラ整備のみで行え資源も確約されているというあまりにも魅力的な政策によってさまざまな人種、思想の人々が宇宙へ打ち上げられ、移民船に乗り込み移住していった。

だが、それによって弊害も起きていた。

過去幾多のSF小説が取り上げている通りの結末だった。

地球市民との待遇の差である。

無重力という産業にとって理想的な環境の安価な接続、相次ぐ人口流出、止まらない自然環境の緩慢な崩壊を食い止めるため、など様々な理由により、地球の産業は非常に速いスピードで空洞化していった。

その穴を埋めるかのように地球本国の政府は植民地に重税を課し、地球上の産業を保護した。

移民一世はそれを理解したうえで、新天地における理想郷を築くべく、あえて困難な道を進んだ。

だが、移民二世以降は違った。

彼らは生まれた血というだけで、本来約束されていた十全な補償を与えられず、空気や食料も万全に足りているとは言えない社会へと強制的に参加させられた。

このことは地球・移民間の深く、広い溝として広がり続けていくこととなる。

相次ぐ暴動、離れ行く民心を取り戻すため、地球政府はある方策を打った。

地球における植民指導の差を埋める国家統一、大規模な軍拡、徹底的な弾圧と優遇による飴と鞭の付与。

これにより各植民地は分断された。

一部の特権階級による搾取、下級民の貧困、地球による半ば収奪的な状況を壊すことなく統治形態を維持したのだ。

だが、そのようなことは長くは続かなかった。


彼は、大規模な福祉政策とインフラ投資により、火星の発展を10年早めたとまで言われる大規模な行政改革を行い、上下の差を一時的にだが、大半を目立たないレベルまで抑え込んだ。

彼の名は、敏腕政治家として全世界に響き渡ることになる。

地球本国では植民地に名の知れた奴がいる、程度の扱いであったが。


だが、彼には夢があった。

今はただの地球の入植地扱いである火星、これを対等な関係をもつ国家とすること、という大それた目標が。

彼自身はこの目標を絶対に表に出さないようにしていた。

いくら全盛期よりは劣り、資源も痩せていく一方の地球とはいえ、人口比1:8、GDP比1:15の相手に武力で独立を挑み、勝てるとは露ほども思っておらず、できたとしても外交的決着、それも自分よりももっと後の代での出来事と思っていた。


だが事態は急変する。

2166年、火星極右派閥「火星独立運動評議会」の結成である。

彼はよくある政治団体の一つと思っており、最初は一切見向きもしなかった。

だが彼らの裏には大きな、とても大きなものが潜んでいた。

中華大陸からの移入企業である。

現状の欧米一強の地球に嫌気がさし、移住してきたものの、結局火星でものけ者とされた彼らは独自の新しい勢力図を描くために必死だった。

2161年から進宙し始めた、火星重工业造船有限公司と星际航空运输有限公司によるタンヤオ級貨客両用汎用大型宇宙船がその一番の証人であろう。

対デブリ用レーザー砲が上下前方に二基、後方に一基、左右前後に一基という明らかに需要過多なターレット、しかも対デブリ用小口径砲ではありえないレベルのターレット口径であり、装甲もデブリ防護とは思えないレベル、まるで「大口径の実体弾でも想定しているような」厚い装甲をしていた。

この「まるで宇宙戦艦」のような大型船は火星地球土星間の交易が盛んになるにつれ量産され、独立宣言時には24隻まで完成していた。

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