チェス

 無事に買い物を終えて昼ごはんを食べて王宮に帰ってきた。荷物の荷解きは後回しにして玉座の間に向かう。

「呼び立てて申し訳なかったな、アデール殿」

「ヴェロニクの件と伺っておりますが相違ないでしょうか、陛下?」

 うむ、と鷹揚に頷く恰幅のいい豪奢な服のエティエンヌ王。その隣、少し後ろには第一王子であるエロワ王子が控えている。珍しく不機嫌そうな面持ちだけどどうしたのだろうか。なにか怒られたら嫌だなあ。

「その子とはどうかな?」

「ダメですとは言わせてもらえないのでしょうね」

「いつも無理ばかりで申し訳ないね。事情は内務省大臣らから聞いている通りだ。君が一番信頼できる」

「信頼は結構ですけど、事前の相談はいただきたいものですね。ヴェロニクの生活費分はもちろん請求させていただきます」

「構わん」

 特に気にした風でもなくエティエンヌ王は了承して側近に手配を伝えている。これで話はおしまいかと思ったらエロワ王子が口を挟んだ。

「わたしは反対です父上。彼女は我が国において重要な役割を果たされている。そんな彼女にこんな小汚い子供の世話をさせるなど」

 小汚いと言われたヴェロニクがイラっとしているのが見えなくてもわかる。抑えるように手で制しつつ様子を伺う。

「しかし他の者では頼りかねるのはお前も判っているだろう、エロワ」

「ですが彼女の亡夫への義理に付け入るような真似はいただけません」

「お黙りなさい」

 すまんなヴェロニク。あなたより私の方が先に切れてしまった。

「エロワ王子。私は夫への義理でヴェロニクを引き受けるわけではありません。あなた方のような自分の都合しか考えない大人どもに子供が振り回される状況が我慢ならないから引き受けるのです。そして私の夫への愛は義務ではありません。我々夫婦にそれ以上の侮蔑を重ねるのならば考えがありますがよろしいか?」

「すまないねアデール」

 エロワ王子が発言する前にエティエンヌ王が遮った。エティエンヌ王も早くに妻を亡くしている身であるが故にこの怒りをご理解いただけたようだ。

「エロワも謝りなさい。今の発言は失礼どころではない。重ねて詫びさせていただこう。どうやらエロワはその子に嫉妬しているようでね」

 は? 嫉妬? 隣でヴェロニクも首をかしげている。なんぞそれ。

「母のように慕っていた女性に突然他所から子供がやってきて母と慕っている状況が面白くないのだよ」

「成りの割にはお子様かよ、オウジサマ」

 おう。私の静止より早くヴェロニクがヤジを飛ばしてしまった。当然エロワ王子の耳にも届いており彼は顔を赤くしている。

「君のような薄汚い子供に馬鹿にされるいわれはないぞ! よし、チェスをしよう。君が勝ったらわたしはいくらでも謝罪するし君の存在への不満は取り消そうじゃないか」

 一体何を言っているのか。ていうか卑怯では。エロワ王子チェス得意じゃないですか。

「ヴェロニクはチェスのルール知っているのかしら」

「基本的なルールくらいは父さんに教わったことがある。それにこのクソムカつくオウジサマに挑まれたら逃げたくない」

 ……もしかしてこの二人は似た者同士かしら。エティエンヌ王は仕事があるからと呆れた顔のまま立ち去った。私も立ち去りたいがヴェロニクを置いていくわけにはいかないので二人の勝負を見守ることにする。

「ルーに仕込まれたわたしは早々負けない」

「ほざいてろ」

 とはいうものの勝負はそりゃもう、あっという間についた。

「ふはははは、威勢の割にズタボロじゃないか。君のお父様とやらも大したことないな」

「エロワ。次にそれ言ったら殴るわよ」

「アデール! 何故君はこんな小汚い子供を庇うんだ!」

「この子がうちの子だからよ。嫉妬も大概にしないと醜いわ」

 エロワ王子は形勢の不利を悟って捨て台詞も吐かずに立ち去った。うーん。いつもはこんなバカな子じゃないんだけどな。

  首をかしげているとヴェロニクから深い深いため息が聞こえた。

「あ~~~~~~~まーけーたー」

「エロワが大人げなかったのよ」

「関係ない。勝負を受けた以上は大人も子供も関係ない。むっかつく。……ルーって誰だ?」

 突然の質問に答えられずにいるとヴェロニクがオウジサマが言ってた、と補足する。

「ああ、ルー・ガルニエのことね。昨日あなたが塔に来た後に説明に来た内務省の次官よ」

「あいつか。あいつチェス強いのか」

「そうみたいね。確かに軍の半分は内務省で管轄してるからそのあたりの戦略だの戦術だのには詳しいのかもね」

 そうか、とヴェロニクが立ち上がった。

「じゃあそのガルニエに会いに行こう」

「今から?」

「善は急げって母さんが言ってた」

「……仕方ないわね」

 ちょこちょこヴェロニクの父親については彼女の口に上がっていたけれど母親については初めてだ。言っていることもそう間違いではないので私は付き合うことにした。

 

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