Merry Christmas!
@donuts_07
1.
「じんぐるべーる♪じんぐるべーる♪すっずっがーなるー♪」
「…だから何」
桜衣昼間…世界を股にかける怪盗、指名手配の男は無警戒にぺたりと床に座っていた。
肩を揺らしながら聞き慣れたメロディーを口ずさみ、煎餅の包装をぴりぴり破っている。決してボクが呼びつけたわけではなく、鍵を破って窓から侵入してきたのだ。そうして居座ること小一時間以上、現在時刻は22時を回っている。
いつ遭っても変わらない生意気さには、いつまで経っても慣れない。
「うっそ、これはただの歌詞だよ?歌詞に意味を求めるなんて頭固すぎじゃない?大丈夫?黄色い救急車でも呼ぼうか、」
「違う。そうじゃなくて」
「そもそもさぁ、君が悪いんだヨ!なんでこの俺が来たというのに茶菓子の一つも出しやしないの。ワクワク期待してた俺の気持ちをどうしてくれるの」
「お煎餅なら出したし今まさにばりばり齧ってるじゃないか」
床で、と付け加える。
というのも、幾ら言っても椅子に座ってくれなかったのだ。ぼろぼろと欠片をこぼすのは目に見えているのに。彼はごっくんと煎餅を咀嚼してから口を開いた。
「これはお菓子じゃないもん。こんなの俺は認めないヨ」
ゆるゆると首を横に振る。
人の家に勝手に上がり込んでおいて…と文句を言いたくなるのをぐっと堪え、何とか溜息に変えると、再び始まったのは陽気な歌。
とてもとても楽しそうだ。
「……どうしてさっきからひたすら歌ばかり歌ってるの。」
「森に~、林に、……ん?」
昼間はごろんと仰向けに寝転がってから返事をした。
「どうしてって、クリスマスだからじゃん!サトル、知らないの?今月の25日はクリスマス、サンタさんがプレゼントを運んできてくれるんだよ。あ、良い子にだけネ。」
ころりころんと何度か転がると、いきなり声を張り上げて言う。
「あーっ、楽しみだなぁ!俺はこの日の為に一年間清く正しく生活してきたから、プレゼントが貰えること間違いなしだよね。
そうだよ、俺は楽しみで楽しみで待ち遠しくて仕方がなくて堪らなくて毎日毎日24時間四六時中クリスマスソングを歌っていなきゃ落ち着かないんだ。サンタさん、今年も来てくれるかなぁ!」
「サンタさんなんて居ないよ」
誰でも知っている事実だ。
…だというのに昼間は衝撃を受けたみたいな顔をした。目をまんまるにして口をあんぐり開けてぱくぱくと何事か言おうとしてから、やっと声が追いつく。
「え!?いないの!?」
「いないでしょ」
むっとしたみたいだった。彼はいきなり跳ね起きて此方へ歩み寄ってくる。ああ、と自然に声が漏れた。あらゆる嫌な思い出が脳裏を過ぎっては面倒くさいモードに入ったぞと警告を出してくるのだがもう遅い。
ぎゅっと肩を掴まれる。昼間はその顔を近付けておお真面目に幼稚な主張を始めた。
「サンタさんはいるヨ!君みたいな雪だるまには理解できないだろうけど、サンタさんは本当の本当にいるんだからね。
そうじゃなかったら一体誰が世界中の子供たちにプレゼントと夢と希望を与えてるのさ」
「…。」
親、と言いそうになったのをぐっと堪えた。
「あ、俺じゃないからネ?怪盗ELDERはね、世界中の猫ちゃんの毛をトリミングするので忙しくてプレゼントを配る暇なんてないよ。それに何より俺は、貰う側だから!」
「…そうなんだ。」
妄言と狂言ばかりで、どう言葉を返したらいいか分からない。しかし昼間は従順なボクに満足したのか楽しそうに笑って手を離した。
「くひひ、羨ましいでしょ。サトルは悪い子だから貰えないヨ!童貞だし。」
その言葉はやめてほしい。
「…関係ないだろ、」
「魔法使いだもんネ~〜!」
「関係ないって」
「彼女いないくせに!」
「っ、うるさい…!」
ああ、腹が立つ!ボクがきっと睨んだのを認めた昼間は、此方を指さしてけらけら笑う。よく知りもしないくせに、苛立たせることばかりが得意な奴だ。
「くひひっ、あーおもしろ!
まぁまぁ、救いようがないDTクリぼっちな君と違って、俺はだーいじな人と聖夜を過ごすんだ。そしてプレゼントを貰って25日をえんじょいするの。その為になら何だってするヨ」
「…要するに、怪盗クンは笑いに来たの?それならもう帰ってくれる」
「違うよ、別に笑いに来たわけじゃないヨ」
「…じゃあ何。」
「自慢しに来たんだよ。俺は大事な大事な家族と過ごすんだってことをネ。羨ましいでしょ?指ちゅっちゅしちゃうデショ」
こんな風に、と指先を咥えてにやにや笑い。
「冷たいクリスマスになるといいね。雪だるまにあったかいのは禁物だもん」
結局、笑うのも自慢するのも似たようなものじゃないか。何がしたいのかさっぱり見えてこないという点でも、何ら変わらない。ボクはいよいよ疲れてきた。
「…分かったよ。それでいいから。良かったね、楽しいクリスマスを過ごせるみたいで何よりだよ。帰って」
昼間はぴくりと反応した。
「分かった?…分かった?」
繰り返しそう尋ねてくる。
「?……分かった」
もうどうでもよくて頷くと、昼間はぱああっと顔を輝かせた。
「いえーい!身を弁えた雪だるまは嫌いじゃないヨ。ご褒美ににんじんさんをあげるネ!嬉しいでしょ。ありがとうは」
昼間は立ち上がって、ハンカチを取り出す。そこからまるで手品のようににんじんを取り出すと、此方に雑に放り投げた。
雪だるま扱いだからってこれは何でも…。
「…ありがとう」
両手でにんじんを持たされたボクがお礼を言わされながら完全に困惑していると、
「偉いね偉いね、」
やたらめったら嬉しそうに背伸びをして肩を撫でてくる。数瞬遅れて、手を拭かれているのだと気付いた。うんざりした。
「じゃあもう何も言うことはないよ。
サトル、どうしても帰って欲しくないのは分かるケド…俺もシゴトがあるからさ。暫しのお別れね、よしよし」
頭を撫でられそうになるのを何とか避ける。昼間は「ちぇっ」と確信犯的な声を漏らすとすたすたと玄関へ向かった。
ゴツゴツしたスニーカーに足を入れた姿は、ただの痩せた子供だ。此方に向けられた黄色の目がにんまり、半月の形になる。
「またね!俺の大好きな雪だるまくん」
「…またね、怪盗クン。」
扉を押し開けて外へ出ていくのを見て、やっと心は落ち着きを取り戻す。
「あっ!そうそう。にんじんさんはね、俺たちがふだん皮だと思って剥いてるのは実は皮じゃないんだよ!泥付きのやつ以外を除いて出荷前の洗浄で皮の部分は剥がれてるんだ。サトルみたいな貧乏人は食べる部分を増やすためにもピーラーでなくスプーンで薄く…」
ボクは扉を閉めた。
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