一つ星

「エロワ、いい加減にしないか」

「何のことですか父上」

 そう応える息子は顔を上げもせず書き物を続けている。こやつはどうにもアデール殿に引き取られたヴェロニクが気に入らないらしい。あの子供がアデールに大事にされているらしいことも、内務省に出入りしてガルニエ次官と親しくしていることや学問と知識の塔や図書館で勉強を重ねていることも、まあ言ってしまえばなんもかんも気に入らないのだ。自身のテリトリーに急に入ってきて自身の親しい人々に可愛がられている子供が。

 しかしだからと言って先ほどのようにヴェロニクにいきなり喧嘩を吹っ掛けるような真似はいただけない。王子ともあろうものがただのゴロツキではないか。

「エロワ」

「なんですか」

「良ければ使いなさい」

 先ほどエロワが手に取りもしなかった四葉を侍女に栞に仕立てさせた。エロワはそれを見て眉間にしわを作る。

「どういうおつもりですか」

「それはこちらのセリフだ。なぜヴェロニクをそこまで嫌うんだ。他の者と同じように仲良くしてみれば良いではないか」

「嫌です」

 こういう態度を東の国の言葉で『にべもない』というらしい。語源は知らぬ。

「なぜ父上はわたくしにあの小僧と仲良くせよなどと無理を言うのですか。そもそも不要でありましょう。あのようなどこの馬の骨とも知れぬ子供など」

「エロワ」

「……」

 息子は不愉快そのもののような顔でうつむいている。

「お前がヴェロニクを気に入らないのはアデール殿を取られたように思うからか」

「!!」

 はっとしたような、怒りを含んだような目がこちらを射抜く。しかし私も伊達に長年国を支配していない。私から見ればヴェロニクもエロワも似たような小僧だし、きっとアデール殿にとってもそうだろう。そんな小僧に睨まれたところで痛くもかゆくもない。特にエロワは母親を早くに亡くしたせいか反抗期らしいものが特になくここまで来てしまった。だからむしろ睨まれるのも新鮮で、このような顔も出来るのだなと感慨深い思いさえある。

「再三言っているがアデール殿は誰のものでもない。強いて言うならアルテュール氏の奥方だ。それにお前自身がアデール殿に懐いていても、それ以上の親愛を彼女に示すことすらしないではないか」

「……」

 息子の目に強い怒りが孕み、それから消えた。

「……申し訳ございません父上。風に当たってきます」

 そして静かに立ち上がり部屋を出ていった。言いすぎたかと不安になるが、これ以上ゴロツキのごとくヴェロニクに当たり散らせば、それ以上の痛手を他でもないアデール殿から受けることになる。親として、それはあまりに忍びなかった。

「少しは考えてくれるといいが」

 ヴェロニクに限らず、苦手な相手との付き合いはエロワが自分の力で折り合いをつけていかなくてはいけないことなのだ。わたしにできることは彼が道を誤りそうになったら指摘することだけだ。

 しかし四葉の栞は持っていったようなので少しは更生の余地があるだろう。その内にあれがアデール殿と揃いであることを教えてやろう。

 

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