ヴェロニクを預かった翌日は元から休暇予定だったので朝はゆっくりめに起床する。先に身支度を整え、後から起きてきたヴェロニクに顔を洗わせ歯を磨かせる。相変わらず文句を言いながらも彼女は従った。

「ねえねえ、腹減ったんだけど」

「ちょっとした果物くらいしかないわ。すぐに街に降りるからそこで食べましょう」

「えー」

 不満げながらもヴェロニクは大人しくしている。昨日の野生動物のような様子とは打って変わって静かなものだ。昨晩は城内でベッドと布団を一式調達して私の部屋に運び、彼女にはそこで寝てもらった。ずいぶんぐっすり寝ていたから少しは休まって落ち着いたのかもしれない。人間(半魔も)腹が減っては戦はできぬし、眠かったら機嫌が悪いものなのだ。

 ヴェロニクの服は昨日リゼットに借りたものを洗って干しておいたので今日も着てもらう。私のものだと丈も幅も合わないから仕方ない。身支度を整えて二人で城下町へと向かった。

「昨日もそうだったけど、ずいぶん人がいるんだな」

「まあ国の中心部だからね。ここのあたりが一番多いよ」

「ふうん。近所の人とか全然覚えられなさそう」

 そういうことを彼女が気にするということが意外だった。怪訝な顔をする私にヴェロニクはあっさりと説明してくれる。

「おれ……あたしが住んでたとこはど田舎でさ。あたしの生まれのこともあって父さんは近所づきあいを大事にしてたんだよ。やっぱ半々って珍しいし母親がいないのも珍しいから近所の人に助けてもらわなきゃ生きていけないんだ。だからあたしも近所の人や世話になってる人のことはちゃんと覚えて挨拶とかしなきゃいけないわけ」

「なるほど。やっぱりヴェロニクのお父様は素晴らしい方ね」

 だろ? とヴェロニクは嬉しそうな顔をしている。半魔の彼女が人の中で生きる知恵や考えをきちんと彼女に教えていて、それが無理なくヴェロニクの中で息づいている。本当にきちんとした方だったのだ。

「今朝はここで食べましょう」

「おう」

 行きつけの定食屋で朝ごはんにする。ヴェロニクはお腹が空いていたのか遠慮もせずにたくさん食べていた。私は元々朝はそんなに食べないので軽く済ませる。

「なあ、そんなちょっとで体は動くのか?」

 ひとしきり食べて落ち着いたのかヴェロニクがそんな質問をしてきた。

「朝はあまり食べないからね。昔は食べてたんだけど王宮内で朝ごはん食べてるのを見つかると面倒なのよ」

「???」

「意味わかんないわよね、そうよね。えっと、お貴族やお偉い人たちは食事の回数が少なければ少ないほどエライって思っているのよ」

 ヴェロニクの顔が呆れたような表情になる。うん、私も言っていて意味が分からないわ。

「まあ、なんていうか食べることは欲があること、っていう考えね。お上品なわたくしどもにそのような下品な欲はありません、みたいな。とにかくそういう考えがあって、ごはん食べるとうるさいから部屋にはちょっとした果物の保存食しか置いてないのよ。さすがに何も食べずに仕事はできないし」

「……もしかしてあたしもこれからは朝ごはん食えねえの?」

「考えていなかったわね」

 本当に、なんにも考えていなかった。どうしたものだろうか。いやでもこれを機に食べるとしようか。

「うん。決めたわ。今度から起きたら使用人用の食堂に行って朝ごはんを出してもらいましょう。ヴェロニクの成長に栄養摂取が欠かせないとかそういうことを言って出してもらうわ」

「できんの」

「ええ。なにか言われたら私の権力にモノを言わせて黙らせるわ」

 ヴェロニクはぶはっと噴出してげらげら笑った。なにかおかしいことでも言っただろうか。

「あんたのそういう暴力的なとこ好きだな。なんか最初はそれこそお上品な奥様かと思ったけどそんなことねえわ」

「あら、お上品かどうかは知らないけど、いいとこの奥様ではあるのよ。旦那死んでるけど」

 すると彼女は笑うのを止めて眉間にしわを寄せる。

「だから俺が可哀想で引き取ったのか?」

「違うわよ。小娘が馬鹿言うんじゃないわ。可哀想だの同情だのでそんなことしないわ。あなたを引き取ったのは昨日のニコラとガルニエの言い分にムカついたのと、あとあなたの投げやりな発言にムカついたからよ。あとなんもかんも勝手に決める王にもね。午後には報告に行くからその時に貸だと言っておかないと」

「どっちにしろ乱暴だし感情的だし」

 ヴェロニクはまた笑ってデザートを頼み始めた。そうだ、彼女の食費も王か内務省に請求しておこう。ご飯を食べたら買い物だ。彼女に似合いそうな、とびきり可愛い家具やリネンを用意しよう。

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