第27話 星空の下で

 しばらくして、落ち着きを取り戻した美玖と共に、皆の元に帰った。


 もう夕方が近くなってきており、河原には自分たち以外、誰も居ない。

 夕食の準備は、女性陣がカレーなどを作ってくれることになっている。

 コテージの電磁調理器などが活躍する番だった。


 俺と河口は、バーベキューや飯ごうなどの後片付けだ。

 ちなみに、浜本先輩は酔い潰れてコテージで寝てしまっていた。


 そして夜。


 彼女達が作ってくれたカレーとサラダは、普通に美味しかった。

 浜本先輩も起きてきて(まだ酔ってはいたが)、料理を絶賛しながら、


「誰か俺の嫁さんになって!」


 と何度もつぶやき、そのたびに笑いを誘っていた。


 さらにここでも、大人達はアルコールが進む。

 結局、すぐに浜本先輩が酔い潰れて寝てしまい、他の皆も眠そうだったので、用意していた花火セットは使わないまま就寝となった。


 コテージ内は六人部屋で、通路を挟んで三人ずつの小部屋に別れ、それぞれカーテンで仕切られている。

 もちろん、俺たちは女性陣の就寝中の姿を覗く、なんてことはしない(できない)。

 浜本先輩はもちろん、河口もすぐに寝てしまったようで、寝息といびきが聞こえる。


 俺はというと、昼間の美玖のこともあり、妙に目が冴えてしまったので、ちょっと夜風に当たりに行こうと考えた。


 皆を起こさないように、そっと扉を開けて外に出た。


 ――見上げると、まさに『満天の星空』が広がっていた。


 子供の頃、両親の実家で見たそのままの景色が、ここでまた見られたことに、軽く驚き、しばし見つめ続けた。

 ……と、そのとき、背後からわずかに物音が聞こえた。

 そしてコテージから出てきたのは、美玖だった。


「……どうしたんだ?」


「あの……ちょっと、眠れなくて……うわあ、すごい星空……」


 彼女も空を見上げて、感嘆の声を上げた。


「そうだろう? 街中じゃ見られないからな……一緒に見るか?」


 なぜか、そう言葉に出してしまった。

 美玖はうなずくと、俺のすぐそばにやってきて……そして俺と並んで、腕を触れ合わせるように密着してきた。


 ドクン、と鼓動が高鳴る。

 昼間、彼女を助けたときも、こうやってくっついていたが……あれは緊急事態だったから、だと思っていた。


 しかし、今は特に怯えている様子もない。

 だから、美玖は今……少なくとも、俺のことを警戒してはいないんだろうな……いや、ひょっとしたら、少しは好意を持っていてくれるのか、と思った。


 だから、俺も体を触れ合わせていることを、素直に受け入れた。

 なにより、それが心地よいと思ったから……。


「……昼間は、本当にありがとうございました……実は、かなり怖かったんです」


「そっか……でも、だったら助けに行って良かったよ。ひょっとしたら、大げさすぎるって怒られるかもしれないって思ったけどね」


「はい、私も大げさになるのが嫌で、『助けて!』って叫んだりできなかったですから……」


「そうだよな……まあ、結局ちょっと足がつった、っていうぐらいで収まったから、良かったんじゃないか?」


「そうですね……うん、やっぱり土屋さんは私にとって『神』です。あんなふうに助けてもらえるなんて……それに引き換え、私は土屋さんのこと『支える』どころか、迷惑かけっぱなしで……」


「支え……ああ、お母さんから聞いたんだな……いや、十分支えられているよ。俺の小説は、出版の続編が出なくなって、更新が止まってしまっていたんだ。それを、君がイラストで手伝ってくれることになってやる気が出て、また続けられているんだ。読者の人気も上がってきている。俺には、君が必要な存在なんだ。本当に十分な支えになっている。だから、君のお母さんにも言ったけど……君のこと、全力で守る。それが俺の使命でもあると思ってる」


 自分でも、ちょっとオーバーな表現だと思った。

 けれど、この満天の星空の元、二人っきり、身を寄せ合っているというシチュエーションで、ついそんな言葉が出てしまった。

 それに対して、美玖は一瞬、目を大きく見開いて驚いていたが、すぐに照れたように下を向き、


「ありがとうございます……」


 と、さらに身を寄せてきた。

 鼓動の高鳴りと安らぎ、相反する二つを、俺は感じていた。


「……片思い、なら、良いですよね……」


 美玖が、不意にそんな言葉を出した。


「……えっ?」


「その……私が、土屋さんに、片思いするだけなら、問題ないですよね……」


 さらに心臓が早鐘を打つ……今、俺、告白されている?


「……俺も、片思いなら大丈夫だよな?」


「……えっ?」


 今度は、美玖が小さく驚きの声を上げた。


「俺は社会人だから、高校生の美玖とは恋愛できない……けど、片思いなら問題ないかなって思って」


「……あ、そうですね……えっ、でも……土屋さん、姉さんのことが好きなんじゃないんですか?」


 その言葉に、俺の心がざわついた。

 美玖が、「片思いならいいですよね」と聞いてきたのは、社会人と女子高生の壁、ではなく、美瑠と俺の関係を考えてのことだったのか?


「……正直に言うと、俺、だいぶ前に美瑠に振られているんだ……だからもう、吹っ切れているよ」


 一年前、俺は美瑠に告白した。

 そして付き合い始める寸前までいったが……結局、彼女は元彼とよりを戻したのだ。


「……いえ、たぶんですけど、姉さんも土屋さんのこと、好きですよ……それなのに、なぜか私のことを後押ししてくれて……ちゃんと気持ち伝えなさいって言ってくれたの、姉さんですから……」


 美玖の言葉に、ますます頭が混乱する。

 それが本当だとすると、美瑠の奴、一体何を考えているんだ?

 美玖はさらに言葉を続けた。


「……でも、もし土屋さんが姉さんと付き合ったとしても……私は、土屋さんの側でお手伝いして、少しでも支えになれれば嬉しいです。土屋さんは私にとって、神様です。今日のことを含めて……だから、せめて憧れの存在の側に居たい……お仕事のパートナーとしてでも、時々会えればそれで嬉しいです」


 彼女は、よどみなくそう言った。

 多分、純粋に本音を語ったのだろう。


「……それなら、俺も光栄だよ。俺にとって、美玖は天女だから……さっきも言ったように、側にいてくれる間は、ずっと守り続けるよ」


「……ありがとうございます……」


 彼女はそう言って、再び星空を見上げた。


「……本当に、凄く綺麗……」


「ああ……」


 俺と美玖は、少なくとも彼女が高校を卒業するまでは、付き合うことはできない。

 しかし、パートナーとして、こうして側に寄り添うことはできる。

 今は、それで十分だと感じていた――。

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