第2話


 東京を中心とした関東近郊で起きた未確認生物による襲撃は、三百人を超える死者を出した。対して、確認されている未確認生物は約五十体であった。二日間に渡り起きた事件(通称=運命の日事件)の被害は、五人の魔法少女の功績により終結したとまとめられている。魔法少女という存在が公に報道され、世界中でフェイクニュースだと騒がれ認知される。命知らずの一人の男性が、魔法少女の戦いを動画に撮り拡散したのは、二回目の襲撃が起きた時であった。


 天井のシミが人の顔に見える。気づいた日から、怖くて寝れなくなった。三日目にはガムテープで隠してみたが、意識していること嫌になって、すぐに剥がした。そしたら、壁紙ごと剥がれてしまった、何てことが起きたのは十九歳の秋だったことは覚えてる。つまりは、シミ一つない真っ白な天井に見覚えはないってこと。

「あー、あー、あいうえお…ってええ!?」

 気づかない方がどうにかしている。黒いベルトみたいなので縛られて動けない。首回りが自由なだけ。困ったことに、締め付けが少し心地よく眠れそうだ。この部屋も、奥行きが分かりづらい白さが格闘ゲームのトレーニングモードみたいで、集中できる。

「…お腹が空いてきたなぁ。寝るのはご飯食べてからにしようか…よし、そうしよう。って、動けないんだったー!」

「…おはようございます。元気そうでよかったです。」

 顔から火が出そう。もう出てるかも。

「…忘れてください……っ!」

 違う。何を寝惚けているんだ。

「勝治は!勝治はどうなっ、どこ!?どうして、え?ここは!?私…?」

「落ち着いてください。近くにいた子供は保護しました。ここは…そうですね、貴方のための病院兼検査室のようなものですかね。」

 七三分けで黒縁眼鏡の男は淡々と答える。白衣を着ているところから、科学者の雰囲気は出ている。医者ではない。そんな顔。

「…私はどれくらい寝ていたの?」

 少し驚いた顔をする眼鏡の男。

「鋭いですね。意外でした。…三日間です。運命の日から三回夜明けが来ました。」

 三日…。私に何が起こったのか…わからない。あの化け物は今も暴れているのだろうか。

「自己紹介が遅れました。伊渕と申します。ここ、滝城研究所の職員です。これから貴方に起こったこと、これからのことについて話させていただきます。」

 聞いてから考えるしか無いようだ。でも、とりあえず。

「この拘束してるやつは、外してくれないの?」

「申し訳ありませんが、そのままお聞きください。」

 病院でも検査室でも無く、研究所としての役割が強いのだろうか。いや、実験場?どちらにしても、対象は私なんだろうな。

「まずは、公に報道されている情報から見ていただきます。」

 厚そうなガラスを隔てて話す伊渕を隠すように、スクリーンが降りてきた。少し面白い。ベッドが少し縦に傾いていく。少し楽しい。そんな気持ちは、ゆっくりと砕かれていく。

 死者が三百人を超え、建物が崩壊し、所々血で赤く染まっている。当時の記憶が鮮明に蘇っていき、吐き気がする。そして、魔法少女。馬鹿にしているかという内容が、私には理解できる。つまりは私のことなのだろう。

「あまり動揺していないようですね。貴方のことですよ。魔法少女ラブハートさん。」

「私の口から、言ってたからね。魔法少女って。何で私は魔法少女になったの?他の魔法少女は?」

 拘束されている私。モヤシ眼鏡研究員。これってどうみても強キャラよね。もちろん私が。

「それでは続きの話をしましょうか。一つ目、貴方を魔法少女にしたのは我々です。」

「は?」

 なんてスムーズな言葉なのだろうか

「睨んでも怖くありませんよ。他の魔法少女で慣れてます。」

「別に…睨んでなんか…」

 はぁ、こんなとこに来てまでも。それに膝震えすぎじゃない?

「我々は、地球外生命体から信号を受信しました。内容は簡潔で、襲撃するとのことでした。」

「はぁ」

「…信号と共に飛来してきたカプセルに入っていたのが、地球外生命体の細胞です。これは運命の日にわかったことですが、寄生されし物パラサイトになる原因も同じ物でした。」

 つまり、私は宇宙人と戦ってたってことか。

「そのパラ、ぱっ…パラさんがあの化け物ってことね」

「パラサイトよ。わかりやすく安直なネーミングじゃない。」

 突如、ガラスを隔てない、肉声が左耳を捉えた。

「も…もしかして、静香?」

「もしかしなくても香無静香カナシ シズカよ。小学生以来かしら、愛衣れいな。久しぶりね。」

 何十年振りになるだろう。一人しかいなかった友達。引っ越して行っちゃった友達。私の…友達。

「おおお、おい!クール!勝手な真似はやめてくれ、ください!」

 動揺する伊渕を他所に拘束具を外す静香。その瞳は薄っすらと青く、透き通っていた。昔から…じゃない…何だか嫌な予感がする。



「おいキュリオ!もっと強くしてもいいぞ!」

「馬鹿ね、私の負担を考えてない発言だわ。」

 寄生されし物パラサイトが、キュリオと呼ばれる女の子の背後から出現する。それを、赤く燃えた女の子がなぎ倒していく。死角から現れ、時には頭上から降る。そんな寄生されし物パラサイトを、力任せに殴り勝つ。無駄な動作が多く、不利な状況から抜け出せずにいる彼女だが、決定打を与える隙はなく、キュリオが圧されるばかりであった。


