Butterfly's Dream ~ボクのみる夢とキミ~
あざね
オープニング
プロローグ
胡蝶の夢、という話がある。
蝶になった夢を見ていた人物が、その夢から覚めた時に考えた逸話だ。果たして自分は蝶になった夢を見ていたのか、それとも蝶が人間になった夢を見ているのか。そのどちらが真実なのだろうか、という問いかけだ。
だとすれば、今の俺はどちらなのだろう。
俺の見ている景色は果たして――。
◆
「起きろと言っているだろう、このウスラトンカチ!」
「――いってぇ!?」
少女の声がして、後頭部に容赦のない一撃が加えられた。
俺の意識はそれによって、無理矢理に引き上げられる。目を開けるとそこには、見慣れた景色が広がっていた。
廃ビルの一室。
剥き出しの鉄筋コンクリート。
ガチガチに固められて、温かみの欠片もない壁。
窓であった場所にはぽっかりと穴が開き、吹き抜けになっていた。
「なんだよ。いきなり殴るなって、カトレア」
「口答えするなよ、拓馬のくせに。そもそも、居眠りをしていたそっちが悪いだろう?」
「だからって、後頭部を強打するのは危険だろうに……」
その風景の中に溶け込むような、一人の少女がいる。
長い黒髪に、吸い込まれるような赤の瞳。服装は黒のワンピースドレスに、不思議な腰ひもが付いたようなもの。どこか違和感があるようでいて、本当に見事に溶け込んでいるのだ。
彼女の名前はカトレア。
俺の雇い主であり、上司といったような存在だった。
「それで? 仕事中に、どんな間抜けた夢をみていたんだ」
「え、夢……?」
欠伸をしていると、彼女は綺麗な顔に小悪魔的な笑みを浮かべて言う。
それに対して俺はボンヤリと、先ほどまで見ていた夢の断片を追いかけた。しかしながら、夢というのは移り気で、気を抜けばどこかに行ってしまう。
要するに、覚えているはずがなかった。
「どうして、そんなことを訊くんだよ」
「…………ふふ、本当に間抜け」
壁に預けていた身体を起こしながら、俺はカトレアに訊ねる。
すると小さく笑いながら、少女はこう答えた。
「なにが、朝倉せんぱぁい、だって?」――と。
それを聞いた瞬間に、俺の顔は一気に熱くなる。
「なっ――!?」
「そんなに、その朝倉先輩という女が好きなのか? そうなのか?」
反対に少女は憎たらしい笑みを浮かべて、ずずいっと、こちらに身を寄せてきた。至近距離から俺の顔を見上げる。
そして、触れられたくない部分を掘り下げようとしてきた。
俺は逃げるようにカトレアから距離を取る。
「だーっ!? うるせぇな! この悪魔! 鬼!!」
同時に、思いつく暴言を浴びせた。
しかし相手は怯むことなく、むしろより愉快そうにこう言うのだ。
「それ、ボクに言っても意味がないだろう?」
「く……!」
それに俺は何も言い返せない。
そうなのだ。この少女にとって、悪魔や鬼という言葉は無意味だった。
何故なら――。
「おっと、どうやら他の面子が到着したみたいだ。いくよ、拓馬」
「…………わかったよ」
と、その時だった。
どうやら仕事仲間がこちらに到着したらしい。
俺は渋々ながら荷物をまとめて歩きだす。すると……。
「ん、どうしたんだ。カトレア?」
ピタリと。
ふいに、カトレアがその場に立ち尽くした。
こちらに背を向けて、なにかを言っている気がしたが、聞き取れない。
「いいや、なんでもないさ。行こうじゃないか」
「あ、あぁ……」
でも、すぐにいつもの調子に戻ってそう言った。
こちらと目も合わせずに、足早に部屋を出ていってしまう。
「なんだったんだ?」
俺は首を傾げて、少し考えた。
――が、当然に答えなど出てくるはずもない。
「まぁ、いっか」
そんなわけで、俺は急いでカトレアを追いかけるのだった。
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