秋は夕暮れ
「秋だわ」
「ええ、そうねアデール。結構前から秋だったわよ」
仕事中にふと塔の窓から外を見たら木が赤く色づいていた。それを冷たい風が揺らしていて、あ、秋だなと実感した次第である。しかしエメの指摘はもっともだ。
「言い訳をするとね、ヴェロニクと一緒にいると季節を構っていられないのよ。とにかく彼女には人の中で過ごすために必要な知識を獲得してもらわなければいけないわ。朝起きたら顔を洗う。寝る前には歯を磨く。そういうところからね」
「子育てってそういうものよ」
実は二児の母であるエメは当たり前だという顔だ。
「というか赤んぼから育てていたらむしろ季節には敏感になるわ。服は全てわたくしが選ばなくてはいけないんですもの。もう少しして雪が降りでもしたらわかるわよ。あの子きっとはしゃいで寝間着で飛び出すに違いないわ」
「ああ、ええ、そうね」
言われるまで思い至らなかったけどきっとそうだ。そうに違いない。子犬のようにはしゃいで飛び出して冷たいだ寒いだとはしゃぐのだろう。その後震えながら戻ってきて温かいお風呂とミルクを要求するところまで目に浮かぶ。
「アデール、今ヴェロニクのことを考えていたでしょう」
「わかるの?」
「わかるわ。だってそういう顔してたもの」
そういうエメの顔もとても優しい。エメは言動はきついけど心優しい女性なのだ。それを怒らせるガスパルがおかしいと常々思っている。
「アデールはだいぶ丸くなったと思うよ」
「!」
ガスパルのことを考えていたらいきなり本人から声をかけられてびっくりした。
「前は隠居の老人と言うか、余生過ごしてますって感じで冷めてたけど今は生き生きしていていいことだ」
「そうなの。自分じゃわからないわ」
しかしガスパルもエメもニコニコしているから多分そうなのであろう。自分ではわからないものだ。そんなことを思いながら仕事を続けて、そろそろ切り上げられそう、というところで部屋の扉が乱暴に開かれる。しかしほぼ毎日のことであるため今はもう誰もなにも言わなくなった。
「アデール! 仕事終わったか?」
「もう少しよ。ヴェロニク、いつも言っているけど扉はもう少し丁寧に開けてちょうだい」
「はいはーい」
多分わかっていないだろうなとため息をつきながらも仕事を終わらせて帰る準備をする。
「お待たせヴェロニク。帰りましょうか」
「おう! 今日の夕ごはんなんだ? こないだの肉食べたい!」
「毎週食べてるじゃない。じゃあお先に失礼します」
「はーいお疲れ。ヴェロニクもまた明日」
「お疲れ様」
すっかりお母さんねえ、というエメの言葉は私の耳には届かなかった。たぶん、届かなくてよかったんだと思う。
塔を出てヴェロニクと二人で王宮の庭を散歩がてら通り抜ける。秋の花が咲き乱れ、噴水は夕焼けで赤く染まってとてもきれいな眺めだ。
「今日はルーに戦術と戦略の違いを教わってきた」
「……チェスを教わるんじゃなかったっけ」
「そうなんだよ。あたしも駒をどう進めるかってことを教えてくれるのかと思ったらそうじゃなかった。どう戦ってどう勝つかを考えないといけないんだってさ」
ガルニエは思ったよりもきちんと教えてくれているようだ。内務省の次官ということでニコラと共に厄介事を持ってくる人物というイメージが強くて苦手だったけれど、そうでない面もあるということだろう。なにせヴェロニクは最初エロワ王子にどのように負けたかを説明させられたと言っていたし、その後は各駒の意味から解説してもらったとも言っていた。
「ガルニエはいい先生のようね」
「そう思うか?」
「ええ。だってヴェロニク嬉しそうだもの。教わっている内容も理論的だし。知らなかったわ。彼にそんな技術があっただなんて」
私がそういうとヴェロニクは嬉しそうな顔をしてから少し何かを言い淀んでいる。
「あ、あのさ」
「うん?」
「長いし言いにくいだろ、あたしの名前」
「そう? 気にしたことなかったわね」
「う、そうかもなんだけど。その、だから……ロンって……呼べ。呼んで」
ヴェロニクが可愛い。うちの子がかわいいですよ。って誰に言っているのか。照れたようにこちらを見上げるヴェロニクが大変可愛らしいけど、何も言わないと怒り出すので急いで返事をせねば。
「ロン。確かに呼びやすいわ。ロン、帰りましょう。夕ごはん作らないと」
「うん! 肉食べたい!」
ロンと並んで帰途に就く。夕日が沈み切る前には部屋に着けそうだ。
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