ーオワリデス オワリデス 


 アラームと共に機械的な声が響き、寄生されし物パラサイトが消えていく。シミュレーションルーム(十二番)がこの場所の名前だ。

「パッション!何度も何度も言ってるけど、その戦い方じゃいつか怪我をするわ!」

「ばーか、そのためにお前がいるんだろ?本番は敵の位置把握して、常に知らせられてるのに怪我も何もねぇよ。」

 喧騒。変身体を解いた二人は、ただの制服を着た女子高生である。

 榛名奈々子ハルナ ナナコ(十八)。変身体はキュリオハート。色白で華奢な女の子である。変身体は眼鏡をかけたおさげの女の子。

 虎野朱ココノ アカ(十八)。変身体はパッションハート。よく笑いよく食べ声がでかい。…胸部もでかい。変身体は変身前と余り変わらないが、基本的に赤い。

「前野!またキモいこと言ってるでしょ!」

 ガラス越しに叫ばれる研究員前野。

「なんだ!まーたキモいこと言ってんのかー、前野飯奢れ。」

 顔を引きつりながらも、慣れたように反論する。

「何度も言ってる通り、これが僕の仕事だ。君たちの変化を記録する仕事!」

「うるせー前髪切れ前野ー!寿司奢れー!」

「ちょっとー、前野ちゃんがかわいそうよ。ところでお願いがあるんだけど、いい?」

 中学生くらいの女の子に絡まれるキモい研究員を横目に、野次を飛ばしつつ奈々子はシミュレーションルームを出る。

「あっれー、奈々子ー。新しい魔法少女が目を覚ましたらしいよ。見に行かないのー?」

「あのねっ、先輩をつけろと……目、覚ましたんだ。おかしいな…初めての変身で、体の負荷も激しいはずなのに…」

 初変身で三日、パワー全開でプラス四日で一週間は起きない予想だったのに、まさかアレが全開じゃない…いや、気絶からしてそれは無いはず。治癒に優れた能力を持ってる…?

「さっさとしろよキュリオー。」

「あっ、ちょ、一緒に行くから待ちなさーい!」



「つまりは、最後の適正者を見つけられず、蚊に宇宙人の細胞を忍ばせた。当日になったが、蚊は適正者を見つけ細胞を注入する。細胞は感情や思いで魔法少女に変身させる力がある。お前は人間じゃなくなったし、普通の生活は送れないから、パラサイトと戦え。給料は出る。」

「つまりは、そういうことね。あと、武器は、蚊につけたGPSを追って配送させてもらったわ。」

 なるほどね。流石、静香。わかりやすい説明だ。昔から頭良かったものね。

「受け入れられないって言いたいけど、やる。」

 まだ理解できて無いことがたくさんある。だけど、アレが再び起こるなら、逃げたら後悔する。きっと。

「おーい!クール!新入りってのそれ」


ビー ビー ビー シュツドウセヨ シュツドウセヨ


 けたたましいアラームが響き渡る。話しかけてきた可愛い女の子含め、三人の女の子が一斉に走り出す。それは、人間の速さを超えていた。

「愛衣れいな。まだ二回目の襲撃の日じゃない。これは、残党が出たって感じね。まだ戦える身体じゃないけど、見学ってことで付いてきて。」

 やけに冷静だった。静香も私も。たぶん私は静香のおかげなのだろう。

「勝手な、勝手なこうっ、行動はやめてくれーーー!!」

 伊渕の悲痛な叫び、涙を浮かべる目が、てっきり手を繋いで向かうと思った矢先に、肩に担がれた私の目とばっちり合っていた。


 移動の仕方に文句がある。他の魔法少女達は慣れているのだろうか、何も無かったかのようだ。だが、私は譲れない。魔法少女なら飛んでいくとか(できないけど)、せめて特別なバイクとか…ジェット機とか?で行くものかと考えていた。バイクだったら、一人一台だよな、イジってもいいのかな、無料で貰えるなんて素敵とか妄想をしていた。答えは……ロケットでしたー。って馬鹿!ポットみたいなので、飛ばされるって魔法少女頑丈なんか!怪我しなかったけども!

