第11話 事情聴取

 俺と美玖、そして美瑠の三人は、「カフェ・オリーブ」に来ていた。


 四人掛けの席で、俺と美玖が並んで座り、対面に美瑠が座っている。

 ショートカットで凜々しい美人の美瑠、そして長髪で癒やし系の美少女である美玖。

 周囲から見れば、俺の存在が異質に見えただろう……相当引きつった笑顔を浮かべているのが、自分でも分かった。


 美玖は戸惑っていて、美瑠はずっとニヤニヤとした笑みを浮かべている。

 注文していたアイスコーヒーが三つ届く。

 俺はそのまま、美瑠と美玖はミルクとシロップを入れて飲む。


「……美味しいね。ここのコーヒー」


 美瑠がそう俺たち二人に振ってきた。


「うん……前に来たときはアイスティーだったけど、それも美味しかったよ」


 美玖がこれに応える。


「へえ、来たことあるんだ。誰と?」


「……えっと……」


 美玖はそう言って、俺の顔を見た。


「……やっぱりね。ツッチーの家、近いもんね」


 その言葉に、さらに戸惑う美玖。

 ……なんか、気まずい。

 美瑠、絶対に俺と美玖のこと、誤解している。

 どうやって説明しようか、と思っていると、先に美瑠が口を開いた。


「……それで、二人はもう同棲してるの?」


 ウグブファァッ!!

 次の瞬間、アイスコーヒーがまともに気管に入った俺は、盛大にむせた。

 美玖は、


「だ、大丈夫ですかっ!?」


 と慌てて俺の背中をさすってくれる。

 美瑠も、同じく慌てた表情でおしぼりで机の上とかを拭いてくれた。

 ただでさえチラチラとみられていた俺たちの席に、一斉に注目が集まっているのが分かった。


 一分後、少し落ちついた俺は、ゼーゼー言いながら片手を左右に振った。


「……み、みるる……ご、誤解してる。俺は美玖を……専属の、い、イラストレーターとして、雇っただけだ……」


「イラストレーター? ……あ、そっか、ツッチー、一応小説出版してたんだね。美玖も絵、うまいし……だったら、どうして今日は二人仲良く電気屋に来てたの?」


「美玖の描いた絵に色を付けて、印刷しようとして、インクカートリッジが切れてることに気がついたんだ」


「……なあんだ」


 美瑠がつまらなそうな反応を見せる。


「……でも、美玖はツッチーのこと、気に入っているんだよね?」


「そんな……気に入っているとかいうんじゃなくて……ただ、私が土屋さんのことを『神』だって思っているだけ」


 ……美玖は相変わらずその設定を曲げていないんだな……。


「神? ……それって、恋人以上ってこと?」


「……それはまた全然違うけど……でも、私は土屋さんのお手伝いができれば、それで十分嬉しいですよ」


 俺の方を見ながら、ちょっと顔を赤らめてそう言ってくれる美玖……これはどう捉えればいいのだろうか。


「……美玖は相変わらず天然ね。ま、本人同士がいいならば、それでいいですけどー?」


 美瑠はちょっと拗ねたような表情を見せる……絶対に演技だ。


「……でも、専属のイラストレーターってことは、ずっとツッチーの部屋に一緒にいるっていうことじゃないの?」


「……まあ、そうなるかな」


 俺はそう応えた。


「だったら、やっぱりそういうこと、じゃない」


「そういうって、どういうこと?」


 美玖が、きょとんとした表情で尋ねた。


「男はみんな、オオカミだってことよ……まだ手を出されてない?」


 それを聞いた美玖は、驚いた表情で俺を見て、すぐ元の笑顔に戻る。


「……土屋さんはそんな方じゃないですよ。すごく信頼できます」


 その言葉に、今度は美瑠が目を丸くし、そしてすぐにケラケラと笑い出した。


「美玖……まだ男の子と付き合ったことないでしょー」


「……どういう意味?」


「さっき言ったとおり。ツッチーだって、可愛い女の子と二人っきりになったらそういう行動に出るよ……そうじゃない?」


「……少なくとも、俺は捕まるようなことはしない」


 ここは冷静に否定した。


「ああ、そっちかー。美玖、まだ確か十六歳だもんね……うん、会社員が女子高生に手を出したら犯罪ね。ツッチーは、そういうことなら何にもしない真面目なタイプだし」


「そうだろう?」


「まあ、捕まるのが嫌なだけなんだろうけどね……」


「……悪いか?」


 今度は俺がちょっと拗ねたような表情を見せて、二人を笑わせた。


「でも、驚いたなー。お母さんから電話があって、いきなり『富士亜に務めている人で、土屋隼人さんって知ってる?』って聞いてきたから、何事かと思って。人柄はどうなの、とか、本出版してるの、本当? とか……女性の好みとかまで聞いてきたから、ひょっとしたらツッチー、お母さんに興味持って告白でもしたのかと思って。美玖のためだったのね」


「……それでこの前、俺に『年の差を気にするか』なんて変なこと聞いてきたのか……確かに綺麗な人だったけど……えっ、みるるの母親だよな? まだ四十歳ぐらいかと思ったけど……」


「あはは、それだと私を十七歳で産んだことになるね。お母さんは確か、四十五歳よ」


 実年齢よりかなり若く見えたのか……。


「じゃあ、美玖がお母さんにツッチーのこと、話したのね? そもそも、どうやって知り合ったの?」


 もっともな疑問だ。

 俺と美玖は、出会ってから今までのことのあらましを説明した。


「……そっかー、なるほど、なかなか運命的な出会いね。お母さんにも、もう挨拶してたのね……二人とも、感謝してね。私がツッチーのこと、好印象で話したんだから」


 なぜか美瑠が得意げに話す。


「ああ、それは感謝してるよ。道理で初対面の俺を疑わなかったわけだ……でも美玖……どうしてお姉さんが富士亜に務めていること、俺に言わなかったんだ?」


「……えっと、その……」


 ちょっと困惑している美玖に、美瑠が助け船を出す。


「……この子、多分私に迷惑がかかるかもしれないって気を使ったのよ。私は気にしてないけど、名字が違うし……ちょっと複雑な家庭環境だから、私が詮索されるのを嫌がるって思ったんじゃないかな?」


 それに対して、美玖は小さくうなずいた。


「……そっか……ごめん、俺の配慮が足りなかった」


「もー、今言ったでしょう? 私は気にしないって。それより……私もツッチーのアパートで、そのクリエイターの手伝い、しちゃダメかな?」


「「えっ!?」」


 俺と美玖は、揃って声を上げた――。

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