男になれたので色々と満喫します!〜TS神官様(♀→♂)の異世界探訪記〜

もちだもちこ

1、神官クリス



 夜も明けていない、まだ暗い中で青年は一人水場にいた。

 木桶に水を汲み、それを持って建物近くに置いてある水瓶へと入れていく。何度も繰り返していくうちに、朝日が青年の姿を浮かび上がらせていった。


「ふぅ、これくらいでいいか」


 煌めく銀色の髪と、宝石アメジストのような紫の瞳。均整のとれた体躯は細身でありながらも男性としての魅力に溢れている。

 整った顔に汗をにじませた彼は、暑いからと脱いだ上着で乱暴に体を拭う。


「もう、だいぶ暑くなってきたなぁ」


 彼がこの神殿に流れ着いたのは、まだ寒さの残る季節だった。

 その時はただ必死で、先達から言われるままに動いていたが、半年経った今は肉体労働にも慣れた。


「クリス神官、そろそろ礼拝のお時間です」


「わかりました」


 年若い見習い神官に笑顔を向ければ、わかりやすく頬を染めてうつむいてしまう。

 差し出された手拭いを受け取った彼は、見習い神官の挙動不審な様子に苦笑する。

 軽く汗を拭って手拭いを返すと、礼拝用の服に着替えるべく神殿内の自室へと向かった。







 少なくとも五年は修行が必要とされる『神官の称号』を、半年という異例の早さで得た青年。

 彼は半年前、この町にふらりとやって来た流れ者だった。

 その前に彼がどこで何をしていたのか、知る者はいない。


「他国の高貴な生まれではないか」

「稀有な能力を持つため、よからぬ輩に追われているのでは」


 多くの憶測が飛び交ったが、どれ一つとして彼には当てはまらない。


 誰も知ることはない。

 彼が、異世界からやってきた『渡り人』だということを。

 そして彼……栗栖都春(くりすとはる)は、ごく普通の学生時代を過ごし、ごく普通?のブラック企業に勤めていたOLだということを。




 そう。

 元の世界のは、ごくごく普通の、アラサー女子であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る