「奈々子と朱はさっき運動したからおやすみね!」

 笑顔が素敵な中学生ぐらいの子。奈々子と朱って子が…女子高生の二人だね。皆んな可愛い。だからこそ心配。河川敷には八体ほどのパラ…なんとか。川に隠れていたのかな。ペットボトルとかゴミが頭になってる。ここは私が戦って、頼りになるお姉さんとして仲良くなったりとか…。

「嫌だ!私が戦うんだ!」

 声が大きすぎて、パラ…化け物にバレた。ここは私が!…あれ、そういえば静香は?

「パッションあなた…もう少し冷静に慣れないのかしら。今回はお休みよ。」

「げげー!さいやくだよー。」

「ま、私は最初からお休みでよかったけど。」

 化け物の眼前に静香が仁王立ちしてる。えーっと、奈々子ちゃんは座って読書…皆んな余裕だけど、大丈夫なのかな。


ーコードネーム'クールハート'

         チカラヲカイホウセヨ


「ゲートオープン」


ークール ニ キメロ


「森羅万象!全てが私の予測をなぞる!魔法少女クールハート!」

 言葉を失った。蒼くたなびく髪は、先端を二つにまとめ、身体のラインが浮き出るドレスは、髪と同じ蒼さに白い水玉が描かれ、サイダーのような爽快感がある。両手に持つ、平べったく縦長な銃は、青色でおもちゃっぽく見える。

「来ないなら、そのまま死ぬまでよ。」

 前言撤回。おもちゃなんかじゃない。一撃で半身がぶっ飛んだ。こわい。


ーコードネーム'ホープハート'

         チカラヲカイホウセヨ


「よーし、静姉と一緒に実戦なんてきんちょーするけど頑張るよ!」

 し、静姉!?私のポジションが取られてる!?


「ゲート〜おーっぷん!」


ーキボウ ノ ヒカリ


「光り輝く!希望を皆んなにプレゼント!魔法少女ホープハート!」

 綺麗な黒髪が真っ白に染まっていく。白をベースに金色の刺繍が目立つ、お姫様のようなドレス。頭には小さなティアラが光っている。本当にお姫様なのかも知れない。私のお姫様の可能性もあるかも知れない。

「力任せじゃ当たらないよっ!」

 一瞬光り、真っ二つになって爆発した。手には細剣を握っている。アレで切ったというのか。というか何故爆発したのか。笑顔が逆に怖さを加速する。少なくとも護衛の騎士が必要無いタイプのお姫様ようだ。なにそれ。

 残り一体になった時、朱ちゃんが話しかけてくれた。嬉しい。

「よう、新入り!残ったやつ見てみろよ。あれがボスってやつだ。知ってるかも知れないけど、あいつらは集団行動して、ボスがいるんだぜ。」

 言動で誤解していたが、親切で優しい女の子みたいだ。

「知らなかった。ありがとう。それにしても皆んな強いのね。」

「そりゃそーだ。新入りと違って魔法少女になってから時間経つからな!私も蚊に刺されたんだぞ、さいやくだ!」

 こんなに強くても、死者があんなに出るなんて…。一撃で倒されてたのに、ボスは何発も食らってるのに倒れない。ボスを早く倒さないと、被害が広がってしまう原因になるってことかな。

「なんで蚊なんだろうな!痒くても我慢しろって言われてよー!そういえば、新入りは検査無しだろ?適正者でよかったな!」

 クールハートが遠距離で機動力を削ぎ、ホープハート(名前なんて言うんだろう)が近距離で首を狙う。良いコンビなんじゃ無いか?タフとは言え、何もさせずに倒せそうだ。……ん?

「今戦ってる白い方は天才とか言われててさ、中学生っていう多感な時期?に魔法少女になれるってのはさー」

「ちょっと、すみません。あの検査無しとか、適正者でよかったって…どういうことですか?」

 ホープハートの一撃が貫通し、ボスとやらの首が宙を舞った。

「あー、やっぱ知らなかったのかー。」

 爆発。火の粉がこちらまで飛んできている。

「こうなるんだよ、失敗すると。」

 ホープハートは爆発を背後に決めポーズをとっている。これのために爆発させてるなら恐ろしいことだ。

「うわー!!!火の粉で本に穴が!!」

 私の背後でも事件が起こっていた。爆発はロクでもないな。そうか…爆発か……。

「考え直そうかな…魔法少女。」

 全然鎮火しない火柱の暖かさと、朱ちゃんのでっかい笑い声が響く中、私の見学会は最悪な形で幕を閉じた。














滝城研究所 前野圭雄マエノ ヨシオ

襲撃日 (二回目)

死者一万二千人以上を確認

寄生されし物パラサイトを遥かに凌ぐ寄生体を発見

パッションハートとキュリオハートの負傷が激しく、治療が難航している。

クールハート、ホープハートは全治一カ月の見通しであり、油断はできない。







追記:ラブハートにより新寄生体を仕留める。

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