第12話 英才教育

「手伝いって……みるるもイラストレーターの仕事を?」


 意外な申し出に、俺の方が困惑する。


「私は美玖ほど絵はうまくないから、ちょっとした手伝い。パソコンの方は、私の方が詳しいと思うから……でも、本当に単なる手伝いだから、時間があるときに気が向いたら、ていう感じになるけど。それに、かわいい妹がツッチーの毒牙にかかっていないか、時々様子を見に来たいっていうのもあるし」


「なっ……だから、そういうんじゃないって!」


 慌てて弁明する……幸い美玖は笑っているから、本気にはしていないようだ。


「まあ、そこはツッチーを信用するとしますか。でも、ちゃんと仕事できているか、お母さんも心配すると思うし、私も心配。ツッチーの性格からすると、自分が満足できてないものでもOK出しちゃいそうだし、そういうフォローも含めてね」


 ……確かに、俺だけだと美玖に甘くなってしまうかもしれないが、それでもいくらか彼女と母親を助けられればいいと思ったんだが……。


「……けど、彼氏が怒るんじゃないのか? 妹と一緒とはいえ、別の男のアパートを訪れるなんて」


「ああ、それなら大丈夫。2ヶ月前に別れちゃったから」


「……別れた!?」


「そう。今度は完全に……向こうに新しい彼女ができたらしいから」


 あっけらかんと、結構重いことを打ち明ける美瑠。

 しかし、その事実は、かえって俺の混乱を大きくする。

 美玖を見ると、きょとんとした表情で姉を見て、


「……なんか、大人の会話……」


 とつぶやいていた。


「だから、全く全然、気にしなくて大丈夫。しばらくヒマだったから、ちょうどいいよ」


「なんだ、暇つぶしか……」


 俺は自分の動揺を二人に悟られまいと、そんな軽口を叩いた。


「あはは、うん、まあ、そうかもね。電気屋に行ってたのも、暇つぶしで新しいスマホ見に行ってただけだし……そういえば、ツッチーと美玖、インクカートリッジ買ったんだっけ?」


「その前にみるるに会って、強制的にここに連行されたんじゃないか」


 俺の不満そうな言葉に、美瑠も美玖も笑っていた。


「……それで、私が手伝うっていうのは、ありよね?」


 なぜかやる気を見せる美瑠に、俺の鼓動は高まる……まだ彼女のことを、俺は諦めていないのか……。

 美玖はどう思っているのか、と考えて彼女を見ると、


「楽しそう……」


 と笑顔を見せている。

 この時点で、少なくとも美玖は、俺に対して恋愛感情を持っているわけではないんだな、と悟った。

 ならば、二人っきりになって、俺だけ気を遣って緊張するとりも、たまに美瑠に来てもらった方がいいようにも思えてきた……事実、今もこの場が和んでいるのだから。


「……分かったよ。たまに手伝ってくれるなら、こちらとしてはありがたい」


「やった! これからよろしくね! ……じゃあ、早速、皆でもう一度サワダ電気に皆で戻って、インクカートリッジ買いますか」


 早速、美瑠に仕切られてしまった……。


 喫茶店の支払いは俺がおごることにした。

 美瑠はタダで手伝ってくれるわけだし、美玖に対しては必要経費だ。まあ、このぐらいは許容範囲だ。


 そして先ほどの家電量販店に戻ると、奥の方で誰かが、展示している電子ピアノを弾いている音が聞こえた。

 そちらに行ってみると、十歳ぐらいの女の子が弾いている……年齢からすれば、まあ上手なのかな。


 母親らしき人が、そのすぐ脇で微笑みを浮かべている。

 美玖が、その様子を食い入るように見つめていた。

 そしてその女の子が演奏を終えてその場を立ち去ると、五十歳ぐらいの男性店員さんが、


「お嬢さんも試しに弾いてみたらいかがですか?」 


 と、美玖に演奏を促してきた。


「……美玖、弾いてみたら?」


 美瑠も後押しする。


「でも……」


「大丈夫よ。ちょっとうまい子が弾いた方が、宣伝にもなるから」


 姉の言葉を聞いた美玖は、俺の方を見てきたので、俺もうなずいた。

 美玖はパッと表情を明るくして、椅子に座り、そして演奏を始めた。


 ――周囲の空気が変わったように感じた。


 たまにネットの動画投稿サイトでピアノのうまい人の演奏を見ることがあるが、それに勝るとも劣らない演奏だった。

 有名なアニソンの旋律を、時にしっとりと、時に荒々しく、そして時に切なく弾き続ける――。

 いつしか、周囲には三十人近いギャラリーが集まっていた。


 不意に、隣で聞いていた美瑠が俺に体を密着させる。

 一体何事か、と驚き、鼓動が高鳴った。

 美瑠は、耳打ちするような形で、


「美玖、すごいでしょう!」


 と話しかけてきた。

 俺も美瑠に耳打ちする。


「ああ、びっくりした。何でこんなに上手いんだ?」


「小さいときからピアノの英才教育を受けていたからよ……絵もそうだけど。ちなみに、ピアノは中学校の時の県代表。全国でも上位入賞してるよ」


「全国上位入賞!?」


 またも、美玖の新たな一面を知って、愕然とする。


 絵では文部科学大臣賞受賞、ピアノでは県代表、全国上位入賞。

 それでいて、あの美貌だ。

 今、両親の離婚で、美玖は満足にピアノの練習ができない状況だという。


 そんな中、嬉しそうに、聞く者の心を揺さぶるように演奏し続ける超絶美少女の姿は、まさに天女そのものだった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る