第23話 冷たい「予感」
「じゃあ、おねえちゃんのこと送って帰るね」
梓はそう言って笑うと玄関の鍵を閉めた。
もはや彼女はうちの一員かのような言動と振る舞いになっており、悟の母は少しばかりその態度に心配を抱いていた。
「どうしたの?母さん」
「梓ちゃん、少し心配でね」
「詩じゃなくて、梓?」
「そうよ。うちの居心地がいいのはいいことだし、私も凄く嬉しいんだけど、それじゃ彼女のためにならないよ。詩ちゃんと梓ちゃん、家の中じゃどうしても一緒に仲良く出来ないらしくてね。毒親って言えばいいのかな。だけどもそこから逃げただけじゃ何も解決しないのよね」
「毒親……?」
「普通親っていうのはね、自分の子供がどんな非行に走ろうとも、全力で守るものよ。だって最後の味方になれるのは親だけだもの。だけど、有栖川家は歪というか、"親が親である責任"を感じられないのよね。きっとうちはそんな親の目がないからあれだけ仲良く出来たんだと思うよ」
「それはどういう……」
「きっといい意味でも悪い意味でも子供の才能を愛していたよ。それがたまたま詩ちゃんにピアノの才能があって梓ちゃんにはなかった。性格も物静かでいうことを聞いてくれる詩ちゃんを可愛がってばっかりだから、居づらくなっちゃのね。今も昔も。それに6年前の事故の責任は目を離した親にあるはずなのに、詩ちゃんの才能を潰したのは梓ちゃんだって現実を見ないようにって逃げてるのよ。親もまだまだ未熟なのね」
「そんなんどうしようもないじゃないか!」
「そうよ。子は親を選べない。子は親が世界のすべてだと思っちゃうの。だからこそ、親は子がそんな堅苦しい価値観の中で生きていかないようにって、良いことは褒めて、悪いことは叱って、世界に羽ばたかせてあげるサポートをしなきゃいけないの。それが親の役目。それを放棄したらもうただの同居人よ」
悟はただ黙って母の言葉を聞いた。
"子は親を選べない"ということがこれほど重い言葉だっただろか。
だが、現実は無情にもその言葉が理にかなってしまっている。
父親が許してくれない、母親が口うるさいと何度も子供ながらに煩わしいと思ってきたことだが、温かい食事が出ることも、ゆっくりお風呂にはいれることも、そして安心して眠ることさえも、両親がいなければ何もできないちっぽけな子供でいるという存在を悟は再認識した。
巣立つための羽が、幼いままに散っていく。
そんな耐え難い現実に、ただ歯を食いしばることしかできない彼女たちを見て、悟は爪が食い込むほどに拳を握った。
「そう簡単に親は変われないのよ。だからと言って子から親を奪うこともできない。私だって歯痒いわよ。それでも結局、最後は詩ちゃんと梓ちゃん自身で決めていかなきゃいけないことだからね。あんたも、足突っ込んだんだから、きちんと途中で投げ出さないで責任取りなさいよ。何かあったときは親が出る幕なんだから、全力出しなさいよ」
そういって悟の母はリビングへと戻っていった。
悟は誰もいなくなった玄関で一人突っ立っていたが、ふいに悪寒のようなものが背中を走った。
第六感というものだろうか。
信じたくもないが、信じざるを得ない身震いするほどの予感は、背中をひどく冷たくしていく。
まるで死神にでも抱かれているような感覚に、悟はいてもたってもいられなくなり、まだ来ぬ未来への不安を拭うためにお風呂へと直行した。
きゅるりとシャワーのノズルを捻り、体に張り付いた疲れを落としていく。
シャワーを止め、お風呂に入る直前、悟のスマホが着信し、洗濯機の上で震えていることに気づいた。
誰だろうと思ったが、気にもせずにお風呂へつかると、またスマホが着信し始めた。
悟に冷たい死神の手が伸びる。「予感」が足音を立てずにやってきたのだ。
彼は浴槽からすぐさま飛び出し、スマホの着信に出た。
「もしもし悟!」
開口一番聞こえたのは恵の焦ったような声であった。
「どうしたの、こんな時間に」
「―――有栖川さんが!」
悟は凍り付いた。どうかこの予感が当たらないでくれと強く願った。
「―――詩さんが拉致されたの!」
その瞬間、悟の手からスマホがするりと落ちていった。
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