オルゴール

 自室の片付けをしていたら懐かしいものが出てきた。蓋を開けてみるも反応はない。ねじを巻いてもうんともすんとも言わない。


「うーん、壊れちゃったのかなあ」


「なんだそれ」


 ロンが横から覗き込む。ぱっと見は確かに小さな小箱だからなんだかわかりにくいかもしれない。


「これね、オルゴールなの」


「オルゴール?」


 そもそもオルゴールを知らなかったらしい。確かに細工が面倒だし、必需品ではない装飾品だから、王都では多少流通していても地方までは出回っていない。私だってこれをもらった時に初めて存在を知ったのだ。


「オルゴールはねネジで巻く、からくり仕掛けの……音が鳴る箱なのよ。壊れていて鳴らないのだけど」


「ふうん?」


 私の曖昧な説明ではよくわからなかったのかロンは首をかしげている。我ながら下手くそな説明だったわ。


「それ、やっぱり魔王様から頂いたものなのか」


「ええそうよ。やっぱりって、そう見えるかしら」


「うん。すごい大事そうにしてるし、鳴らないことをすごい残念そうにしてるし」


「そうなのよ。とても大切なものだし、でも鳴らなくて悲しいし。どうしようかしら。一度分解する? それで戻せなくなったら困るわ。中にゴミでも入ってしまったのかしら」


 しかし外から見ても何がいけなくて鳴らないのかはわからないし、どうしても小箱はうんともすんとも言わない。


「いっそのこと塔で直してもらおうかしら」


「そんなことできるのか」


「伊達に技術と学問の塔を名乗っていないのよ。外務省が持っている軍隊の装備品は全部うちで開発しているわ。内務省の方の軍隊の備品なんかもだいたいうちで開発してるし」


「そうなのか。結構いろいろやってるんだな。気づかなかった」


「あなたは最上階しか来ないからね。そういう開発は他の階でしているの」


 そうなんだなー、とロンは頷いた。それからそういえば、と思い出したかのように顔を上げる。


「なんで王国軍の所属が外務省と内務省に分かれてるんだ?」


「ああ、それはね」


 一口に軍隊といっても、仕事が分かれるからである。外務省管轄の方は対外部署、つまり他国との小競り合いや国境警備なんかを担当している。内務省の方は国内対応、つまり災害時の復旧支援や人民の誘導、要人の護衛なんかも対応している。


「そうなのか」


「あなたを見つけたのもニコラが率いる軍隊だったって言っていたでしょう。そういう調査や人民の救助なんかも担当しているわけね」


「ふうん」


 ロンは少し納得がいかないような顔をした。なにか気になることでもあったのだろうか。


「ルーが戦略と戦術にすごい詳しいの、なんでかなって。ルーが軍隊を率いることはあっても今の話だと戦場に出ることなんてないだろ」


「ああ、ガルニエは一時期外務省にいたことがあるのよ。エロワ王子にチェスを教え始めたのもその頃じゃないかしら」


「そういうことか。そういえばルーが戦術はエロワの右に出るものはそうそういないって言ってた」


「エロワ王子はそうね。今は外務省に所属して他国へ挨拶回りをしたりしているけど、そういう戦場における采配も勉強中だから」


 戦術は得意でも戦略の話が出てこないのは分かる気がする。まだ全体を俯瞰するのが難しいのだろう。


「せっかくだから、そういう話聞いてみたいんだけどなー。でもあいつあたしのこと嫌いだからなー」


 珍しくロンが困ったように言った。いつもあまり他人からの評価を気にする風ではなかったと思うのだけど。


「エロワ王子も嫌いって言うよりは戸惑っているだけって感じだから気にせず聞いてみたら? 城内で会ったときに軽く聞くだけでもしていいと思うわよ」


「そうかなあ」


 だって彼、あなたにお礼を言えていないことをとても気にしていたし。もちろんそれはエロワ王子が自分でロンに言わなくてはいけないことなので私はなにも言わないけれど。


「まあでもそうだな。言ってみないとわっかんないよなー」


 ロンはうんうんと頷いた。


 それはそれとして、このオルゴールはなんとかならないだろうか。大事なものだし、ずごくきれいな音がするからもう一度聞きたいのだ。しかしオルゴールはうんともすんとも言わない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る