第2話 迷子の真相

 その少女は、俺が声をかけたことでほっとした様子だった。

 それはそうだろう、迷子の保護なんて、女子高生には荷が重すぎる。

 かといって、俺一人でも、逆に誘拐犯に間違われないか不安になってしまう……怖い世の中だ。


 俺は自分がこの子と同じアパートの上の階に住んでいることを説明し、一緒にこの子を送り届けよう、ということになった。


 ちなみに、女子高生だと分かったのは、彼女が自転車を押しており、そこに近くの高校のステッカーが貼られていたからだ。

 今のその子の格好は、普段着……というか、ジーンズに白いシャツという軽装なのだが、元がすごく可愛い上にうまく着こなしているので、油断すると無意識に見つめてしまうほどだった。


 しかし、ここは迷子の解決に意識を集中させる。

 そしてすぐに女の子の家族が住む部屋の前にたどり着いた。

 その子によれば、いつもは母親がドアを開けて迎えに出てきてくれるのに、今日はドアを開けてくれないのだという。


 何か釈然としないものを感じながら、ここは俺が呼び鈴を押してみる。

 ピンポーン、と音が鳴るが、反応がない。


「……お留守でしょうか?」


 律儀に付いてきてくれている女子高生が、表情を曇らせた……それはそれで可愛い。

 いや、じろじろ見ていたら不審がられると思ったのですぐに視線を呼び鈴に移し、もう一度押してみる。

 やはり、反応がない。

 女の子はまたしても泣きそうになっている。


「このご家族の方の連絡先はご存じないですか?」


 少女の口調は、すごく丁寧だ……どこかのお嬢様だろうか。


「最近、引っ越してきたばかりで、ちょっと挨拶しただけだから、電話番号とかはわからないなあ……」


 と、そのとき、その少女のスマホに着信が入った。


「すみません、失礼します……」


 そう言って、彼女は電話に出た。


「……はい、あ、ちょうど電話しようと思ったのですが、電車に乗り遅れてて……あの、迷子の女の子を見つけて……いえ、大丈夫です、大人の人と一緒なので……はい、一本ずらして行きます」


 そうか、何か予定があったのにこっちを優先してくれているんだな……優しい子だ。

 大人って、俺のことだろうけど、自分では全く頼りないと思っている。

 電話を切った後も、すみません、と謝ってくれたが、逆にこっちの方が申し訳ない気持ちになる。


「えっと、じゃあ、大家さんに連絡してみるから」


 それを聞いて、少女の表情が明るくなる。解決策が見つかった、と思ったのだろう。

 しかし、大家さんは電話に出てくれない……滅多にかけることないので、不審電話と思われているのか、あるいは何か用事をしているのかもしれないが、とにかく連絡がとれない。

 警察に相談する、というのは大げさになりそうなので、できれば避けたいが……。


「えっと、お名前、言えるかな?」


 女子高生が、女の子に優しく尋ねる。


「……みく」


「……みくちゃん、ね。私とおんなじ……」


 ちょっと驚いたようにつぶやく女子高生。そうか、この子の名前も「ミク」なんだな……。

 女の子に、どうして一人になったのか聞いてみても、


「一人でここまで来た」


 というだけで、さっぱり経緯が分からない……まあ、この家から追い出されたわけではないことだけは分かった。

 どうしようか、と二人で悩んでいると、通りの方から三十歳ぐらいの女性がやってきて、


「ミクちゃん、ここに来てたのね!」


 と、ほっとしたように声を出した。

 そして俺たちを見て、


「すみません、この子、お母さんが留守にしている間、私たちが預かっていたんですけど、一人で抜け出して帰ってきちゃったみたいで……ミクちゃん、お母さん、今は居ないよ?」


 どうやら、何か用事があって留守にするので、近所の知人の家に預けていたところ、母親が恋しくなったのか、一人で帰ってきてしまったらしい。


 五歳ぐらいに見えるし、そのぐらいはできても不思議ではない。

 女の子は嫌がる様子もなく、しかしちょっと寂しそうに、その女性に抱かれて帰って行った。

 少女と二人だけになったが、彼女は


「本当にありがとうございました! 私一人だと、どうしたらいいか分からずに困ってました!」


 とお礼を言ってくれた……いや、俺もどうしていいか分からなかったけど。

 こちらとしても助かったことを告げ、それで別れてそれっきり、だと思ったのだが……。


「えっと、あの……」


 なぜか、少し恥ずかしそうな様子を見せる彼女。


「うん? まだ何かあるのかい?」


「えっと、その……トイレ、お借りしていいですか?」

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