吐息

 レオ・ニコラの連れてきたその子は荒い息を吐いてこちらを威嚇している。

「ちょっと意味がわからないのですけど」

 突然の命令に抗議する。しかしニコラは憮然とした顔をするのみだ。

「王からのご指示だ。アデールにこれを育てさせよと」

「ちょっと。子供に対してこれとか言わないで。この子にはちゃんとこの子の名前があるのでしょう」

 エメが横から怒りの声を上げる。

「ふん。これの名前はヴェロニク。魔族と人間の混血だ。そんな不吉なイキモノ、あれだのこれだので十分だろうが」

「そんなテメエの都合なんざ知るか!」

 おう……。失礼な暴言を吐いたニコラが子供、ヴェロニクに殴り飛ばされた。まあ自業自得なので放っておくとして、ヴェロニクの方をきちんと見てみる。

「あらあら。あなた汚いわね」

 改めて見ると子供は本当に汚れていて汚い。髪はぼさぼさベタベタ、肌はガサガサ、顔にも手にも足にも何かドロドロしたものがこびりついている。横からも憤慨の声が上がる。

「そうね、小汚いんじゃないわ。とてもと~~~~~ってもきったないわ」

 エメの言い草も大概だ。ニコラはすぐには起き上がらなさそうなので、内務省の次官宛てに使い魔を放って私とエメは子供を連れて塔の上に戻ることにした。

「まずはお風呂に入りましょう」

「なんだフロって」

「水浴びと言えばいいかしら」

「寒いからいやだ」

「温かいお湯を用意するわ。ボスが」

 エメがそう言い切ってヴェロニクに階段を登らせる。渋々と言った体でヴェロニクは階段を上がり始めるが、さすが子供だし半魔だしですぐにぴょんぴょんと飛ぶように登り始めた。最上部の部屋まで到達して中に通し、待ち構えていたガスパルに事情を説明する。彼は快く浴室に案内してくれた。そしてタオルと着替えも用意してくれる。

「ぼくが置きっぱなしにしているもので悪いけど、一旦我慢しておくれよ。一応洗ってはあるから汚くはないはずだ」

 ヴェロニクはかなりのぼろ服を着せられている。それに比べれば、比べてはいけないくらいガスパルの用意してくれた服は上質なものだった。

 そして私とエメは嫌がるヴェロニクを浴室に放り込んで服、というかぼろきれを引っぺがす。そしてじゃんじゃん湯をかけて汚れをこそぎ落とした。

「汚いわね! 洗っても洗っても汚れが出てくるわ」

「これからは毎日シャワーを浴びましょうね」

「ぜってえいやだ!」

 大騒ぎの末にヴェロニクはぴかぴかつやつやのきれいな女の子になった。……女の子だった。彼女の肌は人間と同じ白色に近いだいだい色だが、目は魔族特有の鈍い赤だ。

「え、あなた女の子だったの」

「そうだよ! 男だなんて誰も言ってねえし」

「それもそうだわ」

「ニコラは本当に大事なことを言わないわねえ」

 でもそうしたら着替えの服をどうしようか。ガスパルの服は男ものだし、一旦それで良しとしようかしら。エメがヴェロニクの体を拭いている間にガスパルに状況を伝えに行く。まあ仕方ないのでガスパルの服を着せることにして浴室に戻るとリゼットがおずおずと着いてきた。

「良ければわたしの服をお使いください」

「いいの?」

「ええ。実験なんかで汚した時用の予備なんですけど。サイズに問題がなければ」

「ありがとう」

 お礼を言って受け取ると見ていたらしいヴェロニクが不審そうな顔をする。

「なんでだよ」

「え?」

「俺は混血で不吉な存在なんだろ。アイツが言ってたぞ。そんなやつに服なんか」

「貴女が混血だろうが不吉だろうが、女性が変な格好で出歩くのはどうかと思います」

 リゼットはヴェロニクの目を見てきっぱり言う。そしてさっさと去って行った。そうか。リゼットはおっとりしていると思っていたけど、結構はっきりものを言うタイプなんだな。ヴェロニクもそこまではっきり言われると思っていなかったようでぽかんとしている。その隙にとエメがすかさず服を着させた。

「おや、可愛いお嬢さんじゃないか」

 浴室から出たヴェロニクにガスパルがお茶を差し出す。まだぼんやりしたままのヴェロニクは素直にお茶を受け取り、熱かったようであわあわしている。そこにまた呼び鈴が鳴った。今度は部屋の前で鳴ったようでリゼットが客人を招き入れる。

「ニコラがご迷惑をおかけしました」

 やってきたのはニコラの副官であり内務省次官ルー・ガルニエだった。内務省のお偉方が直々に塔まで来て、しかもガルニエは最上階まで登ってきた。余程の事態と見るべきか。

「大した用事ではありません。ニコラがご迷惑をおかけしたことについてのお詫びと、きっとニコラはろくな説明をしていないでしょうから私から改めてご説明を、と思って伺った次第です」

 ガルニエは至って真面目な顔で一礼した。

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