22、ホラーは苦手なので勘弁して


 驚く私の後ろで息をのむルッツ君。

 エリーアス神官長の執務室にいたのは、見目麗しい黒髪の美丈夫だ。


 え? ディーンさん? ディーンさんなの?


 職業斡旋所ギルドや雑貨店で見た時は、なんというかもっと「モッサリ」している感じだったはず。

 髪や衣服と整え、無精髭も剃ってきたら、あら不思議イケメンの出来あがりって感じになってるよ。びっくりだよ。


「おかえりクリス。ちょうど今、君の護衛が決まったところだよ」


「え? あ、はい。そうですか」


「ギルドでの仕事で知り合ったそうじゃないか。気が合いそうで何よりだよ」


 いやいや、気が合うかどうかは……フンドシ愛好家というアドバンテージがどこまで効くのかによると思うけど……。

 それよりも、後ろにいるルッツ君からの圧がすごい。


「神官長様、この方が護衛で大丈夫なのですか?」


「ルッツ君!」


 何を言い出すのかと止めようとした私を、エリーアル神官長は「大丈夫だ」というように軽く手をあげる。


「ルッツ、それはどういう意味かな?」


「クリス神官は特別な御方です! 護衛としての能力が高いだけでは、この御方を守りきれるとは思えません!」


 特別云々はスルーするとして。

 護衛としての能力が高いのなら、それで充分だと思うけど。違うのかな?


「確かにルッツの言うことも一理あるね」


 え、そうなの? 私だけ展開についていけてないとか?

 首をかしげる私に、エリーアル神官長はにこりと微笑んで言った。


「ディーン殿、選定の儀は一ヶ月後だ。王都へ向けて出発するまで時間もあることだし、まずは一週間ほど『お試し』としてクリスの護衛をしてくれるかな?」


「それでいい」


 あっさり承諾するディーンさんに、神官長もルッツ君も驚いた表情になる。

 ふむ、なるほど。


「確かに、私のことを気に入らないと思うかもしれません。お互いを知ってからのほうが良いと思います」


「クリスはそれでいいのかい?」


「ディーンさんがよければ、私は大丈夫ですよ」


「まぁ、やむを得ない時はテオドールに頼むつもりだけどね」


「テオ先輩は神殿騎士としての仕事もありますから、あまり迷惑かけたくないんですけど……」


「もちろん、私もそう思っているよ」


 そう言いながら、やけにいい笑顔で神官長は続ける。


「実はその神殿騎士たちからディーン殿と手合わせしたいという申し出があってね。お試し期間ということなら受けてもらえるかな」


「ええ!?」


「手合わせか、明日でもいいだろうか」


「いやいや待ってディーンさん! そこ軽く受けたらダメですって!」


 もしかしたらテオ先輩と手合わせとかになるかもじゃん!

 あの人めちゃくちゃ強いよ。やばいよやばいよ。


「クリス神官、護衛の実力を見るいい機会です。しっかりと見定めましょう」


「ルッツ君、本音は?」


「ボッコボコにされてしまえーなのです」


 なんでそんなに嫌うのか。


「イケメンだけならまだしも、いい感じの筋肉といい感じの体つきとか男の敵ですよ」


 ああ、ルッツ君は私以上に細身だもんね。

 神官ならそれでいいと思うんだけど。私みたいに旅目的で体力つけなきゃってわけじゃないし。


 ディーンさんは無表情のままだけど、なんか楽しみにしている感じが(たぶん)するし……まぁいいか。


 ディーンさんの部屋は私の隣になった。

 もしもの時は「壁をぶちやぶって助けるから問題ない」とか言ってて、冗談かもしれないけど神殿壊したら罪になるから気をつけて!と注意しておく。


「そうか、罪か……」


 え? 本気だった?

 ルッツ君がドン引きしてるってことは、やっぱり非常識な発言だったってことだよね? ファンタジーあるあるじゃないよね?







 翌朝、起きてすぐに『祈り』を口ずさみながら着替えをしているうちに、無事通常モードを取り戻す。

 ほんと、男子の健康な体って大変だぁ。(個人差があります)


 応接室に入ると、ルッツ君がお茶の準備をしてくれていた。

 入り口近くにはディーンさんが立っている。


「おはようルッツ君、ディーンさん」


「おはようございます、クリス神官」


「……ああ」


 ルッツ君がキッと睨んでいるけど、ディーンさんはどこ吹く風といった様子。

 朝の水汲みと鍛錬のために部屋を出ると、タオルを持ってついていくルッツ君の後ろを、のんびりついてくるディーンさん。そしてまたルッツ君に睨まれている。


「護衛なら前を歩くべきでは?」


「この神殿内なら大丈夫だ。それに、どこへ行くか俺は知らない」


「ルッツ君、いちいちディーンさんに噛みつかない」


 後ろを振り向いて軽く注意をすると、ルッツ君はしゅんと萎れてしまう。

 やれやれとディーンさんを見れば、彼は少し困っているようだった。


「すみませんディーンさん。今日は神殿での私の行動をおぼえてもらうので、それができたら護衛という流れでいいですか?」


「それでいい」


 水汲みをしてから、毎日している鍛錬を始めようとストレッチをし始めたところで、ディーンさんが近くに寄ってきた。


「一緒にやってもいいか?」


「ええ、もちろんです」


 見よう見まねで、私がやっている『筋トレラジオ体操ストレッチマシマシバージョン』をするディーンさん。

 結構ハードだから、ついてこれないルッツくんは「ぐぬぬ」と唸っている。

 私は軽く汗をかく程度だけど、ディーンさんの肌はサラッサラしている。ぐぬぬ。


「明日は重りを持つか」


 マジすか! さすが高ランク!

 これならば、不安だった神殿騎士たちとの手合わせも、まぁまぁいい所までいけるんじゃないかと楽観的な気持ちになってくる。

 ただし、テオ先輩じゃなければ、の話なんだけどね。




 鍛錬を終わらせた私たちが食堂へ向かうと、笑顔のテオ先輩がいた。

 うん。すごく爽やかな笑顔なんだけど、鳥肌がたつの、なんでだろう???


「やぁ、貴方がクリス神官の護衛ですか。はじめまして、神殿騎士の団長テオドールと申します」


「……ディーンだ」


「まさか『それ』を公式の場でもするつもりで?」


「それはない」


「ならばよろしい。では、手合わせは昼前に行います。時間になりましたら騎士団の修練場へいらしてください」


「了解した」


 び、びっくりした。あんなテオ先輩を初めて見た。

 でもわざわざ来るなんて、伝言でもしてくれればいいのに。


「ああ、そうそう」


 振り返ったテオ先輩の顔から、笑みは消えていた。


「手合わせは神殿騎士である私がお相手しますので、楽しみにしています」


 ヒィッ!? 

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